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タルタロス・ゴールドラッシュ

 宇宙そらは、あまりにも広い。だから、時に忘れ去られた「夢」が、星屑の中に眠っていることがある。

 辺境の危険宙域に眠る、失われた輸送船団と、山のようなプラチナ・インゴット。その甘い噂は、宇宙の吹き溜まり『タルタロス』で、それぞれの切実な理由を抱える男たちを、危険なゴールドラッシュへと駆り立てた。

 一人は、家族のために大金を求める、お人好しの元サラリーマン、チャック。

 一人は、借金返済のために全てを賭ける、命知らずの若きハイエナ、レックス。

 出会うはずのなかった二つの軌道が、互いを出し抜こうと交差した時、物語は予期せぬ共闘と、巨大な裏切りへと転がり始める。これは、一攫千金を夢見た男たちの、ほろ苦くも、どこか温かい、星屑のブルース。

 その噂は、一滴のインクが水に落ちるように、静かに、しかし確実に広がっていった。

 発信源は、ダイナー『スターゲイザー』のカウンターで、合成ビールに溺れていた、一人の泥酔したサルベージ業者だったという。彼は、呂律の回らない口で、こううそぶいたのだ。

「『ゴースト・ネビュラ』の奥……旧大戦時代の、失われた輸送船団の反応を掴んだ……。船倉には、戦争で溶かされたはずの、山のようなプラチナ・インゴットが、今も眠ってる……」

 真偽は、定かではない。

 だが、「プラチナ」という言葉は、この宇宙の吹き溜まり『タルタロス』に住む者たちの、乾ききった心に火をつけるには、十分すぎるほどの熱量を持っていた。

 噂は、一夜にして伝説となり、伝説は、誰もが手を伸ばせば届くと信じる、甘い幻想へと変わった。

 ゴールドラッシュの熱が、この混沌のステーションを、ゆっくりと包み込み始めていた。

 その日の午後、チャック・マツオカは、D-7セクターの、不安定に揺れる重力の中を歩いていた。彼の足取りは、いつにも増して重かった。

 数時間前、故郷の星に住む年老いた両親から、定期通信があったのだ。父親の持病が悪化し、高価な再生治療が必要になったという、穏やかだが、切実な知らせだった。チャックは「心配するな、金ならすぐに送る」と見栄を張ったが、彼の口座残高は、来月のローン返済すら危うい状況だった。

 そんな彼の目に、ゴールドラッシュの噂は、天からの啓示のように映った。

 『ゾルタン&リナ・リペア』の、油とオゾンの匂いが混じった店内に、チャックは足を踏み入れた。

「よう、爺さん。ちょっと、相談があるんだが」

 店主のゾルタンは、ゴーグルを額に上げ、修理中のドローンから顔を上げた。

「なんだ、チャックか。金策の相談なら、他を当たれ。うちは、慈善事業じゃねえ」

「分かってるよ」チャックは苦笑した。「逆だ。もし、もし大金が手に入ったら、『セカンドライフ』に積みたい装備があってな」

 彼は、プラチナの噂を口にした。そして、この一攫千金の夢に、自分の人生の全てを賭けてみたい、と。

「なあ、爺さん。あの『ゴースト・ネビュラ』を探査するのに、何かいい道具はないか?船団の残骸を安全に見つけるための、高性能な深宇宙ソナー。それと、いざという時に、原生生物や海賊の目を欺くための、デコイ射出装置さ。何か、安くていい中古品はないか?」

 ゾルタンは、チャックの真剣な目を、しばらく黙って見つめていた。その瞳の奥に、見栄や欲望だけではない、切実な何かがあることを、この老獪なジャンク屋は見抜いていた。

「……夢を見るのは、航宙士の特権だ。だがな、チャック。皮算用という言葉も、覚えとけ」

 彼はそう言うと、店の奥で黙々と作業を続けるリナに、顎をしゃくった。

「おい、リナ。在庫リストから、サイノシュア社製の旧式ソナーと、ポラリス社のデコイランチャーを探しといてやれ。動くかどうかは、保証せんがな」

 リナは、こくりと頷くと、小さな体で、ガラクタの山を器用に漁り始めた。チャックは、その背中に、深々と頭を下げた。

 チャックが店を後にしてから、数時間が過ぎた頃。今度は、まるで嵐のように、一人の男が店に転がり込んできた。レックスだった。

「よう、爺さん!俺は、もうすぐ大金持ちになる!だから、先にツケでパーツをよこせ!」

 彼は、カウンターに足を乗せると、不敵な笑みを浮かべた。その手には、裏社会の情報屋から買ったばかりの、暗号化されたデータチップが握られている。失われた船団の、「最終航行ログ」の断片だ。

