終章 牢獄に来たる白き影
夜は、深く沈んでいた。
鉄格子の外には月と闇とがあるばかり。
声を封じられた女は、今宵も言葉を持たぬまま、薄い布団に身を横たえている。
かつて「ソルシエール」と呼ばれた女。
愛と憎悪の果てに人を壊し、自らも壊れ、いまはただ“危険人物”としてここに在る。
声を封じられ、名さえ消えようとしていた。
その時、かすかな音が闇を裂いた。
爪の音。石を叩く乾いた響き。
女は顔を上げ、目を凝らす。
独房の隅に、小さな白い影がいた。
雪の欠片のごとく白く、ひどく痩せた猫。
赤く濡れたような瞳で、ただじっと女を見ていた。
女は笑みを浮かべる。
声はない。けれど唇だけがかすかに動いた。
――おまえも、囚われ者か。
猫は鳴かない。
ただ、燃えるような眼差しで彼女を射抜く。
そして声なき声が胸の奥に響いた。
――痛みも、愛も、続いていく。
――ここで終わらぬ。別の場所で。
女の頬を、涙がひとすじ落ちた。
誰からも拒まれ、見捨てられたこの世界で、初めて「約束」を告げられたように思えた。
白猫はやがて立ち上がる。
痩せた肢体を引きずりながら、鉄格子をすり抜けるように闇へと消えていった。
残された女は、その背を見送りながら、唇を震わせた。
――いこう。
誰にも届かぬ言葉。
しかしそのひととき、声を封じられた魔女の胸にも、かすかな未来が灯っていた。
了
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