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魔法バトルロワイヤル

「最後まで勝ち残ろうぜ、コイム」

 森へ向かう道すがら、俺は隣を歩くコイムに声をかけた。

 周囲では、魔法バトルロワイヤルに向けて、生徒たちは皆準備に追われている。

 装備を確認する者、作戦を練る者、他ペアとの共闘を目論む者、学園全体が祭りのような熱気に包まれていた。


 俺はコイムを前に、受け取った腕章を確認する。

 黒い生地に青い魔法陣が描かれ、その上には試合当日に決定された図形が浮かび上がる。これでチームの違いを認識できるらしいのだが。

 俺の腕章にはピンクのハートマークが浮いている。ちょっと取り付けるのが恥ずかしいが、コイムは大喜びではしゃいでいる。俺はさっさと身につけて森の中へと向かった。


「お前のくれた魔道具の威力も確かめないとな」

「ああ仲斗、僕もバッチリさ」

 コイムは裾の長い純白のローブを身にまとい、真剣な表情で言葉を続けた。

「戦闘用の装備もあるしね。試すのが楽しみだ」

「それに僕と仲斗は魔道具で属性が変化している」


 コイムは得意げな顔で微笑む。


「この事は知られない方が有利に戦える。そして僕は体を隠している。これで腕章も見えないから、戦術の幅も広がる」

「僕は仲斗を勝利に導くよ。魔道具の効果も確かめたいんだ。これは僕の夢なのさ」


「コイムは凄いな」

「俺はそこまで考えてなかったよ」

 奇襲攻撃で腕章を直接狙ってくることもあるだろう。というか、その戦術が一番有利かもしれない。

「俺は暗黒の闇で腕章を隠した方がいいのかな」

「それも一つの方法だけど、逆に気にしすぎて足元をすくわれる可能性もある」

 コイムが俺の肩に手を置く。

「仲斗にはちゃんと見せておかないとね。パートナーには情報を共有しておかないと」

 コイムは周囲に人影がないことを確認する。そしてローブを広げて中を見せた。


 そこに現れた姿に俺は絶句した。

 ミニスカートにロングブーツ。肘まで届く長い手袋。胸にはビキニのようなアーマーを付けている。全体的に緑の衣装で、金の装飾が施されていた。美しさと神々しさを纏っている。

 金属製のアーマーは胸の膨らみも再現されていて、ピンクのハート腕章は腕ではなく太ももに巻きつけられていた。

 コイムは得意そうに微笑むと、軽やかに飛び跳ねた。スカートが踊り、例の魔道具が見え隠れする。まったくもって、けしからん格好だった。


 俺が赤面していると、さらにコイムは言葉を続ける。


「僕のこの魔道具はね、属性波動を変化させるんだ」

 うっとりとした表情で説明する。

「だから今の僕の属性は雷だよ。時空属性に戻したい時は言ってね。脱いだら元に戻るからさ」

 コイムはローブを閉じて体を隠す。そしていたずらっぽい笑顔で舌を出した。どう見ても予備の下着は持ってなさそうだ。属性を元に戻す選択肢は絶たれてしまった。


「エルフが戦闘する時はみんなその装備なのか?」


「これはエルフの伝統的な戦闘装備なんだけど、下だけは部屋に置いてきてるから少し違うかな」

 下もちゃんと装備するべきと言いたい所だが。エルフの事だ、無駄にセクシーな装備に違いない。結果見た目は変わらない気がしたので、黙っておくことにした。


 ◆◆◆


 そのまましばらく森の中を探索する。森そのものは広大と言うほどではない。1時間も歩けば抜けられる程度の大きさだが、それでも深い森林が視界を塞ぎ、あらゆる場所に死角が存在する。俺達は西へと歩みを進め、潜伏に適した場所を探しながら歩く。


 すると崖の比較的低い場所に隙間を見つけた。ちょうど二人分のスペースがある。背後を取られる心配もなく前方を警戒できる絶好の場所だった。


「よし、ここに隠れて様子を見よう」

 俺たちは念の為に暗黒霧を張り、その中に身を潜めた。

 しばらくして開始時刻になると空に竜の姿が現れる。あれはパフ先生だ。森に竜の咆哮がこだまする。それと同時に、頭の中に直接声が響いた。


『今より魔法バトルロワイヤルを開始せよ。諸君の健闘を期待する』

 いよいよ始まった。


 全校生の乱戦を見守るのは森の目を持つ校長先生。そして上空のパフ先生。この授業は戦闘経験を積み成長を促すことが目的だ。でも気を抜くことは出来ない。身代わりの腕輪があるとはいえ、大怪我はするのだ。