 ゾルタンは、眉一つ動かさずに応じた。

「お前のツケが、この店の天井より高く積み上がってるのを、忘れたわけではあるまいな?」

「うるせえ!今度の儲けで、全部まとめて払ってやるよ!だから、さっさと用意しろ!『ラスカル』のカーゴベイを拡張するための、強力なプラズマカッターと、獲物を確実に捕らえるための電磁ワイヤー射出機だ!一番デカいお宝は、俺がいただく!」

 その瞳は、野心と、そして何かに追われるような、焦りの色を浮かべていた。彼が、裏社会の高利貸しから、莫大な借金をしていることは、このD-7セクターでは公然の秘密だった。このゴールドラッシュは、彼にとって、起死回生を賭けた最後のギャンブルなのだ。

 ゾルタンは、レックスの瞳の奥にある必死さを見て、静かにため息をついた。

 チャックとレックスが、それぞれ別の夢を抱いて店を去った後、ゾルタンは、リナと顔を見合わせた。

「リナ、見たか。あの二人、同じ夢を見て、同じ穴に飛び込もうとしてる。しかも、互いがライバルだってことに、まだ気づいてねえ。全く、若いモンは、どうしてこうも命知らずなんだか」

 リナは、心配そうに頷いた。

「二人とも、無茶をしそうです……。『ゴースト・ネビュラ』は、シップワームの巣になっているという話もありますし」

「ああ。おまけに、アークライトの連中も、この儲け話を嗅ぎつけてるって噂だ。あのハイエナどもは、他人が掘った穴から、獲物を横取りするのが得意だからな」

 ゾルタンは、しばらく腕を組んで考え込んだ後、店の奥にある、旧式の、しかし、強力な暗号化機能を持つ通信端末を起動させた。

 宛先は、旧友であり、ギルドの重鎮である、バート。

「よう、バートか。俺だ。…ああ、息災だ。ちと、耳に入れておきたい話があってな。うちのバカな常連と、生意気なガキが、揃いも揃って『ゴースト・ネビュラ』にピクニックに行くそうだ。…そうだ、プラチナのな」

 ゾルタンは、二人がそれぞれ相談に来た装備の名を、正確に伝えた。

「もし、あんたの『ハンマー』が、たまたまその辺りを通りかかるようなことがあれば、あいつらが宇宙の藻屑になる前に、様子を見てやってくれんか。…ああ、もちろん、タダでとは言わん。一番デカい獲物は、あんたが持っていって構わんからよ。俺たち年寄りは、若い連中の後片付けをするのが、仕事みたいなもんだからな」

 通信を切ったゾルタンは、窓の外の、変わらない闇を見つめた。

 その頃、チャックとレックスは、それぞれの愛機で、危険宙域『ゴースト・ネビュラ』へと出発していた。

 彼らはまだ知らない。自分たちの無謀な計画が、既に二人の老獪な男たちの掌の上で、静かに転がされ始めていることを。

 ゴールドラッシュの、熱く、そして危険な幕が上がった。

 『ゴースト・ネビュラ』は、その名の通り、死者のような静寂と、濃い星間ガスに支配された宙域だった。無数のデブリが、予測不可能な軌道で漂い、最新鋭のシップのセンサーすら、ここでは容易く沈黙する。

 チャックは、焦る気持ちを抑え、慎重に『セカンドライフ』を進めていた。

「アイリーン、ゾルタンの爺さんから借りたソナーの感度を最大に。デブリの動きと、金属反応を照合して、異常な密集地帯を探してくれ」

『了解しました、キャプテン。ただし、この宙域の磁気嵐の影響で、ノイズが酷く、正確な分析には時間を要します』

 チャックは、アイリーンの冷静な分析と、新型レーダーが映し出す微細な空間データを頼りに、巨大な岩塊の影を縫うように、辛抱強く進んでいく。それは、まるで嵐の海で、羅針盤だけを頼りに進む、古い船乗りのような航海だった。

