表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

サクラの誤解(シュウ)

 姉のサクラが振り向いてバルドに手を振っている。呑気にも程がある。

「あの男の事を知っているのか?」

「名前は教えてもらったわ。初対面の人にそれ以上詳しく訊くほど、私は非常識ではないわよ」

 その危機感の無さは、十分非常識だ。

「あの男は、少年たちが集まって金を脅し取ったり、盗みを働いたりするならず者集団の首領で、イゴールの狼と恐れられている男だぞ。ぼんやりしていたら、たまり場に連れて行かれて、辱めを受けることになったんだ」

「そんなことにならないわよ。私は醜いもの。欲望の対象にされないわ。バルドさんは本当に親切で送ってくれようとしたの」

「だから、サクラはとても綺麗なんだから、自衛しなけりゃいけないんだって」

「それは弟の欲目よ。人に聞かれたら恥ずかしいから止めてね」

「はぁ」

 俺は溜息をついた。

 俺たちの母親は異なる世界からやって来た。この世界で騎士である父と結婚して、幸せそうにしている。愛情深く良い母親だとは思うけれど、美醜の感覚がかなりおかしい。

 第五騎士隊の隊長であり、十年連続剣技会で優勝した尊敬できる父だけど、容姿はごく普通だ。しかし、母は父の事を絶世の美貌だと思っている。

『お父さんは今も素敵だけれど、若い頃は本当に美しかったのよ。最初に見たときはシージーかと思ったの。生きて動いているのが信じられないくらい』

 若い頃の父の写真をうっとりと眺めながら、母はそんなことを言っていた。聞いたこともないシージーとは、機械で描いた精緻な絵らしい。そんな機械はこの世界になないので想像もできないが、とにかく父はとんでもない美形だと母は主張したいらしい。

『ごめんね。私に似てしまって。お父さんに似ていたら、美しく産まれたのに』

 母は黒髪の俺たち兄弟にいつもそう言っていた。だから、俺たちは母に似てしまったから醜いのだと思っていた。兄と俺は男なので少々醜くてもそれほど気にしていなかったが、二歳上の姉はかなり気にしていたみたいだ。

 俺が学校へ入学した頃、姉は男子たちにあからさまに避けられていた。姉が話かけると顔を背ける奴もいた。俺は醜いからと姉を仲間外れにするような奴が許せなかった。そして、姉を守ってやりたいと思い、強くなるため騎士課程へ進むことにした。父を尊敬していたので、同じ道を目指したことに後悔はない。


 でも、俺はあまりに無知だったんだ。

 まさか、姉のサクラが避けられていたのは、あまりに美しすぎて直視できないという理由だなんて思わなかった。姉を無視していた男たちと喧嘩して、負かした奴からそんな理由を聞いたけれど、出任せだと思っていた。

 姉は醜い自分を美しすぎるなんて言うのは虐めだと感じていたようだ。


 俺は喧嘩を繰り返し、姉が美しいという事が真実だという事にやっと気がついた。しかし、姉は未だに自分は醜いと思い込んでいて、父親が一番美しいと感じている。本当に頭が痛い。そのうち、変な男に騙されるのではないかと気が気ではない。

 それにしても、あのバルドという男、少し父に似ている。銀の髪に青紫の瞳。地方では珍しくない容姿だ。王都でも地方出身者の多い貧困地区でよく見かける。


「バルドさんはならず者に見えなかったわ。変な人たちに酒を飲みに行こうって無理やり誘われているところを助けてくれたのよ。そして、家まで送ってくれると言ってくれたの。私のような女にも、とても紳士的で優しかったもの」

「サクラは、本当に人を見る目がないな」

 本当に危なっかしい。

「見る目はあるわよ。最初に声をかけてきた人たちは、絶対について行ったら駄目だとわかったもの。お金をせびられたり、強請られたりするのだと思うわ」

「だから、目的はサクラだって」

「いくらあの人たちが変な人で女性にもてないからと言って、醜い私に手を出さないから、そこは大丈夫でしょう」

「だから、大丈夫ではないと、何回言ったらわかるんだ」

「怒らなくてもいいじゃない。自虐したいわけじゃないもの。醜いのは仕方ないじゃない。私だって、レン兄みたいに結婚したいんだから。リラさん、とても綺麗だった」

 とうとう泣き出すサクラ。本当に勘弁してほしい。


「だから、サクラは醜くないって。こんなところで泣くなよ」

 俺たちは商業地区の大通りを歩いていた。夕方になり暗くなってきているが、かなりの人通りある。サクラの泣き顔はかなり目立っていて、泣かせた俺をすれ違うやつらが睨んでくる。

「いいよ、もう。弟に慰められても惨めなだけだから」

「とりあえず、バルドには絶対に近付くな。第五騎士隊が目を付けているような男だからな」

「うん。わかった」

 ふてくされたように返事するサクラ。本当にわかっているのだろうか? 俺はもう一度溜息をついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