二つの正義
朝。蒼鷹総合病院の会議室に、一本の通達が届いた。
「日向佳澄医師に対し、即時帰任の指示。貴院への出向は本日限りとする」
文面に目を通した神崎が、静かに言った。
「……来たか」
日向は表情を変えず、それを受け取った。
「想定の範囲内です。でも、行く前にもう一つ、現場を見せてください」
「いいのか? 戻ったら、もうこっちには戻れない可能性がある」
「それでも、ここで学んだ“何か”を確かめたいんです」
神崎は少しだけ笑った。
「じゃあ、最後の現場になるかもな」
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その日の午後、MORUに緊急出動が入る。
小規模な爆発事故。複数名が負傷。消防はすでに制圧したが、被害者の一部は瓦礫の下。迅速な処置が求められていた。
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現場に到着すると、瓦礫の奥に女性が取り残されていた。骨盤骨折の疑い、外傷性ショックの初期段階。
「出血が多すぎる。ここで止めないと無理だ」
「骨盤外固定を。血管塞栓はできないので内臓処置も必要かもしれません」
神崎と佳澄は無言で目を合わせ、次の瞬間には準備を開始していた。
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簡易手術スペースの中。佳澄は冷静に麻酔導入を行い、神崎が出血箇所を探る。
「脾臓破裂の可能性あり。緊急で切除に踏み切るぞ」
「脈圧狭いです、MAPは58、輸血開始します」
九条がモニターを見ながら支え、柊が器具を手渡す。
処置はギリギリのラインで続き、15分後、血圧が回復し始めた。
「佳澄、ナイスだ。あの判断、1秒遅れてたら助からなかった」
佳澄は小さくうなずいた。
「……ありがとうございます」
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病院に戻ったあと。ロッカーで荷物をまとめながら、佳澄は静かに言った。
「わたしは、ここのやり方が正しいとも、前の病院が間違ってるとも言えません。ただ…患者に向き合う姿勢だけは、ここでしか学べなかった」
神崎は頷いた。
「どこに行こうと、お前が“命と向き合う”ことを忘れなきゃ、それで十分だ」
佳澄は、荷物を背負い、振り返らずに歩き出した。
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だが、数日後。
蒼鷹総合病院の会議室に、日向佳澄が戻ってきた。
「――元の病院を辞めてきました。正式にこちらで働かせてください」
静まり返る室内。神崎は一言だけ返した。
「ようこそ、“本気の現場”へ」




