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老兵はただ、歌を聴く

 宇宙そらは、時として、忘れ去られた約束を、星屑の中から呼び覚ます。

 ギルドの重鎮バートの元に届いた、一通の短いメッセージ。それは、数十年前に全てを捨てて姿を消した、たった一人の戦友からの、沈黙のSOSだった。

 旧大戦の亡霊、巨大企業の陰謀、そして、惑星を沈黙させる恐るべき兵器『レクイエム』。老兵は、過去の約束を果たすため、若き航宙士チャック・マツオカを伴い、最後の戦場へと、その巨大な船を向ける。

 これは、友情と、贖罪と、そして、世代を超えて受け継がれる魂を描く物語。老兵が奏でる、重厚で、しかし、どこか優しいブルースが、星々の海に響き渡る。

宇宙そらは、時として、墓場のように静まり返る。

 自由航宙士ギルドの重鎮、バートは、愛機『タイタンズ・ハンマー』の広大なブリッジで、その静寂に身を浸していた。彼の船は今、『タルタロス』のD-9ドックに、巨大な鯨が海底に体を横たえるように、静かに停泊している。

 コンソールの向こうには、ステーションの無骨な鉄骨と、その隙間から覗く無限の闇。そして、そこに散らばる星々の、凍えるような輝き。それは何十年も見続けてきた、飽くことのない光景だった。


「キャプテン。第3冷却パイプの圧力、正常値で安定しました。スモーキーの奴、腕は確かですが、口の悪さは相変わらずですね」

 若き女性航海士、サラが、くすりと笑いながら報告する。彼女の軽やかな声だけが、静かなブリッジに響いた。

「フン……」

 バートは鼻で笑った。

「あいつの口の悪さは、今に始まったことじゃない。大戦中からあの調子だ。だが、俺の背中を、もう五十年近く、あいつのエンジンが押し続けてきた。それだけは、事実だ」

 彼の脳裏に、機関室で油にまみれながら、頑固なエンジンと格闘しているであろう、古参の機関長“スモーキー”の、猫背の姿が浮かんだ。この船は、ただの鉄の塊ではない。彼と共に、数え切れないほどの戦場と、星々の海を渡ってきた、クルーたちの魂が宿る、一つの家族なのだ。


 サラが、ギルドの公開ネットワークに表示された、ゴシップニュースを読み上げた。

「……また、あのレックスという人が、何かやらかしたみたいですよ。『アークライトとの小競り合いの末、企業の密輸品を強奪』?まあ、無謀な人ですね。いつか本当に死にますよ」

「死なんさ」

 バートは静かに言った。

「ああいう悪運の強い奴はな。壊して、直して、少しずつ一人前になる。俺たちの若い頃と、何も変わらん」

 彼は目を細めた。その瞳には、チャックやレックス、クロエといった、未熟だが、必死にこの宇宙を生きようとする若者たちの姿が、どこか眩しそうに映っていた。自分も、かつては、ああだった。ただ、前だけを見て、無我夢中で、この星の海を駆けていた。


 その穏やかな静寂を破るように、バートの個人用端末が、短い、しかし、鋭い警告音を発した。それは、彼が数十年前に、数人の特別な人間にだけ渡した、最高レベルの暗号化が施された、緊急通信回線からの着信だった。

 バートの表情が、一瞬で、老獪な船乗りから、歴戦の兵士のそれへと変わる。長年使い込まれた操縦桿を握る手が、微かに震える。

「……サラ、席を外せ。スモーキーにも、ブリッジには誰も入れるな、と伝えろ」

「は、はい、キャプテン!」

 ただならぬ気配を察したサラは、足早にブリッジを後にした。その足音すら、重く響く。

 一人になったブリッジで、バートは、震える指で、通信を開いた。

 ホログラム・ディスプレイに、ノイズの混じった、短いテキストメッセージが浮かび上がる。発信者は、ジェリコ。旧大戦時代を共に戦い抜き、そして、全てを捨てて宇宙の片隅に消えた、彼の、たった一人の、親友だった。


