第十章 折檻の歌
彰親様の屋敷を訪れたとき、私はすでに「娘」でも「恋人」でもなかった。
鳥籠から解き放たれた魔女。
声という刃を持つ存在。
――それでも、胸の奥で疼くのは未練だった。
愛している。
だからこそ許せない。
捨てられた痛みが、今も体の芯を焼いている。
夜更け。
彼の書斎の扉を叩いた。
扉の向こうから聞こえる声。
「誰だ?」
私は微笑んで答えた。
「……彰親様。ゆかりです」
一瞬の沈黙。
そして慌てたように鍵を外す音。
扉が開いた瞬間、彼の瞳が大きく揺れた。
「……生きていたのか」
「ええ。こうして……生きています」
私は裾を持ち上げ、失われた両足を見せた。
彼の顔が苦痛に歪む。
「どうして、ここへ……」
「会いたかったから」
私は静かにそう言い、歌い始めた。
低く、甘く、絡みつく旋律。
「忘れないで。私を愛した夜を」
「逃げないで。私を抱いた罪を」
彰親様の瞳が揺れ、彼の身体から力が抜けていく。
彼は額を押さえ、呻いた。
「やめろ……その歌は……!」
私はさらに歌を強めた。
「愛していると言って。私を一人にしないで」
彼は床に膝をつき、苦しげに叫んだ。
「……愛している! お前だけだ!」
私は静かに笑った。
あの夜、捨てられた言葉が、今は彼の口から懇願のようにこぼれている。
「そう……ならば、二度と私を捨てないと誓って」
彼は泣きながら誓った。
その姿は惨めで、哀れで――それでも私の胸は甘い喜びに満たされた。
こうして、彼女の復讐は始まった。
声で縛り、愛を錯覚させ、苦しみを与え続ける。
それは殺すよりも深い罰。
心を壊し、魂を折り、愛という名の牢獄に閉じ込める。
私は彼の頬に触れ、囁いた。
「これから毎晩、愛を歌ってあげる。あなたが逃げられなくなるまで」
彼の目は恐怖に見開かれていた。
けれど、私の歌声に逆らうことはできない。
――さあ、彰親様。
ここからが始まり。
私とあなたの、新しい愛の形。