 俺は緊張と共に周囲を見渡し警戒する。コイムは目を閉じて耳をすましていた。

 始めは動きもなく静寂そのものだった。しかししだいに戦闘音が聞こえるようになる。そしてその音は時と共に激しくなっていった。


「ここに居ても始まらないな。俺たちも打って出よう」

 魔法を解除し音のする方向へと進む。しかし何故か他の生徒と遭遇しない。焦りを感じていると頭の中にパフ先生の声が聞こえてきた。


『森の西側、崖の近くの生徒は殆ど居なくなった。非常に大きな戦果を出している者が居る。注意せよ』

 遠くの方で轟音と共に火柱が立ち上がっている。そして数多くの悲鳴を響かせながら移動し、次第に近づいてくる。


 何かが来る。いや、炎を操る誰かが来る。

 警戒と共に待ち構える。すると火柱は少し離れた場所で静止して消えた。俺とコイムは慎重にその場所へと移動する。


 少し開けた見通しのよい広場に二人の人影がいた。

 大柄な竜族の男性と小柄な妖精族の女性。ドラゴ・バルスラ、キャル・ウィンディのペアだった。

 二人は広場の真ん中で周囲を警戒しつつ背中合わせで立っている。森から広場へと姿を現した俺たちに気づくと、ドラゴは笑顔で挨拶をしてきた。


「よお! そっちはどうだい?」

 爽やかな笑顔を向けてくる。しかし油断はしていない様子だ。

「こっちは今弾切れでリロード中だ。ちょっとだけ待ってくれって言っても無理だよな」

 ドラゴは背後にいるキャルを気遣っている様子で話しかけてきた。

 弾切れとは、魔力のことか? 最初から飛ばしすぎて回復を待っているなら、今がチャンスと言える。だがおかしい。何故わざわざそんな事をバラす必要がある。慌てるな、ここは観察だ。


「ヤホーイ、このあたりは殲滅しちゃったよ。どう、凄いでしょう」

 振り向いたキャルは笑顔で手を振っているが、顔には疲労の気配が滲み出ている。

 彼女の能力は風魔法と虫使いだ。でも周囲に虫の姿はない。恐らく弾切れとは戦闘で虫を使い果たしたのだろう。そして再度虫が集まるのを待っているということか。


「最初に会ったのが君たちだよ」

 俺は感心して驚いた顔をする。何か情報を引き出そうと試みた。

「パフ先生もほとんど居なくなったって言ってたし、この短時間でいったい何組のペアを相手にしたんだ? まったく恐ろしいほどの力だね」


「いやあ~全く同感だ」

 ドラゴが満面の笑顔を浮かべる。


「キャルの能力は本当に恐ろしいぜ。俺なんか見た目が派手なだけだ。まぁ、お陰で相手が次々やって来るのは良かったがな」


 俺が話している間、コイムは周囲を警戒している。俺はコイムに目配せし、前日に決めた作戦の実行を伝える。

 コイムも頷きそれに答えた。よし、やってやる。


「そろそろ始めようか、キャルのリロードを待つつもりはないよ」

 俺は周囲に暗黒霧を展開する。霧を煙幕にして撹乱し、コイムの雷で腕章を破壊する作戦だ。

 

