ギリギリの選択
夕方。厚い雲が垂れ込めるなか、MORU車両に緊急出動要請が入った。
「複合商業施設の地下駐車場で爆発事故。数名の巻き込まれた負傷者、重症者あり。火災も発生中!」
神崎拓真は立ち上がり、ヘッドセットを装着する。
「MORU、出動する! 被害規模からして二次災害の可能性もある。現場判断で即応オペ体制を整える!」
すぐに車両が走り出す。車内では、麻酔科の九条葵が酸素供給器材を確認し、外科の柊仁志が防火スーツを装備していた。
「地下火災……酸欠、熱傷、煙吸引。どれが来てもおかしくないな」
「物資、酸素量、手術スペース。全部限られてる。全員助けるには、流れが命だな」
チームに無言の緊張が走る。
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地下駐車場の入口は封鎖され、消防隊が消火活動を行っていた。すでに2名が救出されているが、まだ3人が地下に取り残されているという。
「酸素残量、あと15分。火点は鎮火に向かってるが、奥の2人はトンネル状の構造の先。ストレッチャーは通らない!」
消防隊員が声を張る。
神崎は即座に決断。
「俺と柊で進入、現場でトリアージと初期処置。最悪、その場での切開を視野に。葵、機材と麻酔器を2セット、酸素は最優先で!」
地下に進入した神崎と柊は、瓦礫と煙のなかで負傷者を発見。
一人は腕の骨折と熱傷、もう一人は呼吸困難と胸部打撲。意識はある。
だが、もう一人――10歳前後の少女は、煙を大量に吸い込んでおり、呼吸が止まりかけていた。
「こっちが優先だ!」神崎が叫ぶ。
「気道熱傷の可能性あり。吸引と気管挿管が必要だ!」
葵が担架を引き入れながら滑り込んできた。
「酸素、あと8分!」
カウントダウンが始まる。
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神崎は少女の喉元に手を添え、すぐに挿管に移る。
「気道内が腫れてる……葵、バギング、頼む!」
柊は骨折の男性に外固定を施し、救出準備を進める。
「よし、運べる。…だが、全員を今すぐには動かせない。あと5分!」
神崎は叫ぶように言った。
「分割搬送!先に少女と呼吸困難の男性を葵と俺で搬送、柊は一度残れ。戻ったらすぐピックアップに行く!」
一瞬の沈黙。しかし柊は頷いた。
「了解。俺は絶対に殺さない。戻って来いよ、必ずだ」
神崎と葵は少女と男性を運び、煙の中を駆け抜けた。
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酸素が尽きる直前、全員が地上に戻る。
神崎が肩で息をしながら確認した。
「心拍、戻ってる。意識もある。…生きてる」
救出された少女が小さく目を開ける。
「おじちゃん…ありがとう……」
神崎は微笑みながら答えた。
「助けるのは、当然だろ?」
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その夜、控室でチームは一息ついていた。
柊が言った。
「…あんな狭い中で、あの判断は普通できない。お前は本当にバカだな」
神崎は缶コーヒーを開けて笑った。
「バカでいいよ。全員、生きてる。誰一人、置いてこなかった」
九条葵がつぶやく。
「“誰も死なせない”って、本気で思ってる人が現場に立ってる。…それだけで、こっちも動けるんです」
静かな夜だったが、彼らの胸には確かな誇りが灯っていた。