女子トーク
森の東側の一角、湖の上に二人の女子生徒の姿がある。一人はクラーラー・キーン、青く美しいドレスに装甲を追加し、手には身の丈ほどもある大きな杖を持っている。氷結の魔法で湖の上に大きな椅子を作り、長い髪をなびかせて座る姿は美しい女王のように見える。
もう一人はギラ・プレトラ、大きく筋肉質な体によく似合う黒いスパッツに白いスポーツブラ、紐で何重にも縛られたブーツを履き、拳の部分が金属で強化された手袋を付けている。そして燃えるような赤髪のショートヘアーからは二本の角が突き出し、腕には盾のマークの腕章が巻き付けられている。岩石魔法でクラーラの横に足場を築き、クラーラを守るように立っていた。
「ねえねえクラーラ、好きな男子って居るの?」
ギラは何となくと言った表情でクラーラに質問を投げかける。
「なっ、何よいきなり、そんな男子いるわけ無いわ」
クラーラはクールな表情を赤く染めながらギラに答える。
「ええ~っ、もったいないよクラーラ、こんなに綺麗なのに、みんな夢中に出来ると思うよ。私なんて怖がられちゃうし、この前なんか男子に声をかけられて嬉しかったんだけど、ものすごく馴れ馴れしく触ってくるから止めてくださいってったの。そしたら物凄く謝られちゃって……わたしってやっぱり男に見える?」
「そんな男子なんて引っぱたいてやればいいのよ。最近の男子なんて皆弱い奴ばかりなんだから、力でねじ伏せくるらいでちょうど良いのよ」
どうも学園の男子にはあまり興味は無いらしい。
「そんなことしたら死んじゃうよ、でも私は弱くてもいいな、守ってあげたいって思うかも。ねぇ、クラーラってどんなタイプが好みなの、学園だと誰?」
ぐいぐいとクラーラに入り込んでいき、世話を焼こうと画策しているように感じる。
「学園だとやっぱり校長先生ね。あの姿がずっと続けばいいのに残念だわ、はぁ……」
校長先生が好みだと白状しながらも、自分には関係ないと言う気持ちでため息を吐いている。
「面食いだぁ~、でも私ね、上級生に聞いたんだけど、校長先生って秋には実を付けるらしいよ。それをもらって種を植えたら春には生えてくるんだって。ここだけの話なんだけど、校長先生を栽培している女子って割と多いらしいよ」
まるで違法植物のような扱われ方だった。
「そっ、それって校長先生にお願いすると貰えるの?」
冷静を保ちつつも、クラーラはしっかりと食いついてきた。
「貰えるけど、数が少ないから早い者勝ちなんだって。ねぇ、わたしが頼んであげようか?」
満足そうな笑顔でギラはクラーラを見つめる。
「えっと、か、数に制限はあるのかしら?」
目を閉じ冷静な表情を維持しているが、杖を持つ手に力が入り、もう一方の手はアゴに添えられてソワソワと動いている。
「聞いたこと無いな、あっ、でもね、リル・リル先生が沢山栽培して試してみたけど、発芽するのは栽培する人の魔力量によるらしくて、リル・リル先生は全然発芽しなくて落ち込んでたらしいよ」
「へぇ……」
指の動きは止まり、瞳は何も無い空間を見つめている。心ここにあらずといった所だ。
「クラーラならちやんと発芽するよ、何個欲しい?」
「……」
もはやギラの声は届いては居ない様子。
「クラーラ? 聞こえてる?」
「私なら、凍らせて、保存ができる……、そしたら、たくさん集めて……」
何か独り言をつぶやき始めるクラーラ、彼女の頭の中に妄想が構築され始める。
そしてクラーラの妄想の世界が膨らんでいく。たくさんの花に囲まれた空間に大勢の校長先生が氷で保管されている。クラーラが近づき氷に触れると次々に氷が溶けて校長先生たちがクラーラを取り囲む。次々と甘い言葉を囁き、花々を差し出してくる。そして女王様は木と氷で作られた城に永劫の王国を築く。そこは若く美しい校長先生達との限りないハーレムの世界。
「クラーラ、ヨダレがたれてるよ」
「はっ! じゅるっ、なっ、なんでもないわ、けっ、警戒しましょう、この鉄壁の守りへの挑戦者が来ているみたいよ」
