第十一章 家族という牢
彰親様は、もはや私から逃げられなくなっていた。
夜ごと私の歌に縛られ、愛を叫び、涙を流す。
その姿を見ていると、胸の奥が甘く痺れる。
けれど――まだ足りなかった。
私を捨てたのは彰親様ひとりではない。
あの家族も、私を「外の女」として冷笑し、足を失った私を嘲った。
ならば、彼らにも同じ苦しみを与えなければ。
ある晩、私は彰親様の正妻・綾子夫人に声をかけた。
彼女は気品に満ちた美しい人だった。
「桐生の妻」という肩書きと誇りを纏い、私を侮蔑するその瞳。
「あなたが……噂の女ね」
綾子夫人は吐き捨てるように言った。
私は微笑み、歌い始めた。
「愛されない妻の孤独を、思い出して」
「選ばれなかった女の悲しみを、味わって」
彼女の瞳が揺れた。
誇り高い顔が歪み、やがて両手で耳を押さえた。
「いや……いやよ……私は妻なのに……!」
私はさらに声を重ねた。
「夫に愛されない女は、ただの影」
綾子夫人は嗚咽し、床に崩れ落ちた。
その姿を見て、私は確信する。
これが罰だ。
これが愛の折檻。
数日後、親族たちが集まる場に、私は敢えて現れた。
「裏の女」が足を引きずりながら姿を見せると、彼らは露骨に顔をしかめた。
「まだいたのか」
「この女がいる限り、桐生の名が汚れる」
私は笑った。
「ええ、確かに私は穢れ。けれど――あなた方こそ」
その瞬間、声を解き放つ。
「互いの秘密を暴き合え」
「隠した罪を思い出せ」
親族たちは次々と顔色を変え、互いを罵り合い始めた。
長年隠してきた裏切りや借金、愛人の存在までも口にし、場は混乱に包まれた。
私はその場を静かに去りながら、心の底で笑った。
「これで、少しは分かったでしょう。私の気持ちが」
彼女は殺さない。
殺してしまえば、苦しみは終わるから。
彼女の望みは「生きながらにして壊すこと」。
愛を知り、裏切られる絶望を、その身に刻ませること。
桐生の一族は、次々と心を壊されていった。
それは病のように広がり、やがて家全体を覆っていく。
夜。
彰親様は私の膝に縋りつき、泣きじゃくった。
「もうやめてくれ……これ以上は……」
私は彼の髪を撫で、甘く囁いた。
「いいえ。これからよ。
あなたが私を捨てたあの夜の痛みを、家族みんなで味わってもらうの」
彼の目から希望が消え、ただ絶望だけが残っていた。
その姿さえも、私には愛おしかった。




