迷子を保護(バルド)
「放してください!」
地元の道を歩いていると、お金持ちのお嬢さんらしい高級な服を着た少女が、三人の若い男たちに囲まれていた。あの奴らに見覚えがある。隣地区の鼻つまみどもだ。その中の一人が少女の肩に手をかけている。
少女は明らかに嫌がっているのに、男たちはニヤニヤとしながらその様子を楽しんでいるようだ。本当に下種な野郎どもだ。
「そんなこと言わずに、俺たちにいてきなって。美味い酒を飲ましてやるから」
ここら辺に美味い酒など売ってはいない。濁った品質の悪いものばかりだ。たとえ売っていたとしても高額だろうから、あの男たちに買うことができるとは思えない。
「いや! 放して」
少女の腕を掴んで引っ張って行こうとするならず者たち。少女が首を横に振ったので、長い髪が揺れる。その髪は非常に珍しい黒い色をしていた。
あいつら、俺の地区で何てことしやがる。
「待て、その女は置いて行け」
俺は男たちを睨む。
「何だと、関係のない奴はひっこんでろ!」
ならず者の一人が睨み返してきた。その後ろで二人の男の顔色が変わる。
「い、いや、俺たちは、道に迷ったお嬢さんを家まで送ろうとしていただけで……」
後ろにいる一人が見え透いた言い訳を言う。俺の顔を知っているようだ。
「嘘を吐くな。無理やり連れて行こうとしていただろうが!」
「ち、違うんだ。誤解だ」
「おい! こんなガキに何を言っているんだ。俺たちは三人もいるんだぞ。殴って黙らせたらいいんだよ」
少女の腕をつかんでいた男が俺を睨みながら言い放つ。俺の顔を知らない下っ端らしい。
「おい、止めろ」
「俺たちは、もう帰るから」
後ろにいた二人が慌てて、未だに俺を睨んでいる男の手を引っ張り少女の腕から外した。
「何だよ! このまま逃げるつもりか」
「いいから来い」
まだ文句を言っている男を引きずるようにして、三人は走り去った。
少女は、去って行く男たちの背中を見送り、そして、こちらを振り向いた。
「うっ!」
思わず声が出た。引き込まれるほど黒い瞳。腰まである艶やかで真っ直ぐな黒い髪。そして、とてもこの世の人だとは思えないほどの美しい顔。
「助けてくださって、ありがとうございます」
少女は、眩しい笑顔を俺に向け、深々と頭を下げた。
「なぜ、こんな所にいる」
こんな綺麗な女は見たこともない。掃き溜めみたいなこんな所にいると、あんな男たちに目を付けられるに決まっている。よくここまで無事だったなと思う。
「お友達の家へ遊びに行っていて、帰ろうと思ったら迷ってしまったの」
「はぁ? その年で迷子か? ここら辺が危険な所だとわからなかったのか?」
「迷子ではないわ。私は、ちょっと方向音痴なだけよ。気がついたらここにいたの」
両頬を膨らませて不満をあらわにする少女。その仕草まで綺麗だから、始末に負えない。
「仕方がない。家まで送ってやる」
こんな綺麗な少女を一人で歩かせるわけにはいかない。俺の地元で誘拐事件や暴行事件が起こるのは許せない。だから、これは仕方がないからだ。別に、この女と一緒に歩きたいとかでは決してない。
「ご迷惑をおかけしますけど、お願いできますでしょうか」
嬉しそうに潤んだ黒い瞳で見上げてくる。俺は襲ったりしないけど、他の男にそんなことしてみろ、どこかに連れ込まれるぞ。無防備にも程があるだろう。
「ああ」
俺は、衝撃的すぎる美しい顔から眼を背け、ぶっきらぼうに答えた。
「あの、お名前を伺ってもいいですか? 私はサクラと申します」
本当にいいところのお嬢さんなんだろう。こんな物言いをする女は知り合いにいない。俺たちの手の届く女ではないことを思い知り、胸がざわつく。
「俺は、バルド。イゴールのバルドだ」
「姓をお持ちなのですね。貴族の縁の方ですか?」
何を寝ぼけたことを言っている。貴族がこんな格好でこんな所にいるはずがないだろう。
「違う! イゴールはこの地区の名だ」
「そうなのですね。イゴール地区のバルトさん、本当にありがとうございます」
少女が告げた家の場所は、友達の家があると言う商業地区の向こう側だった。反対の方向に歩いて来てしまったらしい。そう告げると、
「どおりで、いくら歩いても見覚えのない所ばかりだと思っていました。家まで十分もかからないはずなのに何時までも着かないものだから、別の世界に行ってしまったかと思って、心細かったです」
なんだか、信じられないくらい綺麗だけれど、随分ととぼけた女だな。
金持ちの女なんて、お高くとまっていて、俺たちの事なんて汚物を見るような目をするんだと思っていた。
綺麗なサクラにこんな風に嬉しそうに微笑まれて、俺は戸惑っていた。
「止まれ!」
まだ若そうな男の声がして、首に剣を突きつけられた。後ろからものすごい殺気を感じる。綺麗なサクラの隣を歩いていて舞い上がっていたらしい。これほど近くに男が来るのを許してしまった。
目的はサクラか。突然剣を抜くような危ない奴だ。サクラをこんな奴に奪われるわけにはいかない。
絶対にサクラだけは、助けなければ。
俺は目立たないようにそっとズボンのポケットに手を入れ、入っている石を握り締めた。