 ソナーが時折、巨大な金属反応を捉えるが、そのほとんどは旧大戦時代の戦艦の残骸か、あるいはただの鉄鉱石の塊だった。噂は、やはりただの噂だったのか。諦めにも似た感情が、彼の心を支配し始めていた。

 その時だった。

「キャプテン、前方宙域に、未登録のシップが一隻!高速でこちらに接近中!」

 アイリーンの警告と同時に、コンソールに機影が映し出された。その醜くも力強いシルエットには、見覚えがありすぎる。

「レックスか……!」

 チャックは、思わず操縦桿を握りしめた。やはり、つけ回していたのだ。

『よう、チャック!こんな宇宙のド田舎で会うなんて、奇遇じゃねえか!』

 スピーカーから、レックスの、人を食ったような声が響いた。彼の『ラスカル』は、まるで獲物を見つけたハイエナのように、チャックの船の周りを威嚇するように旋回している。

「奇遇なもんか!俺の獲物を横取りしに来たんだろうが!」

『人聞きの悪いこと言うなよ。俺は俺の地図を頼りに飛んでるだけだ。あんたこそ、俺の縄張りをうろちょろしてんじゃねえぞ』

 レックスの言う「地図」とは、あの航行ログの断片のことだろう。だが、チャックは、彼の言葉の裏に、わずかな焦りを感じ取っていた。不完全なログだけでは、この広大な宙域から、ピンポイントでお宝を見つけ出すのは不可能なのだ。

 それは、チャックも同じだった。高性能なソナーはあっても、広すぎる。闇雲に探していては、燃料が尽きるのが先だ。

 二隻の船は、互いに牽制し合いながら、しばらくの間、無言でデブリ帯を漂った。

 先に沈黙を破ったのは、レックスだった。

「……チッ、面倒くせえ!埒が明かねえな!」

 彼は、吐き捨てるように言った。

「おい、チャック。取引だ。このままじゃ、俺たち二人とも、アークライトか、どっかのハイエナどもに、共倒れにされるのがオチだ。一時休戦と行こうや」

「取引だと?」

「ああ。あんたが持ってるのは、範囲は広いが、場所が特定できねえ『魚群探知機』だ。俺が持ってるのは、場所は分かるが、そこまでの道筋が曖昧な『宝の地図』だ。どっちも、片方だけじゃ意味がねえ。だが、二つ合わせりゃ、話は別だ。そうだろ?」

 レックスの提案は、驚くほど合理的だった。チャックは、一瞬ためらった。この男を信用できるのか?

 だが、選択肢はなかった。

「……分かった。乗ってやる。だが、分け前はどうする?」

『決まってんだろ、山分けだ!文句はねえな?』

「……いいだろう。ただし、裏切るなよ。もし裏切ったら、この宇宙の果てまで追いかけて、お前の船のエンジンをスクラップにしてやる」

『へっ、そりゃこっちのセリフだぜ、お人好し!』

 こうして、宇宙で最も信頼できないであろう、二人の男の、奇妙な共同戦線が張られた。

 二隻の船は、編隊を組んだ。

 まず、チャックの『セカンドライフ』が、広範囲深宇宙ソナーで、巨大な金属反応がある候補宙域を三つに絞り込む。

「アイリーン、分析データをレックスに送れ」

 そのデータを元に、今度はレックスが、自身の持つ航行ログの断片と照合する。

「……違うな、ここでもねえ。……あった!ビンゴだ!最後のログと、あんたのソナーの反応が一致した!この小惑星帯の、中空洞になってるやつだ!行くぜ!」

 チャックが「猟犬」のように獲物の匂いを嗅ぎつけ、レックスが「猟師」のように最後のとどめを刺す。役割分担は、完璧だった。

 こうして、ついに二人はそれを発見した。

 巨大な、中空の小惑星。その内部に、まるで巨大な鯨の墓場のように、数隻の旧式輸送船が、静かに身を寄せ合って沈黙していた。船体には、旧大戦時代の軍のマーキングが、かろうじて残っている。