『バート、助けてくれ。奴らが、『レクイエム』を……』


 メッセージは、そこで、唐突に途切れていた。

「ジェリコ……!」

 バートは、思わず叫んでいた。『レクイエム』。その言葉を聞いた瞬間、彼の脳裏に、固く、固く封印していたはずの、忌まわしい記憶が、鮮烈な悪夢となって蘇った。

 炎。悲鳴。そして、全てを沈黙させる、恐るべき兵器の、不気味な残響。血生臭い硝煙の匂いすら、鼻腔をくすぐる幻覚に襲われる。

 ジェリコは、大戦後、自らの罪を償うかのように、未開拓の辺境惑星『ガイアIV』で、たった一人、自給自足の隠遁生活を送っているはずだった。彼が、今更、この回線を使ってくるとは、よほどのことが起きたに違いない。

 ギルド支部長のビショップにだけは、最低限の情報を伝えた。だが、この任務は、ギルドの正規依頼として通せるような、クリーンなものではない。『レクイエム』の存在は、軍の最高機密であり、公にすれば、星系全体を巻き込む、パニックになりかねない。

 これは、自分の、個人的な戦いだ。

 彼は、ブリッジのコンソールで、個人的な連絡先リストを開いた。この危険な旅に、誰を巻き込むべきか。クルーだけでは、足りない。外部からの、柔軟な発想と、信頼できる腕が必要だ。

 彼の目に、一人の男の名前が留まった。

 チャック・マツオカ。

 腕は、まだ未熟だ。だが、土壇場での機転と、仲間を見捨てない、お人好しなまでの誠実さがある。そして何より、彼には、アイリーンという、最高の頭脳がついている。前回のゴールドラッシュの一件で、バートは、彼の「ただ者ではない」資質を、はっきりと認めていた。

 バートは、チャックの通信コードをタップした。


新たな航海

 その頃、チャックは、ダイナー『スターゲイザー』で、ローンの返済計画と、にらめっこをしていた。油でベタつく端末の画面には、彼の財政状況を示す赤字が踊っている。

 彼の端末に、バートからの着信が表示される。

『チャック君か。少し、話がある』

 バートの声は、いつになく、硬かった。冬の凍てつく風のように、重く、彼の胸に響いた。

『少し長めの航海に付き合え。個人的な、頼みだ。もちろん、報酬は出す』

 その、有無を言わせぬ口調に、チャックは、ただ頷くことしかできなかった。


 『タイタンズ・ハンマー』の、だだっ広いハンガーの中に、『セカンドライフ』号は、まるで巨大な亀の背中に乗った、小さな子供のように、ちょこんと収まっていた。

 チャックは、自分の船の狭いコクピットと、『タイタンズ・ハンマー』の、体育館のようなブリッジを、落ち着かない気分で行き来していた。巨大な船の、冷たい金属の匂いが、彼の鼻腔をくすぐる。

 巨大な船は、ペルセウス腕ハイウェイを外れ、ほとんど使われていない、辺境の航路へと入っていく。星々の輝きが、どこかよそよそしく感じられた。

 航海の途中、バートは、時折、チャックをブリッジに呼び、ぽつりぽつりと、昔話を語り始めた。


「……ジェリコは、最高の兵士だった。どんな絶望的な状況でも、あいつだけは、決して諦めなかった。俺の命も、一度や二度じゃない、何度もあいつに救われた」

 バートは、星々が流れる窓の外を見つめながら、遠い目をした。その瞳の奥には、燃え盛る戦場の炎が、今も燻っているようだった。

「だが、あいつは、背負いすぎたんだ。大戦末期、俺たちの部隊は、ほとんど壊滅状態だった。ジェリコの、ほんのわずかな判断ミスで、多くの仲間が死んだ。……誰のせいでもないと、俺たちは言ったんだがな。あいつは、ずっと、自分を許せなかった」

 バートの声には、深い哀しみが滲んでいた。それは、長年閉じ込めていた痛みが、そっと漏れ出すかのようだった。

「戦争が終わった時、あいつは言ったんだ。『俺は、もう二度と、誰かの死に関わる引き金は引かない。静かに、贖罪のために生きる』と。それきり、あいつは姿を消した。俺たちの前から」