妄想をごまかすのに丁度よいタイミングで仲斗とコイムのペアが現れる。クラーラは彼らを指差す。少し唾で濡れた指をドレスの裾で拭きながら。
「あっ、ほんとだ、おお~い、こっちだよーっ! だんだん来る人が少なくなって暇をしてたんだよ、来てくれて嬉しいな」
ギラは手を降って歓迎をする。今までの戦いが一方的だったせいなのか、余裕の表情を見せていた。
俺とコイムは湖に陣を構える女子二人を発見する。クラーラー・キーンとギラ・プレトラのペアだ。ここに来るまでの戦闘の多くも、なんとか勝ち抜いてきた。上級生の暗黒魔法とぶつかることも有ったが、強化された暗黒魔法は強く、力で無理やり勝利を奪うことができた。しかし一番の勝因は、コイムの機転と実験で発見された新技だった。
暗黒壁をカプセル状に展開し、その中に雷鳴魔法を封じ込めるのだ。本来は魔法に吸収されて消えるはずの雷鳴を閉じ込められるのは、コイムの作り出す雷鳴に何かの特別な要素が混ざっている可能性が考えられる。これを小さく圧縮し開放することで雷鳴爆弾が完成する。この爆弾をいろいろな方法で使ってきた。地雷のように設置して放電、暗黒魔法のふりをして放電、コイムがローブに隠し持って近づき放電、葉っぱで包んで相手に受け取らせて放電、視界の外から落として放電、足で蹴り飛ばして放電、転がして放電。そんなことを繰り返しているうちにここまで辿り着いたのだった。
「やぁ、よろしく頼むよ、ところでクラーラの氷は時間を止められるんでしょ? それって時空魔法に近いように思えるんだけど、どうしてそんな力があるの?」
俺は以前から気になっていた質問を投げかけた。するとクラーラは顔を真赤にして怒り出し、いきなり氷の礫を飛ばしてきた。
「そっ、そんなことっ、あなたに関係ないでしょう!」
そう言ってクラーラは大量の氷の欠片を浴びせてくる。一つ一つは小さいが、飛んでくるスピードが早く数も圧倒的に多い。俺は暗黒壁を展開し防戦一方となってしまう。
「コイムっ、俺何かまずいこと聞いたのかなっ」
「スキルと属性は関係ないよっ! スキルはどっちかって言うと願望から来るんだよ、仲斗だってスキルを持ってるんだから何か思い当たることは無いのっ?」
「わかんないよっ! そういえば俺の父ちゃんも女心はわかんねぇって言ってた」
そんなことを話していると、氷の攻撃が止んだ。おれとコイムは暗黒壁から顔を出し、二人の様子を確認すると、クラーラは巨大な氷を作り出している所だった。氷はゆっくりと成長して大きくなっているが、その氷を何故かギラがパンチで攻撃している。それを見たコイムは慌てた表情で俺に声をかけてきた。
「あのコンビネーションはシャレにならないよ。僕達の雷鳴爆弾よりもヤバい! 二手に分かれるから仲斗は防御に集中して!」
そう言ってコイムは俺から離れ、湖の中へと飛び込んでしまった。その後にギラは大きくなった氷を軽々と持ち上げ、こちらに向かって投げつけてきた。俺は前方に魔力を集中し、小さく分厚い暗黒壁を展開すると身を縮めて衝撃に備えた。
飛来する巨大な氷の塊が暗黒壁にぶつかる瞬間、クラーラは氷の塊を人差し指で差しながら中指と親指を使って指をパチンと鳴らす。次の瞬間氷が弾け、爆音とともに地面がえぐられ巨大な穴が空く。そして俺の展開した暗黒壁は跡形もなく消滅してしまった。足元にえぐり取られた穴が爆発の凄まじさを物語る。呆然と立ち尽くす俺を見てクラーラはようやく冷静さを取り戻した様子だった。恐ろしい、恐ろしすぎる。たった一言がこれほどの結果となることに戦慄を覚える。もしここにコイムが居たら、とても守りきれない。本当にこの二人に勝てるのかと思ってしまう。
湖にそびえる岩と氷の城、そこに佇む二人の影が恐怖を支配する女王とそれを守る騎士のように見えたのだった。
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