2.王都の喧騒と、魔術師の嫉妬
王都の喧騒と、魔術師の嫉妬
アメリアを乗せた馬車は、アークライトが張った魔力結界の中で、王都へと進んだ。
街の賑わいが近づくにつれ、アメリアは久しぶりの人混みに少し緊張した。
王都は、クリフォード伯爵令嬢として生きた日々を思い出させる場所だ。
華やかで、競争的で、そして、彼女の地味な能力が疎まれていた場所。
(なるべく早く、必要なものだけ揃えて戻りましょう)
アメリアは馬車から降りると、手首に嵌められた銀の腕輪をそっと撫でた。
これは監視の印ではあるが、同時にアークライト・ノックスのお墨付きの最強の魔除けでもあった。
彼女がまず向かったのは、高級ハーブと珍しい調味料を扱う店だった。
「これは珍しい香草ですね。ええと、これを二つと、こちらの塩を……」
アメリアは店主と静かに会話を交わしていたが、突然、背後から声をかけられた。
「アメリア、ではないか。まさかこんな場所で君に会うとは」
振り返ると、そこにいたのは、クリフォード伯爵家と親交のある、アラン・バートン侯爵子息だった。彼はかつてアメリアに興味を示していたが、彼女の地味さ能力の低さが仇になり破断となった。そのことが、より一層、義母の機嫌を損ねる原因となっていた。
「バートン様……お久しぶりでございます」
アメリアが頭を下げると、アランは彼女の姿を上から下まで値踏みするように見た。
「ふむ、相変わらず地味だが、前より顔色がよくなったようだ。あのノックス侯の館にいると聞いていたが、ずいぶん大変だと聞いている。逃げ出すのは時間の問題だろうと、皆話していたが」
「アークライト様の館は、静かで快適でございます。わたくしにとって、最高の場所です」
アメリアがすぐに否定すると、アランは訝しげな表情を浮かべた。そして、アメリアの手首にある銀の腕輪に目を留めた。
「これは、ノックス侯からか?随分と気にいられているようだね。君のような地味な令嬢に、こんな装飾品を」
アランが不用意に、腕輪に触れようと手を伸ばした、その瞬間――
キーン、と、甲高い警告音が、腕輪から鳴り響き、アランに電磁波のような痺れを与えた。
その音は、アメリアとアランにしか聞こえない微かな高周波音だったが、アメリアは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
そして、その音に連動するかのように、アークライトの館、塔の最上階。
『警報! 対象との距離は許容範囲内。しかし、対象に触れる異分子を検知!
』
アークライトが、研究のために組んでいた魔術式を一瞬で中断した。彼の冷たい瞳が、激しい怒りに燃える。
「アメリアは、私の言いつけを破ったのか!それとも、誰かに捕まったのか!」
彼は論文を投げ捨て、窓の外へ向かって手を突き出した。王都までの距離を完全に無視した、規格外の長距離空間移動魔術を起動させたのだ。
王都の賑やかな通り。
アランは、突然鳴り響いた音と、腕輪から発せられる微かな魔力の気配に怯み、手を引っ込めた。
「な、なんだ今の音は……」
アメリアは、この音がアークライトに聞こえていることを本能的に悟った。
(いけない!ノックス様が、何か勘違いをなさる……!)
彼女が急いでアランから離れようとした、その時。
頭上に、空間が引き裂かれるような音が響いた。
空に巨大な魔力の渦が出現し、次の瞬間、その渦の中心から、銀髪の男が降りてきた。
「アークライト様!?」
アメリアが思わず叫んだ。彼は街の石畳に着地し、周囲にいた人々が驚いて退いた。
アークライトは、周りの目など気にも留めず、一直線にアメリアのもとへ歩み寄った。その顔は、わずかな疲労、そして、怒りに支配されていた。
「私から離れろ、異分子」
アークライトはアランを一瞥すると、その魔力で彼を数メートル後方へ吹き飛ばした。
「ノックス侯!?なぜここに……」
アランは恐怖に震えた。
アークライトはアランの言葉を無視し、アメリアの腕を掴んだ。
「やはり、王都には、君の価値を理解できない者がいるようだな。やはり、私が付き添うべきだったか。いや、しかし、研究を中断させるにも準備というものが。。。」
彼の紡ぐ言葉は『研究』についてだったが、アメリアを掴む力は強く、他の誰にも渡すまいという意思を感じた。
「申し訳ございません、アークライト様。彼は昔の知り合いで……」
「知り合い?不快だ。腕輪は、お前の周囲の不穏を検知したぞ。」
アークライトはそう言うと、アメリアを抱き上げ、周囲の目を気にする様子もなく、そのまま空へ飛び上がった。
「買い物は、終わったのか?馬車は後で回収させる。戻るぞ、アメリア。」
アメリアは、最強の魔術師の胸に抱かれながら、王都の空をあっという間に飛び去る感覚に、目眩を覚えた。
(彼は、わたくしに触れた人がいただけで、こんなにも動揺する。これは、もう『道具』を大切にしているだけではない)
しかし、恐怖と共に、彼の強すぎる独占欲が、彼女の心を満たしていくのを感じた。
「アークライト様……」
「静かにしろ。魔力を制御している」
アークライトはそう言いながらも、その腕に込められた力は、まるで貴重な宝物を決して手放さないと誓っているかのようだった。




