第十四章 檻の中の愛
桐生家はもう壊れ果てていた。
あれほど威光を誇った家は、夜会の一件で疑心暗鬼に沈み、親族同士が互いを呪い合うだけの巣窟になった。
けれど――私の胸の穴は、まだ塞がらない。
なぜなら。
私を最初に見つけ、愛を囁き、そして裏切ったのは……彰親様、あなたただひとりだから。
私は彼を再び自室へ呼び寄せた。
抵抗はなかった。
もはや彼は私の声に逆らえない。
「座って。……そう、私の目を見て」
私は歌った。
かつて彼が恋に落ちたあの旋律を。
雨の日、傘を差し出してくれたあの時の歌を。
彰親様は膝を震わせ、顔を歪めた。
「……やめてくれ……思い出したくない……!」
「思い出して。あの日の言葉を。
“君を守る”と言ったあの夜を」
彼は泣き崩れた。
私はその涙を拭い、頬に唇を寄せる。
「ねえ、あなた。守れなかった痛みを、私と分かち合って」
私は彼の身体を縛り、鞭を振るった。
皮膚に赤い痕が広がり、彼は呻き声を漏らす。
けれど私は優しく微笑む。
「痛い? でもこれが愛よ。私の愛の折檻」
そして歌う。
「痛みを喜びに変えて。涙を誓いに変えて」
彼の目が虚ろになり、やがて震える声で呟いた。
「……愛してる……ゆかり……」
私は背筋に震えが走った。
これが欲しかった。
この言葉が、私を生かしている。
彼女にとって愛は、もはや癒しではなく拷問と同義だった。
殴ること、縛ること、泣かせること。
それらすべてを「愛」と名づけ、彼女は彰親を檻の中に閉じ込めた。
日を追うごとに、彰親様の身体は痩せ、声は掠れ、けれどその瞳は私に縋るようになった。
「捨てないで……お願いだから……」
私は笑った。
「もう二度と捨てさせない。私から逃げられると思わないで」
私は歌で彼の心を縛り、夜ごと愛を注ぎ、痛みを与えた。
死ぬほど苦しませながら、生かし続ける。
殺してしまっては、私の痛みを彼が理解できないから。
ある夜、私は彼に囁いた。
「私の足は、もうないの。だからあなたの足で、どこへも行かせない」
私は彼の足首に鎖をかけた。
その姿を見て、彼は泣きながらも頷いた。
「……分かった。……どこへも行かない」
私は微笑んだ。
「ええ、それでいいの。これでやっと、二人は一緒」
ゆかりの愛は狂気そのものだった。
それでも彼女にとっては純粋で、真実で、唯一の救いだった。
声は檻となり、歌は枷となり、彰親は永遠に逃れられぬ囚人となった。
だがその「愛の牢獄」が、やがて世間の目に晒され、破滅への道へと繋がっていくことを――
この時の彼女はまだ知らなかった。




