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第十六章 愛と牢獄

法廷は冷たかった。

白い壁、硬い木の椅子、ぎっしりと詰められた傍聴人の視線。

すべてが私を裁くために存在しているように見えた。


けれど私は、恐れていなかった。

だって――もう失うものなどないのだから。


「被告人は発言を控えるように」


裁判長の声が響いた。

私の口には布のマスク。

そう、彼らは恐れたのだ。

私の声が、再び人の心を狂わせることを。



科学は証明できなかった。

だが、確かに人々は彼女の声を「恐怖」として記憶した。

根拠なきままに、だが否応なく――歌声は「禁忌」となった。


証人席には、私が関わった人々が立った。

壊れた笑顔で空を見つめる女。

意味のない言葉を繰り返す老人。

そして――やつれた彰親様。


「彼女に監禁されて……声を浴びて……」

彰親様は震えながらも、はっきりと告げた。

「だが、愛している……。どうしようもなく、今も……」


傍聴席がざわめいた。

私はマスク越しに彼を見つめ、胸の奥で歌った。

――ああ、それでいいの。あなたは私の囚人。最後まで。


弁護士は必死に訴えた。

「被告人は確かに行き過ぎた行為をしました。しかし、殺人はしていないのです!」


検察は冷ややかに返す。

「殺していない? ではこの人々の壊れた心は何ですか? 生きながらにして殺されたも同然でしょう」



殺人の証拠はなかった。

ゆかりは人を壊したが、命までは奪っていない。

その一点だけが、彼女を死刑から救った。


裁判長が木槌を叩いた。

「被告人・更科ゆかりに対し、禁固三十年を言い渡す」


場内がざわめいた。

死刑を望んだ者たちの失望と、彼女の存命に安堵する者たちの安堵が交錯した。


私は静かに頷いた。

三十年――檻の中。

でも、それがどうしたというの。


法廷を後にする時、私は一度だけ振り返った。

彰親様が立ち上がり、鎖に繋がれた私に手を伸ばした。

衛兵に押し戻されながら、彼は叫んだ。

「ゆかり――歌わないでくれ! それ以上、自分まで壊れる!」


私は微笑んだ。

「ごめんなさい、もう止められないの。

 愛は歌になる。私の声は、私自身だから」



彼女は魔女だった。

愛の名を掲げ、声を刃とし、人の心を操った。

だが最後まで、彼女は自分を「ただの女」と信じていた。

裏切られ、捨てられ、傷つき、それでも「愛している」と囁き続けた女。


檻に閉じ込められても、その歌は消えない。

ただマスクの奥で、誰にも届かぬ声で紡がれ続ける。


私は鉄格子の中で、そっと歌った。

「あなたを愛してる……永遠に」


涙が頬を伝った。

それでも笑った。

だって、この歌は彰親様に届く。

心の奥で、必ず――。

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