選ばれる命、選ぶ覚悟
午後3時、病院の待機エリアに響いた非常ベル。
「県道沿いで観光バスの横転事故!乗客30名以上。多数の重傷者あり!」
指令室の声が緊張を走らせる。
神崎拓真はすぐに立ち上がり、無線を握った。
「MORU、出動する!現場状況は逐次報告を!搬送困難者の即時オペを想定!」
チームはすぐに車両へ向かい、車内で情報を整理しながら現場へ急行した。
柊仁志は静かにモニターに映る地図を見つめ、つぶやいた。
「横転バスの重量と傾きから考えて…下敷きになってる可能性があるな」
「そして搬出まで時間がかかる。圧迫による循環障害が出てる可能性が高い」
神崎が続ける。
九条葵は手術器具の準備をしながら、表情を引き締めた。
「現場でのクラッシュ症候群…。腎不全もありえる。透析機材までは持ってこれないけど…」
「最悪の状況を想定して動こう」
神崎の声が全員の士気を整えた。
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現場は惨状だった。観光バスは斜面に横倒しになり、車体の下から2名の下肢が覗いている。
周囲では消防と救助隊が動き回り、叫び声とサイレンが交錯していた。
救助隊員が駆け寄る。
「下に2人。片方は圧迫で下半身が完全に潰れてる。もう片方も骨盤骨折の可能性あり。出せるのは片方ずつだ」
神崎は一瞬だけ沈黙した。
「どちらを先に処置するか」――命の優先順位が問われる瞬間だ。
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神崎はすぐに判断した。
「先に出すのは…骨盤骨折のほうだ。圧迫されてるほうは、出した瞬間に循環が崩れる。準備してから迎えに行く」
柊が小さく頷いた。「その判断、俺も支持する」
チームはすぐに手術準備を進め、骨盤骨折の女性を搬出。
神崎と柊が同時に止血と安定化処置を進める。
「腹腔内出血もあるかもしれない。オープンで行くぞ」
開腹手術が始まり、葵が出血量と麻酔量を細かく調整する。
神崎がメスを入れ、柊が吸引を追う。内出血の箇所を縫合し、時間との戦いの中で命をつないでいく。
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手術を終えたと同時に、救助隊からの声。
「もう一人、引き上げます!」
下半身を潰された男性がようやく搬送され、担架に乗せられる。
だがその顔は蒼白で、脈拍は微細、血圧はほぼ測定不能。
葵が確認し、小さく首を振った。「…除圧性ショック。循環崩壊が始まってる」
柊が動く。「今すぐ輸液を開始、血管を確保!」
神崎は即座に決断した。
「開胸!間に合うかはわからないが、できる限りやる!」
それは“見捨てない”という、神崎の哲学そのものだった。
肺の虚脱、心嚢内出血。神崎は手を止めず、柊と共に心膜を切開。
心臓に直接、刺激を与える。
数秒の静寂。
…モニターに波形が戻る。
葵が涙をこらえながら告げた。
「…戻ってます。心拍、回復」
誰もが、その瞬間を忘れなかった。
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後日、病院の屋上で夕焼けを見つめながら、神崎は小さくつぶやいた。
「選ばれる命じゃない。俺たちが選ぶんだ。助ける命を」
柊が横に立ち、答えた。
「…あのときの判断、見事だった。俺なら、迷っていた」
「迷ってたら…誰も救えない」
神崎は目を閉じ、少しだけ笑った。