第1章9話『光と闇の衝突、厳重な管理』
図書室の静寂は、フォラスが悪魔の力を解放した瞬間、激しい爆発音と共に破られた。フォラスの周りを渦巻く漆黒の魔力は、鋭利な刃となり、ヴァサゴめがけて襲いかかる。
「ヴァサゴ、主様を城の繁栄から切り離すことは、この城全体の破滅を意味する!退け!」
フォラスの攻撃は容赦がない。彼はベリトの言葉を絶対とし、城の安寧のためならば手段を選ばない冷徹な執行者だった。
ヴァサゴは愛梨を背後に庇い、図書館の古い椅子を盾にしながら、辛うじてフォラスの魔弾をかわす。ヴァサゴは攻撃的な魔力を持たない。彼の戦闘スタイルは、予知と防御、そして回避に特化していた。
「お前の忠誠は盲目だ!お前たちは愛梨様という光の源を使い潰すつもりだ!」
ヴァサゴが言葉と共にフォラスの体へと滑り込み、魔力の流れを遮断しようと試みた瞬間、フォラスの放った黒い衝撃波が、秘密の扉の奥の壁を直撃した。扉は再び閉じたが、その衝撃で図書室の貴重な文献が舞い散る。
ヴァサゴとフォラスが、互いに命を奪い合うほどの激しさで衝突している様子を見て、愛梨の恐怖は頂点に達した。彼らは、彼女のために争っている。そして、彼女のせいで、大切にされていた図書館が破壊されている。
「やめて!お願い、もうやめて!」
愛梨は悲鳴にも似た声を上げた。その声は震えていたが、彼女の両手から、無意識のうちに純粋な生命力が溢れ出した。
それは、彼女がハーブティーに込めた力と同じものだったが、今回は制御されていない、感情に呼応したエネルギーの奔流だった。愛梨の周囲に、地下の闇を切り裂くような眩い、柔らかな光が満ちた。
その光はフォラスの黒い魔力を打ち消し、ヴァサゴの疲弊した肉体を優しく包み込んだ。光を浴びたフォラスは、一瞬動きを止め、苦しげに顔を覆った。悪魔の肉体にとって、これほど純粋な生命エネルギーは、熱湯のような痛みをもたらすのだ。
光が急速に収束し、愛梨がその場に座り込んだ直後、図書室の扉が静かに開いた。
「何事だ、この騒ぎは。」
立っていたのは、ベリトだった。彼の声は静かだったが、その背後には城の番人であるフォカス、そして他の数名の悪魔たちが集まっていた。図書室の惨状と、開いたままになっている秘密の抜け道、そして対峙するヴァサゴとフォラスの姿を見て、ベリトは全てを察した。
「ヴァサゴ。あなたは、愛梨様を連れ出し、城の『生命線』を断ち切ろうとした。これは、この城における最大の裏切りである。」
ベリトの瞳は氷のように冷たかった。
ヴァサゴは立ち上がり、ベリトに真実を突きつけた。
「私は愛梨様の命を守ろうとしただけです!あなたは、愛梨様を道具として利用し、過去の悲劇を繰り返すつもりだ!」
ベリトは動じなかった。
「過去の悲劇とは、あなた方の見立てた『空虚な灰』の予言のことか。愛梨様は、我々が全力で守る。そして、愛梨様もここに残るとご自身の意思で決めた。我々悪魔は、愛梨様の意志を尊重する。そうだろう、愛梨様?」
ベリトは愛梨に優しい微笑みを向けたが、その視線は命令を孕んでいた。愛梨は、恐怖に震えながらも、フォラスとヴァサゴが争う姿を思い出し、小さな声で頷いた。
「……はい。私は、ここに残ります。」
その言葉は、ヴァサゴの最後の希望を打ち砕いた。
ベリトは一呼吸置き、静かに判決を下した。
「ヴァサゴ、あなたは即刻、愛梨様の近侍の任を解かれる。そして、城の最下層にある旧監獄へ蟄居を命じる。フォラス、ヴァサゴを連行せよ。フォカス、今日よりあなたは愛梨様の近侍となり、彼女の行動を管理せよ。」
ヴァサゴは、力なくフォラスに連行されていった。愛梨は、彼を助けるために一歩踏み出そうとしたが、フォカスの静かで重圧のある視線に阻まれた。
愛梨の献身的な意志と、ヴァサゴの裏切り。この事件を機に、愛梨は城の『祝福』として、以前にも増して厳重な監視下に置かれることになった。彼女の自由は完全に失われた。




