第九章 声という刃
――目覚めると、部屋は静まり返っていた。
彰親様は戻らない。
私の足は、もう二度と戻らない。
けれど、一つだけ新しく手に入れたものがある。
私の声。
試しに、また歌ってみた。
低く、甘く、誰かを抱きしめるように。
看病してくれていた女中が目を潤ませ、
「お嬢様……どうしてでしょう、急に胸が軽くなって……」
と泣き笑いした。
私は知った。
これは偶然ではない。
次は、意地悪を込めて歌った。
女中は怯え、震えながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と私に縋りついた。
――やはり。
歌は、心を壊すことができる。
夜、私は一人で小声で歌い続けた。
「楽しかった頃を思い出せ」と願えば、聴いた相手は幼子のように笑い出す。
「苦しみを忘れろ」と込めれば、泣いていた人間が安らかな寝顔を見せる。
「死んでしまえ」と囁けば――人は静かに命を手放す。
私は確信した。
声は刃だ。
刃であり、呪いであり、唯一の力。
少女はもはや「歌う娘」ではなかった。
声は祝福ではなく呪詛。
その呪詛を自在に操れるのは、世界でただひとり――彼女だけだった。
私は思った。
――ならば、この声で奪い返す。
彰親様。
あなたが私から愛を奪ったように、私もあなたからすべてを奪う。
あなたの心を、家を、そして血を分けた者たちまでも。
殺しはしない。
なぜなら、私が知った絶望を、あなたにも知って欲しいから。
死んでしまえば、その苦しみを味わえないから。
「ふふ……いいわ。これが私の復讐」
鏡に映る自分は、青白い顔で笑っていた。
目は潤み、唇は震えているのに、その奥底に燃えているのは確かな炎。
魔女――ソルシエール。
その名を、私は心に刻んだ。
こうして彼女は決意した。
復讐の歌を、愛の名で歌うことを。
その旋律は甘美で、しかし聴く者を狂わせる毒。
桐生彰親。
そしてその一族。
誰ひとり逃れることはできない。
魔女の歌声が、ついに幕を開けた。