 チャックは、かける言葉も見つからず、ただ黙って、その話を聞いていた。ブリッジの静けさが、バートの語る過去の重みを際立たせる。

「だから、俺は確かめなきゃならんのだ。あいつが、今、自分のために、ちゃんと生きているのかどうかをな」


砕かれた楽園

 数週間に及ぶ、長い航海の果て。

 彼らは、ついに、惑星『ガイアIV』の軌道上に到達した。

 古い星図によれば、そこは、青い海と、緑豊かな大陸が広がる、美しい惑星のはずだった。

 だが、彼らが目にしたのは、その予想を、無残に裏切る光景だった。

 惑星の地表は、巨大な採掘リグによって、醜くえぐり取られ、茶色い大地が剥き出しになっている。大気は、工場から吐き出される、灰色のスモッグに覆われ、視界は最悪だった。息苦しさを感じるほどの汚染された空気が、彼らのセンサーに容赦なく叩きつけられる。

「……なんだ、これは」

 チャックが、思わず絶句する。目の前の光景は、彼の想像をはるかに超えていた。

「ヘリオス・エネルギー社……!」

 バートの口から、憎悪に満ちた声が漏れた。それは、長年熟成された苦い酒のような響きだった。船体に描かれた、太陽を模したロゴが、この星を破壊した者の名を、雄弁に物語っていた。

 ジェリコが住んでいたはずの、緑豊かな谷は、巨大な露天掘り採掘場の一部と化していた。


 バートが、調査のために、小型の偵察ドローンを発進させようとすると、どこからともなく、三機の戦闘クラフトが現れ、威嚇射撃をしてきた。レーザーが船体近くをかすめ、警告音がブリッジに響き渡る。

『所属不明船に警告する!当宙域は、ヘリオス・エネルギー社の管理下にある!ただちに退去せよ!』

 通信回線を開くと、モニターに、冷徹で、エリート然とした男の顔が映し出された。その表情には、一切の感情が読み取れない。

「俺は、自由航宙士ギルドのバートだ。この星に住む、旧友を訪ねに来た」

『ジェリコという老人か?残念だが、彼は、我が社の事業に非協力的なため、現在、我々の管理下で"保護"している。部外者の面会は、一切認められん』

 男は、コールドウェルと名乗った。彼の言葉は、丁寧だが、有無を言わせぬ、絶対的な響きを持っていた。まるで、彼自身が法律であるかのように。

 通信を切った後、ブリッジは、重い沈黙に包まれた。苛立ちと、どうしようもない無力感が、バートの胸に渦巻く。


「……チャック君」

 バートが、重い口を開いた。

「お前さんと、アイリーンにしか、頼めないことがある。あの採掘リグの、セキュリティ網を突破し、ジェリコが、どこに捕らえられているのか、探し出してほしい」

「……分かりました。やってみましょう」

 チャックは、強く頷いた。これは、もはや、ただの個人的な頼み事ではない。巨大企業の横暴に対する、小さな、しかし、確かな反撃なのだ。彼の瞳には、静かな決意の光が宿っていた。

 彼は、自分の船、『セカンドライフ』号のコクピットへと、急いで戻っていった。


静かなる潜入と激突

 作戦は、夜陰に紛れて、決行された。

 まず、バートの『タイタンズ・ハンマー』が、採掘リグの正面ゲートに対し、陽動の威嚇射撃を開始した。巨大な船体が放つレーザーは、大した威力はない。だが、その存在感そのものが、最大の陽動だった。唸りを上げて放たれるプラズマ弾が、ゲートの金属を焦がす。

 コールドウェルの主力部隊が、その迎撃に向かう。彼らの戦闘機が、次々と『タイタンズ・ハンマー』へと向かっていくのが見えた。


「アイリーン、行くぞ!」

 その隙に、チャックは『セカンドライフ』号で、リグの裏側、エネルギー排熱口が集中する、レーダーの死角から、一気に潜入した。狭い、パイプと鉄骨が入り組んだ迷路の中を、チャックは、アイリーンの的確なナビゲートを頼りに、進んでいく。船体が、わずかな隙間を擦り抜けるたびに、耳障りな金属音が響く。