「そうか、待たせちまって悪いな。俺も早く終わらせたいから、手加減無しでいくぜ!」


 ドラゴの体から炎がほとばしり始める。強烈な熱気と風が周囲を包んだ。俺とコイムは堪らず距離を取る。でもドラゴだけでなくキャルも平気な様子で微笑みを浮かべている。


「なるほどドラゴ、君の能力は相手に炎の属性を付与するんだったね」

 コイムが分析する。


「だからキャルが燃えても平気というわけか。思った以上に厄介な能力だ。正直うらやましいよ」


「ははっ、ありがとうよ、でも心配しなくてもいいぜ」

 ドラゴが豪快に笑う。

「燃やす物はちゃんと選ぶさ。お前たちにも炎属性は付与するから安心しろ。ただし腕章は別だ。悪いが燃やす」


「キャル、風魔法を頼むぜ!」


「おまかせえ~」

 キャルが軽やかに答える。

「さあ、避けられるかなあ~。えいっ」

 飛び上がったキャルは軽く手刀で空中を切る。そこから鋭い空気の固まりが鎌のように飛び出した。

 鎌は暗黒霧を散らしつつ、ドラゴのスキルで炎の鎌へと変化する。


 俺は高速で飛来してくる炎の鎌を何とか躱す。そして走りながら暗黒霧の煙幕を展開した。狙いの撹乱を試みる。

 コイムは俺の後に続き、反撃のチャンスを狙っている。

 次々と繰り出される炎の鎌はコイムには打ち込まれない。俺のみが集中攻撃を受けている。

 俺だけが腕章を隠さずに見せているわけだから当然だ。

 それとは別にドラゴは炎を出しながらもコイムの動向に注意を払っている。コイムが何かを仕掛けてきた場合に対応するつもりだ。


「なるほど、やるじゃない」

 キャルが感心したような声を出す。

「当てにくくて邪魔な煙幕だわ。仕方がないわね」

 キャルは鎌の攻撃を中止すると、手のひらを口の前で水平に広げた。そして軽く息を吹きかける。その息は手の上でいきなり暴風へと変化し、煙幕を吹き飛ばしてしまった。


 俺はあまりの威力に呆気にとられていると、今度はドラゴの炎が加えられた火炎放射が迫ってきた。避けて逃げるには範囲が広すぎる。


 俺はとっさに魔法で暗黒壁を盾のように展開する。

 火炎放射が壁を焼くと同時に強烈な熱風が俺に襲いかかる。

 しかし、意外にも耐えられる。これは……盾の強度が増している。


 目線の先、少し離れた所に笑顔で頷くコイムの姿が見える。そうだ、コイムの魔道具で暗黒魔法が強化されている。

 俺はコイムに笑顔を返す。そして壁を展開したままキャルに向かって突進してゆく。


「えっ? なんで平気で向かって来られるの? どういうこと?」

 キャルの戸惑う声が聞こえてくる。


「ほお、火炎放射を防ぐほどの壁か」

 ドラゴが感心したような声を出す。

「こりゃマズイな。仕方がない。キャル、攻撃中止してくれ」

 ドラゴはキャルを守るように俺との間に割り込んだ。ようやく火炎放射が止まる。


 俺はそのまま突進するも、ドラゴに受け止められ、そのまま弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐう! なんて力だ」