「……あったぞ、アイリーン!」

『ようし、お宝の時間だ!』

 チャックとレックスは、互いにニヤリと笑うと、それぞれの船を、小惑星の裂け目から、慎重に内部へと滑り込ませた。

 船団の内部は、不気味なほどに静まり返っていた。非常灯だけが、ぼんやりと通路を照らし、壁には、無数の引っ掻き傷のようなものが刻まれている。

「キャプテン、船内の生命反応はありません。ただし、微弱なエネルギー反応を複数検知。おそらく、船の自動防衛システムが、まだ生きているようです」

「気をつけろよ、チャック。こういうお宝には、必ず番人がいるもんだ」

 珍しく、レックスが忠告めいた通信を送ってきた。

 二人は、それぞれの船から降り、武器を片手に、船団の旗艦と思われる、最も大きな輸送船へと侵入した。

 その時だった。

 キー、という、金属を引っ掻くような甲高い音と共に、天井や壁の通気口から、何かが這い出してきた。

 それは、体長2メートルほどの、ミミズとムカデを足して割ったような、金属質の外皮を持つ生物だった。口には、ダイヤモンドのように硬い歯が、びっしりと並んでいる。

「シップワームか!クソッ、こんな所に巣食ってやがったのか!」

 レックスが吐き捨てた。シップワームは、宇宙船の金属を喰らい、そのエネルギーを糧とする、厄介な原生生物だ。

 一体や二体ではない。数十、いや、百を超える群れが、彼らを取り囲んでいた。

 同時に、通路の奥から、ガション、という作動音と共に、旧式の防衛タレットが、赤い照準レーザーを彼らに向けた。

「前門の虎、後門の狼、ってやつか!」

 チャックが悪態をつく。

「うだうだ言ってんじゃねえ!やるしかねえだろ!」

 レックスは、腰に差した大型のプラズマガンを抜き、シップワームの群れに発砲した。数体が、甲高い悲鳴を上げて体液を撒き散らすが、残りの群れは、さらに獰猛に襲いかかってくる。

 チャックも、パルスライフルを構え、防衛タレットに応戦する。

 絶体絶命の状況。

 その中で、二人は、自然と背中合わせになっていた。

「チャック!タレットは俺が引きつける!お前は、あのデカいやつをどうにかしろ!」

「分かった!お前こそ、噛まれるなよ!」

 いがみ合っていたはずの二人が、互いの生存という、ただ一つの目的のために、連携を始めた。

 チャックが、フラッシュグレネードを投げて、シップワームの視覚を奪う。その隙に、レックスが、驚異的な射撃の腕で、タレットのセンサー部分を正確に撃ち抜く。

 チャックの冷静な戦術的判断と、レックスの野生的な戦闘力が、奇妙な、しかし、完璧なハーモニーを奏で始めた。

 それは、長い、長い戦いの始まりだった。

 数時間に及ぶ死闘の末、チャックとレックスは、満身創痍の状態で、ついに船団の旗艦のブリッジに到達した。床には、シップワームの残骸と、破壊されたタレットの部品が散乱している。

「へっ……大した運動になったぜ」

 レックスは、肩で息をしながら、悪態をついた。

「お前が、無闇に突っ込むからだ」

 チャックも、息を切らしながら言い返す。だが、その声には、疲労と共に、奇妙な充実感が滲んでいた。

 ブリッジのメインコンソールは、まだ生きていた。チャックは、元エンジニアの知識を総動員して、旧式のシステムにハッキングを試みる。

「……よし、開くぞ」

 数分後、チャックの操作で、船内で最も防御の固い、中央貨物室のロックが、重々しい音を立てて解除された。

 二人は、互いに視線を交わすと、逸る気持ちを抑えながら、貨物室へと向かった。

 巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。

 その先にあったのは、眩いばかりの光景だった。巨大なコンテナの中に、磨き上げられたプラチナ・インゴットが、山のように積まれていたのだ。

「……すげえ。噂は、本当だったのか」

 レックスが、呆然と呟いた。

「これだけあれば……」

 チャックの脳裏に、両親の笑顔が浮かんだ。

 二人の胸が、希望と興奮で高鳴った、その時だった。

「ご苦労だったな。お前たちのおかげで、手間が省けた」

 冷たく、感情のない声が、背後から響いた。

 振り返ると、そこには、黒いコンバットスーツに身を包んだ、マーセナリー・シンジケート「アークライト」の部隊が、十数名、銃口をこちらに向けて立っていた。

「アークライト……!てめえら、いつの間に!」

 レックスが叫んだ。

「お前が、情報を買った情報屋から、な」

 部隊のリーダーらしき男が、嘲るように言った。「我々は、初めからお前たちをつけていた。この船団の防衛システムと、厄介な虫けらの掃除を、お前たちにやらせるためにな。お宝探しの犬としては、上出来だったぞ」

