第1部1章7話『祝福のハーブティー、ヴァサゴの決意』
芽吹いてからわずか数日。愛梨が育てたハーブは、驚くべき成長速度で収穫できるまでに育っていた。その葉は濃い緑色で、地下とは思えないほど豊かな香りを放っている。
「見て!こんなに立派に育ったよ!今日、みんなでこれでお茶を飲もう!」
愛梨は収穫したハーブを籠いっぱいに詰め、喜びで跳ねるような足取りで上階へと急いだ。フォカスとフォラスも、その生命力溢れる植物に静かに感銘を受けているようだった。
アイムの助けを借りて、愛梨は城の皆のためにハーブティーを淹れた。ティーカップに注がれた湯気は、優しく、疲労を洗い流すような爽やかな香りを部屋中に広げた。
「では、主様が初めて温室で育てられたハーブでございます。皆で頂きましょう。」
ベリトは優雅にカップを手に取り、一口飲んだ。
次の瞬間、ベリトの顔にわずかな驚きの色が浮かんだ。そして、カップを飲み干した悪魔たち全員が、同じように息を飲んだ。
「これは……」
フォラスが静かに呟いた。
「なんという清涼感。数日徹夜した後のような、悪魔化で酷使した肉体の疲れが、一瞬で消え去ったようだ。」
フォカスも深く頷く。
「私の魔力も、澱みがなくなり、以前より純粋になったのを感じます。まるで全身が浄化されたようです。」
愛梨のハーブティーは、ただの飲み物ではなかった。それは、愛梨の持つ**『生命力の活性化』の力が濃縮された、まさに「祝福の雫」**だった。悪魔化により常に疲弊していた彼らの肉体と精神は、たちまち活力を取り戻した。
ベリトは微笑んだ。
「愛梨様、ありがとうございます。これほど短期間で、これほどの恩恵をもたらすとは。やはり、あなたは我々にとっての**『生命の源』**だ。」
皆が愛梨の力を称賛し、感謝の言葉を述べる中、ヴァサゴだけは無言でハーブティーを飲み干した。
(確かに、力は強力だ。この城が悪魔化の呪縛から解放される道筋が見える。)
しかし、ヴァサゴの胸には、喜びではなく、深い懸念が広がっていた。皆の瞳に浮かぶのは、愛梨への感謝だけではない。愛梨の力を、もっと、もっと欲しいという、悪魔特有の強欲な光が混じり始めているのを感じたのだ。
その日の午後、ヴァサゴはベリトに呼ばれ、二人きりで執務室にいた。
「ヴァサゴ、ハーブの効能は確認できたな。我々の計画を進める時だ。」
「計画とは、このハーブを量産し、館の悪魔たちに配給することですか。」
「それだけではない。このハーブは、我々が悪魔として生きるための『薬』となる。そして、愛梨様の力を最大限に活用すれば、この城全体を、悪魔化の呪縛から解放できるはずだ。」
ヴァサゴは問い詰めた。
「その『最大限の活用』とは、主様を城の奥に閉じ込め、力が尽きるまで利用することですか?ベリト、あなたは昨夜、力を隠した理由を『危険だから』と言った。しかし、私が見た過去の記録には、真の危険が記されている。」
ヴァサゴは古い文献の断片を机に置いた。
「『生命の杯』が満たされすぎると、その器である人間を蝕み、やがて**『器』は空虚な灰となる**と。愛梨様の力が純粋であればあるほど、愛梨様の体への負担も増大するはずだ。あなたは、この事実を悪魔たちから隠している。」
ベリトは、ヴァサゴの目を見て静かに言った。
「その通りだ。愛梨様の力の消耗は避けられない。だが、この館の悪魔たちの命を繋ぐためには、愛梨様の力を頼るしかない。」
彼の瞳は冷徹だった。
「愛梨様には感謝している。しかし、我々悪魔の生存と、この城の未来のためだ。非情な選択だと分かっているが、愛梨様は我々の『生命線』だ。私が責任をもって、その力を管理する。」
ヴァサゴは、ベリトの決定に激しく反発した。ベリトの言葉は、愛梨を守るというよりも、力を管理下に置くという支配者の論理に他ならなかった。
(ベリトは、愛梨様を悪魔たちの『道具』にするつもりだ。過去の過ちを繰り返すわけにはいかない。)
ヴァサゴは執務室を後にし、温室へ向かった。彼は、再び芽吹きの喜びを分かち合った区画の土に、そっと手を触れた。
「主様……私は、誰かのために自分の全てを捧げてしまう、あなたの無垢さを恐れている。私の使命は、あなたを城から解放し、あなたの命が尽きる前に、この悲劇の連鎖を断ち切ることだ。」
ヴァサゴは、固い決意を胸に、静かに温室の奥へと消えていった。




