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救えた命、救えなかった言葉

観光バス横転事故から数日後。

蒼鷹総合病院のICUでは、骨盤骨折で緊急手術を受けた女性患者・川原美紗かわはら みさが意識を取り戻しつつあった。


神崎は毎朝のように彼女の病室を訪れ、回復の様子を確認していた。

それを見ていた九条葵が、神崎に声をかける。


「よく通ってますよね。あの患者さん、特別ですか?」


神崎は少し考え、首を振る。


「現場で、俺が判断したんだ。彼女を優先して助けるって。…もう一人は、あの後ギリギリで助かったが、歩けなくなるかもしれない。だから余計に…気になる」


葵は、言葉を飲み込んだ。


「助けたあとに、自分の判断を正当化しようとするの、ずるいかもしれない。でも……」


「でも、それでも気になるんだよな」


神崎は微笑んだ。

そこへ病室から、美紗の母親が出てきた。険しい顔をしていた。



「先生…娘は、歩けるようになるんですか?」


「今はまだ確かなことは言えません。ただ、希望はあります。リハビリを継続すれば――」


「希望とかじゃなくて、ちゃんと“治る”って言ってください。だって、あの子は就職活動中だったんですよ。将来があるんです!」


母親の語気が強くなる。

後ろから聞こえた患者本人の弱い声。


「お母さん、先生を責めないで…私、助けてもらったのに…」


「黙ってなさい! これからの人生、どうすんの!」


その場の空気が凍る。

神崎は、黙って深く頭を下げた。



その日の夜、MORUの控室で神崎は1人、症例メモを見つめていた。

そこへ、柊仁志がやってくる。


「…あの娘さん、命は助かっても、家庭の中では“責められる存在”になってる。あれも、現場の一部なんだな」


「“助ける”だけじゃダメなんだな。…どこまでが医者の役目なんだろうな、柊」


柊は珍しく、神崎の隣に腰を下ろした。


「その問い、俺もよく考えるよ。でも……たとえ答えが出なくても、俺は手を止めない。それが、自分にできる唯一のことだから」


神崎は無言で頷いた。



数日後、美紗の容態は安定し、神崎の提案で心理士のカウンセリングが始まった。

同時に、患者家族向けの支援プログラムの一環として、医師と家族の対話の場が設けられることになった。


病院のスタッフルームで、葵が言った。


「手術よりも、あとが難しいですね」


「命はつないだ。でも、人生までは救えない。…だから、俺たちはせめて、“一人にしない”ことだけは守ろう」


神崎の言葉に、チーム全員が頷いた。



その夜、川原美紗が神崎に手紙を託した。


《先生へ。命を助けてくれて、ありがとうございました。

たとえこれからの道が険しくても、私は自分の命を信じて生きます。》


神崎はその手紙をポケットにしまい、空を見上げた。

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