 そのまま地面に叩きつけられた俺の元にコイムが駆け寄ってくる。


「仲斗、大丈夫? 君が頑張ってくれたおかげで僕の準備も整った。さあ、反撃しよう」

「ああ、驚かしてやろうぜ」

 コイムの手を取り立ち上がる。そしてキャルとドラゴに向き直る。

 するとキャルは余裕の表情で笑みを浮かべ、ドラゴは俺に視線を向けていた。


 ドラゴの目が赤く輝く。次の瞬間、俺の体は炎に包まれた。しかし熱さは全く感じられない。

 そしてドラゴの視線が腕章へと向けられる。まずい! 属性解除で燃やされる。

 腕章を隠そうと動くと。次の瞬間、コイムが指を振り下ろし、一筋の稲妻がドラゴの頭上に落下した。

 気を失って倒れるドラゴ。周囲の炎は全て消えうせ、キャルは困惑の表情でドラゴを見つめている。


 ◆◆◆


「はい、まず一人」

 コイムが何だか怖い笑顔でキャルに近づいてゆく。

「面白い能力だね。見た物の属性を操れるんだ。僕も欲しいな」

「所でどうする? 降参する? それとも切り札を出す?」


 するとキャルはコイムに向けて言葉を発した。


「もしかしてあなたがやったの? 属性って雷だった?」

 驚いた顔をするキャル。しかしその顔はすぐに笑みへと切り替わる。

「まあいいわ。お望み通り切り札が到着したわよ。まだまだこれからよ。楽しんでいってね」

 すると周囲から一斉に騒音が鳴り響く。更に風に乗って耐え難い悪臭が漂ってきた。


「な、なんだこの匂い」

「これって……まさか」

 ものすごく嫌な予感とともに、森の中から大量の虫たちが姿を現した。

 ずんぐりと丸い胴体の黒い虫が、体の倍ほども有る球体を転がしている。虫そのものは小さいのだが、転がしている球体の正体は汚物そのものだった。

 大量の球体が近づくと、さらなる悪臭が漂い、肺の中へと流れ込んでくる。ある意味で最も恐ろしい虫だった。


 俺とコイムは鼻をつまんで脂汗を流す。恐怖に引きつった顔でキャルを見た。するとキャルはドラゴと自身を風に乗せ、空中へと退避してゆく。


「最初に奇襲で雷を撃つべきだったかも……」

 涙目になったコイムは鼻をつまみ、こもった声で俺に訴えかけてくる。


「弾切れってこういう意味だったのかよっ」

 俺も鼻をつまんで答える。

「無双してるのも納得するよ。怖すぎるだろっ」

 これどうやって切り抜けるんだよと思いながら、俺は呼吸を出来るだけ少なくしようと努力し始める。


「はあ~い、フンコロガシのみんなあ」

「それじゃあ、一斉にい、発射っ! パチン!」

 キャルが拍手するように手を合わせて音を出すと、投げ出された汚物が一斉に向かって来た。

 俺は苦し紛れに暗黒壁を展開し、周囲をドームで囲もうとする。しかしドームの展開が思うように進まない。よく見ると汚物の進行も遅い。時間の流れそのものが遅くなっていた。

 コイムを見ると、俺をローブの中に入れて時空魔法を展開している。そしてそのまま手を引かれ、森の中へと逃げる。のだが、もう一方の手は魔道具を持っている。案の定、眼の前では滑らかな肌のお尻が揺れていた。断じて見とれてなどいない。


 ◆◆◆


 森に到着し、姿を隠すとコイムは大きく呼吸をした。時空魔法を解除する。それと同時に、元いた場所には暗黒壁のドームが作られ、大量の汚物が被せられた。


「はあはあ……ありがとうコイム」

 息を切らしながら俺は礼を言った。

「おかげで助かったよ。それにしても凄いな、時間まで操れるんだ」

「はあはあ……仲斗、あれは、本当は二人の転送をしようとしたけど……」

 コイムも荒い息を整えながら分析している。

「無理だったから時間を遅くしたんだ。今までは失敗してたけど……そうか、息を止めたから出来たんだ」

「転送じゃなくて、瞬間移動だなコイム」

「確かにね。時間もゆっくり動いていたしね」

「ところでさコイム、そろそろ魔道具付けてくれないかな」

「仲斗、そんな赤い顔してどうしたの」

「やめろよコイム、誤解されるだろ」

「はぁ、じゃあ、穿くよ……」

 コイムは木陰に隠れ、ローブの下で何やら動いている。魔力属性の反転は反作用が強いのか、コイムの吐息が漏れた。恍惚とした表情で空を見上げる姿に、俺は思わず目を逸らす。そしてコイムの見つめる先には、キャルとドラゴの姿があった。


 キャルは汚物の山から少し離れた場所に着陸し、俺たちが居ると思っている場所に向かって声を上げている。


「そろそろ降参しなさいよ」

 キャルの声が響く。

「腕章を外せば校長先生が転送してくれるからウンコ被らなくてすむわよお~。ねえ、聞こえてるう~?」

 キャルが話している間にドラゴが目を覚ました。頭を振りながら起き上がる。


「あいててっ……強烈なの食らっちまった」

 両手で頭をかかえながらキャルに話しかける。

「コイムって時空属性じゃなかったか?」

「そんなのもうどうでもいいわ」

 キャルがイライラした様子で答える。

「それよりもまだ意地張ってるわよ。このまま蒸し焼きにしてみる?」

「おいおい、もう時間の問題だろ?」

 ドラゴが苦笑いを浮かべる。

「それよりも虫がまだ居るじゃねえか。早く引っ込めてくれよ」

 ドラゴは不機嫌そうに追い払う仕草をする。

 