 罠だったのだ。彼らは、初めから、このゴールドラッシュの全てを、横取りするつもりだった。

「……そういうわけだ。お宝を置いて、とっとと失せな。命までは、取らん」

 万事休す。

 チャックとレックスは、なすすべもなく、武器を降ろそうとした。

 その瞬間、船団全体が、凄まじい衝撃と共に、大きく揺れた。

 ゴオオオォォン!という、腹の底に響くような轟音。

 アークライトの兵士たちが、狼狽したように顔を見合わせる。

『こちら、母船!何者かの攻撃を受けている!繰り返す、外部より、正体不明の――』

 リーダーの通信機から、悲鳴のような声が聞こえた。

 貨物室の、ひしゃげた窓から外を見ると、信じがたい光景が広がっていた。

 アークライトの母船が、その数倍はあろうかという、巨大な、動く砦のような船から、圧倒的な砲撃を受けていたのだ。

 その船体には、見覚えのある、ギルドのマーキングがあった。

「……あの船は」チャックが呟いた。

「『タイタンズ・ハンマー』……!バートの爺さんか!」レックスが叫んだ。

 バートは、ゾルタンからの通信を受け、この宙域を「たまたま」哨戒していたのだ。そして、アークライトの不審な動きを察知し、この絶妙のタイミングで、横槍を入れたのである。

『よう、若造ども!派手にやられてるじゃねえか!加勢が必要か?』

 バートの、余裕綽々の声が、チャックの通信機に響いた。その声には、ゾルタンへの義理と、若い二人へのどこか温かい眼差し、そして、獲物を前にした老獪な狩人の計算が、絶妙に混じり合っていた。

「バートさん!助かります!」

 バートの援護で、チャックとレックスは、反撃のチャンスを得た。

 アークライトの部隊は、内と外からの挟み撃ちに、完全に混乱していた。

「おい、レックス!やるぞ!」

「言われなくてもな!」

 二人は、再び背中合わせになると、アークライトの兵士たちに襲いかかった。

 三人の連携の前に、アークライトは、なすすべもなかった。彼らは、ほうほうの体で、撤退を余儀なくされた。

 しかし、激しい戦闘の余波で、老朽化した輸送船団の反応炉が、臨界点を超えていた。

 船全体が、赤い警告灯を点滅させ、断末魔のようなサイレンを鳴り響かせ始める。

 船団の崩壊が、始まったのだ。

 残された時間は、わずかだった。

 船団の反応炉が発する断末魔のサイレンが、崩壊する船内に木霊する。目の前には、天文学的な価値を持つプラチナの山。しかし、それは死への片道切符にも見えた。

 その光景を前に、チャックの心も一瞬、強欲に揺れた。このプラチナさえあれば、親父の治療費が払える。ローンも返せる。だが、船団がきしむ音と、壁の亀裂が、死へのカウントダウンを告げていた。ここで欲をかいて、レックスと共に鉄屑に変わるのか?そんな死に方をして、天国の、いや地獄の沙汰で、親父に顔向けできるのか?――否。

 チャックは、自分の中の迷いを振り払うように、無我夢中でプラチナをコンテナに詰め込もうとするレックスの胸ぐらを掴み、力いっぱい揺さぶった。

「おい、レックス、目ぇ覚ませ!」

 彼の声は、怒鳴るというより、懇願に近かった。

「こんな鉄クズのために、ここまでかよ!死んでまで掴むお宝に、何の価値があるってんだ!生き延びなきゃ、その借金も返せねえだろうが!」

 その言葉に、レックスは我に返った。

「……チッ、分かったよ」

 彼は、悪態をつきながらも、プラチナから手を離した。

「だがな、チャック!手ぶらで帰るなんて、俺のプライドが許さねえ!」

「分かってる!あそこの小さい保管庫!あれなら一人で運べる!俺がこじ開けるから、お前は船を回してこい!」

「へっ、やっと話が分かってきたじゃねえか!」

 二人は、最後の共同作業に取り掛かった。チャックが、こじ開けた保管庫からインゴットの詰まった袋をいくつか宇宙空間に放り出す。それを、レックスが『ラスカル』のカーゴベイで巧みにキャッチする。