『キャプテン、警備ドローンの巡回ルートに、3.7秒の隙間が発生します。そこを抜けてください』

「分かってる!」

 チャックは、船体をギリギリまで傾け、回転する巨大なファンの羽根の間を、紙一重ですり抜けた。冷たい風圧が船体を叩きつける。

 やがて、アイリーンが、リグの内部ネットワークから、囚人のデータを盗み出すことに成功した。

「見つけました、キャプテン!ジェリコ氏は、セクター・デルタの、最下層にある独房ブロックに監禁されています!」

「よし!バートさんに、データを送れ!」

 チャックからの情報を受け取ったバートは、躊躇しなかった。彼の脳裏には、ただ親友を救うという、一つの目的しかなかった。

 彼は、『タイタンズ・ハンマー』の進路を、強引に、独房ブロックのある、リグの側面へと向けた。


「キャプテン、無茶です!衝突します!」

 サラが、悲鳴に近い声を上げる。だが、バートは聞かない。

「黙れ!うちの船の装甲を、信じろ!」

 バートは、怒鳴ると、そのまま、リグの外壁に、船体を激突させた。

 凄まじい衝撃と、金属の軋む音がブリッジ全体を揺るがす。船体が悲鳴を上げ、クルーたちが呻く。だが、『タイタンズ・ハンマー』は、びくともしない。厚い装甲が、衝撃を吸収する。

 彼は、分厚い外壁に、プラズマカッターで、巨大な穴を焼き切ると、焼けた金属の匂いが充満する中、たった一人で、そこから内部へと乗り込んでいった。


 独房は、冷たく、暗かった。カビの匂いが鼻をつく。その隅で、すっかり年老い、衰弱しきったジェリコが、鎖に繋がれて座っていた。

「……バートか。来て、くれたんだな」

 ジェリコの掠れた声が、闇に溶けていく。

「ジェリコ!」

 バートは、鎖を、素手で引きちぎると、親友の体を、力強く抱きしめた。その感触は、かつての屈強な兵士とは程遠く、骨と皮のようだった。

「一体、何があったんだ。『レクイエム』とは、何のことだ」

 ジェリコは、咳き込みながら、この星の、恐るべき真実を語り始めた。


「『レクイエム』は……俺たちが、大戦の最後に、この星に封印した、悪魔だ。惑星規模の、音響兵器……。その歌は、あらゆる電子回路を破壊し、あらゆる生物の神経を、沈黙させる」

 そして、彼は、この封印のシステムを、説明した。

「この封印は、俺自身の生体認証が、最後の『鍵』になっている。俺が死ぬか、この谷から離れれば、永久に解けることはない……。俺は、その番人として、ここで生涯を終えるつもりだった」

 だが、ヘリオス社の無茶な掘削が、その封印を、破壊しかけているのだ、と。

「奴らは、この化け物を掘り起こして、独占するつもりだ。そうなれば、星々が、また、炎に包まれる……」


老兵たちの戦い

 ジェリコを連れて、独房を出た直後、通路全体に、高圧電流が流れる、罠が作動した。青白い火花が散り、焦げた匂いが漂う。

「コールドウェルめ……!」

 バートが歯噛みする。

「バート、こっちだ。この通気ダクトを使えば、中央制御室へ抜けられる。昔取った杵柄ってやつを見せてやる」

 ジェリコは、衰弱しながらも、この施設の古い設計図を、完璧に記憶していた。その記憶は、彼自身の歴史の一部だった。

 中央制御室にたどり着いた二人の前に、サイバネティクス強化された、コールドウェルの精鋭兵士たちが、待ち構えていた。彼らの目は、冷たく、感情がない。

 バートとジェリコは、背中合わせになる。それは、何十年も前に、何度も繰り返した、戦友のポジションだった。彼らの間に、言葉はいらない。

 バートが、その圧倒的なパワーで、敵の盾を砕く。金属が悲鳴を上げ、兵士たちが吹き飛ぶ。ジェリコが、その隙を、老獪な戦術で、的確に突く。彼の動きは、衰えこそすれ、無駄が一切ない。

 二人の老兵は、全盛期には程遠い。だが、その連携は、最新の兵士たちを、圧倒していた。彼らの動きは、まるで古木の根のように絡み合い、誰にも真似できない熟練の舞を繰り広げる。

