第1章10話『監獄の予知と、衰える光』
ヴァサゴが投げ込まれたのは、城の最下層にある旧監獄だった。かつては反逆者を収容していた場所だが、今は打ち捨てられ、冷たい石壁と湿った空気、そして絶望的な静寂に包まれている。
「失敗した……」
瓦礫に座り込んだヴァサゴは、自らの非力さを呪った。愛梨の命が失われる恐怖と、彼女の純粋すぎる献身が自分を拒んだ事実が、彼を苛んだ。ベリトの管理下に入った今、愛梨が破滅に向かう速度は、以前よりも速まるだろう。
その時、周囲の冷たい空気が、静かに、そして鋭く振動した。
ヴァサゴは目を閉じ、この監獄の深い闇の中でこそ研ぎ澄まされる、自身の**『予知』**の力に意識を集中させた。彼は、過去の記憶や未来の可能性の断片を視る、悪魔としては異質な能力を持つ。
彼の視界が白く光り、やがて鮮明なイメージを結んだ。
――そこには、静かに横たわる愛梨の姿があった。彼女の体は驚くほどに白く、まるで光を使い果たした空っぽの器のようだった。彼女の唇はかろうじて動いていたが、その声は音にならず、部屋の隅には、乾いた**『灰』**が、風もないのに微かに舞い上がっていた。
「空虚な灰」の予言が、以前よりも遥かに近い未来として具現化したのだ。ベリトは、愛梨の「自主的な残留」を隠れ蓑に、彼女の力を限界まで引き出そうとしている。
愛梨様が持てる生命力を完全に使い果たすまで、残された時間は長くても一週間…… ヴァサゴは背筋が凍るのを感じた。
一方、城の上層。愛梨は新しい近侍、フォカスによる厳重な管理下に置かれていた。
フォカスは無愛想だが、ベリトの命令に忠実であり、愛梨の健康と安全を最優先事項として行動する。ただし、彼の最優先事項はあくまで「城の生命線」としての愛梨の機能維持であり、愛梨自身の幸福ではない。
「愛梨様、規定の時間のようです。本日二回目のハーブティーの調製をお願いします。」
フォカスは腕時計型に加工された魔法道具を確認しながら、冷淡な声で愛梨を促した。
以前は一日一回だったハーブティーの調製は、ベリトの命令により一日二回に増やされていた。疲労は隠せない。愛梨は笑顔を作ろうとするが、頬が引きつるのを感じた。
「はい、フォカスさん……」
フォカスは愛梨の小さな背中を見ていたが、彼女がハーブを摘む動作が、昨日よりもわずかに遅く、手が震えていることに気づいていた。彼は眉一つ動かさずに、その変化を記録する。
「愛梨様、顔色が優れません。調製後、追加で三時間の睡眠を取ることを推奨します。」
「ありがとう。大丈夫、少し疲れているだけだから。」
愛梨はそう答えたが、実際は全身が重く、まるで体内の光が抜け出していくような感覚に襲われていた。誰かの役に立てる喜びはあったが、その代償は、彼女が想像していたよりも遥かに大きかった。
監獄のヴァサゴは、予知で得た情報と、これまでの知識を組み合わせ、打開策を探った。ベリトが愛梨の命を急速に消費している今、彼には一刻の猶予もない。
『愛梨を城の外へ出す』。この計画を変えることはできない。
だが、自分は動けない。誰かを**『メッセンジャー』**にしなければならない。
ヴァサゴは、監獄の定期巡回に来た悪魔の兵士の一人、ザーガンに目をつけた。ザーガンは下級悪魔で、フォラスのような忠誠心も、ベリトのような冷酷さもない、ただ職務を全うするだけの凡庸な存在だ。だが、その凡庸さこそが、彼の唯一の希望だった。
ザーガンが檻の前を通り過ぎる瞬間、ヴァサゴは静かに、しかし有無を言わせぬ声で呼びかけた。
「ザーガン。お前に一つ、頼みがある。これを、城の図書館の管理者に渡せ。そして、決して誰にも見せるな。」
ヴァサゴは、自分の服の裏地を細工して隠し持っていた、古びた**『図書館の鍵』**と、短いメッセージを刻んだ小さな石を差し出した。
石には、ただ二つの単語が刻まれていた。
『水路』と『四番目』。




