無言の決断
深夜1時。再び蒼鷹総合病院に搬送要請が入る。
「40代男性、胸部鈍的外傷、意識レベルJCS200。最寄病院は処置不能との判断で蒼鷹に転送。ヘリ搬送中、バイタル不安定」
MORUのチームは即座に待機体制へ。神崎拓真が資料を見て眉をひそめる。
「またあの病院か……どう考えても初期対応すべき症例だ」
日向佳澄は、遠巻きにそのやり取りを聞いていた。
「それ、どういうことですか?」
「お前がいた病院が、また“手を引いた”ってことだよ」
柊が皮肉混じりに言うと、佳澄は何も言えずに唇を噛んだ。
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患者到着。
胸骨が折れ、肺に損傷。気胸が進行しており、心膜にも出血の兆候。救急外科チームは緊急開胸手術を決断。
「心タンポナーデの疑いあり。葵、鎮静深めて。柊、開胸器準備!」
「開けるぞ、すぐに心膜切開!」
呼吸停止寸前の患者の胸を開いた瞬間、心膜から一気に血が溢れ出る。
「圧迫解除!拍動、戻ってきた!」
緊迫の中、神崎たちは心拍を安定させ、損傷部を縫合し、患者の命をつないだ。
その様子を、モニター越しに日向佳澄は見つめていた。
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処置後、控室に戻った神崎は汗を拭いながら日向に言った。
「どうしてあの病院が処置を諦めたのか、分かるか?」
「…分かりません。でも、たぶん、あのままじゃ救えなかった。人も足りてないし、時間もかかる」
「それでもな、俺たちは“できるかどうか”じゃなくて、“やるしかない”から動いてるんだ。助けるって決めたら、逃げ道はない」
その言葉に、佳澄の表情がわずかに揺れた。
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夜明け前。佳澄は自分の病院の上司にメールを打つ手を止める。
「……まだ、報告はいい。もう少し、ここで見させてください」
彼女はまだ、自分の立ち位置を決められずにいた。
だが確実に、彼女の中で何かが変わり始めていた。