 その間にも、船団の崩壊は進んでいく。天井が崩れ落ち、床が裂ける。

「もう限界だ!脱出するぞ!」

 二人は、それぞれの愛機へと駆け戻ると、崩れゆく幽霊船団から、間一髪で脱出した。

 彼らの背後で、旧大戦の亡霊は、巨大な閃光と共に、永遠の闇へと還っていった。

 静寂が戻った宇宙空間で、ボロボロになった二隻の船は、しばらく無言で漂っていた。

 やがて、チャックの船に、レックスから通信が入る。

『……おい、生きてるか、お人好し』

 その声は、いつものような軽薄さはなく、ひどく疲れていた。

「ああ、なんとか…な。お前こそ、無事か。ハイエナ野郎」

『へっ、誰に言ってやがる。…で、戦果はどうだ?俺は、結構な量をいただいたぜ』

 通信機の向こうで、レックスがわざとらしくプラチナの塊がぶつかる音を立てる。

「こっちも、お前よりは稼がせてもらったさ。これで、当分は枕を高くして眠れる」

 チャックも、負けじと嘘ぶいた。互いに、自分が相手を出し抜いたと思いたかった。命がけの仕事に見合うだけの「何か」が欲しかったのだ。

 通信を切り、一人になったコクピットで、チャックはフライトジャケットのポケットから、数個の小さなプラチナの塊を取り出した。これが、今回の「儲け」の全てだった。

「……まあ、親父の薬代くらいには、なるか」

 彼は、自嘲気味に笑った。その様子を、アイリーンだけが静かに分析していた。

『両者の純利益、想定の15%未満。修理費を考慮すると、実質的な収支はマイナスです。しかし、この共同作業で得られた戦闘データと、相互の信頼関係という無形資産が、彼らにとって今後最も価値のあるものとなる可能性は、否定できません』

 そのログは、誰にも知られることなく、静かに記録された。

 その時、二人の船の横を、悠々と追い越していく巨大な影があった。バートの『タイタンズ・ハンマー』だ。その船体後部には、巨大な牽引アームが伸び、まるで鷹が獲物を掴むように、寸分の狂いもなく、ボロボロだが密閉された輸送船のカーゴコンテナを一つ、丸ごとロックしていた。

『よう、若造ども!ご苦労だったな!お前らが虫けらと遊んでる間に、こっちは本命をいただかせてもらったぜ!ゾルタンの爺さんへの貸しは、これで返させてもらう!ワハハハ!』

 高笑いと共に去っていくバート。彼こそが、このゴールドラッシュの、唯一にして最大の勝者だった。

 ボロボロの船で、互いに修理を手伝いながら、数日かけて、やっとの思いで『タルタロス』に帰還した二人。ドックに船を預けたチャックとレックスは、疲れ果てた体を引きずっていた。

「……一杯、やりてえな」チャックが呟いた。

「ああ。一番安い酒を、な」レックスが応えた。

 二人が、ダイナー『スターゲイザー』のドアを開けると、そこは彼らの想像を絶する光景が広がっていた。店中が、盛大な宴会で沸き返っているのだ。

 中心にいるのは、上機嫌のバートと、彼のクルーたち。そして、その隣のテーブルでは、ゾルタンとリナが、見たこともないような高そうな肉料理を頬張っている。

「おお、来たか、ヒーローども!」

 バートが、二人を手招きする。「お前たちのおかげで、大儲けさせてもらったぜ!今夜は俺の奢りだ、好きなだけ飲んで食え!」

 ゾルタンが、口の周りをソースで汚しながら、ウィンクを飛ばしてきた。どうやら、全ては、この老人の掌の上だったらしい。

 結局、一番の漁夫の利を得たのはバートだった。

 チャックとレックスは、顔を見合わせ、深いため息をつく。仕送りも、借金返済も、また少し遠のいた。

 だが、目の前には、タダで飲めるビールと、美味そうなメシがある。

 そして、隣には、背中を預けられる(かもしれない)悪友がいる。

「……まあ、いっか」

 二人は、同時にそう呟くと、やけくそ気味に宴会の輪に加わっていくのだった。

 星々のブルースは、いつだって、少しだけほろ苦く、そして、ほんの少しだけ温かい味がする。

(了)

なんかうまい感じにいかない・・・

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