 精鋭部隊を倒した二人の前に、奥の扉から、最新のコンバットスーツを装着したコールドウェルが、悠然と姿を現した。スーツから放たれる青白い光が、暗い通路を照らす。

「素晴らしい連携だ、老兵たち。まるで、歴史の記録映像を見ているようだ。だが、その時代錯誤な英雄譚も、ここで終わりだ」

 彼のスーツが、さらに強い青白い光を帯びる。エネルギー充填の唸りが聞こえる。

「小僧が……」

 バートは、旧式の、しかし、手入れの行き届いた、大型のパルスライフルを構えた。冷たい金属の感触が、彼の手に馴染む。

「兵器の価値は、新しさで決まるのではない。どれだけ、持ち主の血と汗と硝煙の匂いが染み付いているかで決まるのだ」

 二人の、新旧の兵士の、プライドを懸けた戦いが、始まった。


 バートは、強かった。

 コールドウェルの、最新鋭のスーツが放つ、目にも留まらぬ攻撃を、彼は、長年の経験と勘で、最小限の動きでかわし、あるいは、その頑強な肉体で受け止める。彼の動きは、もはや武術の領域だった。スーツからのレーザーが彼の横をかすめ、熱気が肌を焼く。そして、一瞬の隙を突き、渾身の一撃を、コールドウェルのスーツの、関節部分に叩き込んだ。

 スーツは、火花を散らし、機能不全に陥った。コールドウェルの呻き声が、響き渡る。


 その、まさに、バートが勝利を収めた瞬間だった。

 採掘リグ全体が、地響きのような、凄まじい振動に襲われた。激しい揺れに、二人は体勢を崩す。

 ヘリオス社の、巨大な掘削ドリルが、ついに、地下深くに眠る、『レクイエム』の封印施設に、到達してしまったのだ。

 施設が、暴走を始める。リグ全体が、不気味な低周波の振動に包まれ、電子回路が焼けるような高周波のうなりが響き渡る。照明が明滅し、電子機器から火花が散った。脳髄を直接揺さぶるような重低音が、彼らの鼓膜を叩く。

「チャック!聞こえるか!状況は最悪だ!ジェリコを連れて、今から船に戻る!脱出ルートを確保しろ!」

『了解!だが、リグのシステムが狂い始めてる!ドッキングアームが解除できないかもしれない!』

 バートは、ジェリコを肩に担ぎ、崩壊を始めたリグの中を、一直線に『タイタンズ・ハンマー』へと突き進んだ。瓦礫が降り注ぎ、通路が歪む。


 『タイタンズ・ハンマー』のドッキングベイで、クルーたちが決死の覚悟で、手動でアームの切り離し作業を行う。金属の擦れる音が響き、彼らの顔には汗が滲む。

 バートとジェリコが船に転がり込むのと、ドッキングアームが切り離されるのは、ほぼ同時だった。船体が激しく揺れる。

 『タイタンズ・ハンマー』と『セカンドライフ』号は、機能不全に陥りながらも、全速力で採掘リグから離脱した。

 惑星の静止軌道上の、安全な宙域まで移動し、そこで初めて、彼らは安堵の息をついた。


 船の窓から見える『ガイアIV』は、オーロラのように揺らめく、不気味なエネルギーの波に、覆われ始めていた。『レクイエム』の暴走は、不完全ながらも、止まらなかった。

 『タイタンズ・ハンマー』の医務室で、応急処置を受けたジェリコは、モニターに映る、自らが守ってきた星の惨状を見て、絶望に顔を歪めた。

「……俺の負けだ、バート。結局、何も守れなかった」

「まだだ」バートは、力強く言った。「まだ、終わってねえ」


最後の歌

 チャックが、ブリッジに駆け込んできた。

「バートさん!アイリーンが、暴走のパターンを解析しました!『レクイエム』は、惑星の地核エネルギーを吸い上げて、出力を増幅させているようです。ですが、そのエネルギーラインには、一か所だけ、過負荷に弱い**『チョークポイント(急所)』**が存在します!」

 それは、大戦時代の技術者が、万が一の暴走時に、外部からシステムを破壊するために、意図的に残した「弱点」だった。

「だが、そこを攻撃するには、地表の、あのエネルギーの嵐の中を突っ切らなきゃならん。正気じゃねえ」

 バートのクルーが、難色を示す。地表からは、耳鳴りのようなノイズが聞こえ、電子機器が軋む音がする。

「……いや」ジェリコが、か細いが、確かな声で言った。「道はある。この星の地下には、古い溶岩洞が、無数に走っている。そこを通れば、地表の嵐を避け、チョークポイントの真下まで、到達できるはずだ」