「まだよ、ここに積み上がってるので次のリロードしなくちゃ」

「ちょっと待ってくれ、こっちには近づけないでくれよ」

 ドラゴは明らかに嫌そうにしている。

 

「分かったわよ」

「全く、相性がいいんだか悪いんだか……」

 キャルが諦めたような口調で答える。

 キャルが虫を追い払うように手を降る。フンコロガシたちは一斉に移動し、森へと帰ってゆく。


 コイムはしばらくエルフ耳で何やら聞いていた様子だったが、近くに居た一匹の虫を捕まえ話しかけてきた。


「ねえ仲斗、君の展開した暗黒壁って操作できるよね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべている。

「暗黒壁を小さく圧縮してくれないかな」

「そして僕が合図したら解除してくれる?」

「それは出来るけど、どうするつもり?」

「ちょっとした実験さ」

 コイムはそう言うと、森の中を見つからないようにコソコソと隠れながら移動を始めた。


 コイムの奴め、そっくりそのままやり返すつもりか。ドラゴ、キャル、悪いな。汚れた腕章はもう付けられないかもな。悪く思うなよ。

 そして俺は暗黒壁を一気に絞り込む。すると汚物の山は沈み込んで低くなった。

 これで俺達二人は転送されて居なくなったように見えるはず。あとはコイムだ、いったい何をするつもりだ?


「ふう、ようやく降参したみたいね、消えて居なくなったわ」

「それじゃあ次に行きましょう」

 キャルが安堵してドラゴに笑顔を向ける。


「仲斗、今だ!」

 コイムの合図と同時に暗黒壁を解放する。高圧に圧縮された空気が一気に解放される。

 そして積み上がった汚物は爆発し、周囲に飛び散り雨のように降り注ぐ。

 その光景をキャルとドラゴは目が点になって見ている。

 そして汚物を被る直前にキャルの風で吹き飛ばす事に成功した。


「なっ、なんなのよ今の!」

「ううっわ、くっさ。俺もわかんねぇよ」

 パニックになって騒ぎ出す二人の背後に、コイムは難なく近づいてゆく。

 そしてコイムは口元を緩ませ、二人に話しかけた。


「あっ、ドラゴ君の背中に虫が付いてる!」

 そう言ってコイムは手に持った虫をドラゴの背中から服の中に入れた。

 キャルが驚きの表情でコイムを見る。一方ドラゴは真っ青になって目を見開いていた。

 

「きゃああああっ! いやいやあ!」

 それからは凄かった。

「助けてえええっ! 取ってえええっ!」

 ドラゴは女の子みたいな悲鳴を上げながら走り回る。


「ちょっと! 何やってるのよっ!」

「今大人しくさせるから! 待ってよっ!」

 キャルが慌てて追いかける。

 しかしキャルの言葉も全く届くことなくドラゴは服を脱ぎ始めた。


「ふうっ、ふうっ、ブルブルブル」

 ドラゴが震え声で呟く。

「俺本当に虫はダメなんだって。あっ……」

 気付いた時には服と一緒に腕章も脱ぎ捨ててしまっていた。


 二人の腕章に描かれた魔法陣が消える。かわりに足元から転送陣が出現した。

 呆然とした表情のまま俺達に顔を向ける。そしてそのまま二人は転送され、姿を消していった。脱ぎ捨てられたドラゴの服だけを残して。


「いや、その、ここまで嫌いだとは思わなかったから……」

「なんか、ゴメンなさい」

 コイムがもう既にそこには居ないドラゴに向かって謝っていた。

「やったね、実験は成功したよ」

 そして少し引きつった顔で俺を振り返る。

「えへへへっ……」

 コイムの笑顔は、少し罪悪感に満ちて見えたのだった。


 ◆◆◆


 森の外れ、湖の上に要塞の如く立つ二つの影。

 湖の周りに散乱する無数の腕章は、挑んだ者が全て敗れ去ったことを意味する。

 森を見据える目は鋭く輝き、新たなる獲物が来ることを待ち構えていた。

 今だ誰もたどり着けない二人の名は、ギラ・プレトラ、クラーラ・キーン。

 物理最強のこの二人に、魔法で勝つことは不可能に近い。


 そしてついに対決の時がやってきた……


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