 彼は、震える手で、星図に一本の、細い航路を描いた。彼の指先からは、長年の知識と、この星への深い愛が感じられた。

「だが、その道は、俺と、この星しか知らない。俺が、ナビゲートする」


 作戦は、決まった。

 バートの『タイタンズ・ハンマー』が、上空で陽動を行い、ヘリオス社の残存部隊の注意を引きつける。

 その隙に、チャックの『セカンドライフ』号が、ジェリコを同乗させ、危険な地下洞窟へと潜行するのだ。

「チャック君、頼めるか」

「ジェリコさんを、死なせやしません。俺の船は、こういう『裏道』を走るのが、得意なんでね」

 チャックは、ニヤリと笑った。彼の顔には、若さゆえの自信と、責任感が宿っていた。


 『セカンドライフ』号は、地獄の中を進んだ。

 狭い洞窟、噴き出す高熱のガス、そして、『レクイエム』のノイズで、明滅するコンソール。船体は軋み、警告音が鳴り響く。パイロットシートに座るチャックの顔には、冷や汗が流れる。

「右だ!次の分岐を、右に!」

 ジェリコの、魂を振り絞るような声と、アイリーンの、的確なダメージコントロール。そして、チャックの、神がかり的な操縦。彼の指先は、まるで船と一体化したかのように、繊細かつ大胆に操縦桿を動かす。

 ついに、彼らは、チョークポイントの真下に到達した。


「アイリーン、マス・ドライバー、エネルギー最大!目標、真上!」

 先日手に入れた、チャックの「切り札」が、火を噴いた。

 轟音と共に、金属の杭が射出される。それは、分厚い岩盤を貫き、エネルギーラインの心臓部を、正確に破壊した。

 瞬間、『レクイエム』の不協和音は、嘘のように、沈黙した。耳をつんざくようなノイズが消え、深い静寂が訪れる。


新たな始まり

 ヘリオス・エネルギー社は、全ての証拠を消し去り、この星系から撤退した。

 だが、彼らの悪行が、完全に闇に葬られたわけではなかった。

 チャックが持ち帰った、戦闘記録と、『レクイエム』に関するデータは、ビショップを通じて、統合軍の、ごく一握りの、良識派閥へと、極秘に渡された。

 数週間後、ヘリオス社の株価が、原因不明のまま暴落し、いくつかの大規模プロジェクトが、不可解な「行政指導」によって凍結された、というニュースが、宇宙を駆け巡った。見えざる圧力が、巨大企業にかけられたのだ。


 『タルタロス』への帰還後、バートは、チャックに、約束の、破格の報酬を支払った。積み上げられたクレジットの山が、チャックの目を輝かせる。

「お前は、いい航宙士になったな」

 バートは、それだけ言うと、彼の肩を、力強く叩いた。その手には、長年の経験と、静かな誇りが宿っていた。


 ドックでは、一人の老人が、旅立ちの準備をしていた。

 ジェリコだ。

 彼の長かった「番人」としての役目は、終わった。その顔には、過去の重荷から解放された、清々しい穏やかさが浮かんでいた。

「どこへ行くんですか?」

 見送りに来たチャックが、尋ねた。

「さあな」ジェリコは、穏やかに笑った。「だが、今度は、自分のために、生きてみようと思う。まだ見たことのない星を、この目で見るために。……なあに、死んだ仲間たちも、その方が喜んでくれるだろうさ」

 彼の隣には、新しい、オリオン・モーターズ社製の、小型で、しかし、信頼性の高いシップが停泊していた。バートが、餞別として贈ったものだ。真新しい塗装が、光を反射して輝いている。

「バートによろしくな。『また、いつか、どこかの酒場で会おう』と」

 ジェリコは、そう言うと、新しい船に乗り込み、静かに、星の海へと旅立っていった。彼の背中には、もう過去の影はなかった。


 その夜、ダイナー『スターゲイザー』の、一番奥の、薄暗いテーブルで、バートは一人、静かにグラスを傾けていた。琥珀色の液体が、グラスの中で揺れる。

 彼の耳には、もう、遠い昔の戦場の喧騒は聞こえない。

 ただ、親友が旅立った、新しい未来と、若き航宙士たちが奏でる、少し騒々しいブルースだけが、静かに響いていた。


(了)

なんだかうまくいかないなぁ・・・

こういうお話好きな人ってどんくらいいるもんなんでしょうか・・・お目汚しばかりで申し訳ないと思いつつ、垂れ流しております

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