魔力の源泉
朝が来た、俺は差し込む光を顔に受けて目覚める。今日も爽やかな朝と共に一日が始まる。あれからコイムがベッドに潜り込むことは無かった。小さな鳥のぬいぐるみをプレゼントしたので、今ではそれを吸いながら眠っている。なんだかヨダレが染み込んでいて不衛生に見えるが、いつも何かの魔法で綺麗にしている。
そんなことよりも問題はぬいぐるみの数だ、先日コイムの実家から荷物が送られてきた。あまりにも多いので部屋まで運ぶのに校長先生が魔法で転送したそうだ。そして今コイムは、送られて来たぬいぐるみの山に埋もれるようにして寝ている。俺はベッドから降りるとコイムに目を向ける。
「これって、ベッドも毛布も必要ないんじゃないか?」
そう言ってしまうほどに積み上げられていた。そして机には、何かの道具箱が置かれている。箱は開かれていて、中の道具は机の上に丁寧に並べられている。机に近づき観察する。道具そのものにも美しい装飾が施され、エルフの技術力の高さがうかがえる。そしてコイムの描いていた図面と材料リストが机の前に貼り付けられていた。
描いてある内容は良くわからないが、何かの装飾品のようだ。細い鎖と魔石と思われる石、複雑な曲線で構成された図形が描かれた長方形の物。それぞれのパーツを丁寧に描いている。
「これは魔道具なのかな……」
「そうだよ、これを完成させるために魔法学園に居るのさ」
コイムは目を覚まして俺に瞳を向けている。朝日に輝く透き通った瞳は空のように青く、見つめていると吸い込まれそうになる。そして小さな唇は、ぬいぐるみとの間にヨダレの橋で繋がる。コイムはぬいぐるみの山から這い出すと、手に持っていた鳥のぬいぐるみをじっと見つめ、薄目で舌を出しながら舐めている。エルフってみんなこうなのか? いったい何をしているんだ?
「それ、変な味とかしないの?」
俺はいたたまれなくなって問いただす。
「味わっているんだよ仲斗、君からの愛をね」
これ以上この話題を続けるのは危険だと感じたので、話題を切り替えることにした。
「ところでコイムは何を研究しているんだ? これで何ができるんだ?」
「……仲斗、魔力はどこから来ると思う? なぜ僕達は魔法を使えるのかな、どうして属性が個人ごとに違うんだろう、考えたことはあるかい?」
コイムは魔法でぬいぐるみを綺麗にしながら質問を投げかけてきた。
「魔法の源泉は生命そのものと密接に関わっている。そして属性は心と関わっている。そんなところかな?」
俺の知っている知識を投げかけると、コイムはこちらに近づきながら話を続ける。
「そうだね、それを言い換えてみようか、例えば、属性は言ってみれば好き嫌い。君は多重属性だから、何でも受け入れる。そう、僕の愛でもね……」
そう言いながらコイムは俺にたどり着くと、腰に手を回してくる。そして言葉を続けた。
「それから、命はどこからやって来るのかな、君も感じるだろう? 魔力が湧き出す場所。命を作り出す場所。男女で大きく形は異なるけれど、みな同じくこの辺りさ」
そう言ってヘソの下へと手を伸ばし、そのまま下着の中へと手を入れてきた。俺は思わずコイムを突き飛ばすと、コイムはぬいぐるみの山に埋もれてしまうが、そこから這い出しながら言葉を続ける。
「どうだい、感じるだろう? 魔力は生命と同じ所から来ている。肉体という触媒を通して、現象として具現化するんだ。魔法とは愛なんだよ、生命の誕生とは、生命のみに与えられた奇跡だ、僕はその秘密を解き明かしたいんだ。そして魔道具で魔法をもっと自由に使いたい。それって素敵だと思わないかい?」
両手を広げ、朝日を全身に浴びながらコイムは満面の笑顔で笑う。コイムが輝いて見える。行動が変なところもあるが、未来を見据える素晴らしい人物だ。俺はコイムの発明が成功することに協力したいと思った。変なこと抜きで……。
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午後になり、パフ・ポンチョポン先生のシゴキの授業が始まる。相変わらずの派手な登場とともに、物凄く上から目線で生徒たちを見下ろしている。実際に身長3人分ほど上からの目線なのだが……。
「まず初めにお前たちに言っておく、我を倒せぬようでは魔王の討伐は夢に過ぎぬと知れ。どの様な手段を使っても構わぬ。各自創意工夫して我を討伐せよ。遠慮は要らぬ、殺すつもりでかかってきなさい」
「先生はどの程度手加減するのですか? 逆に僕達が間違って先生を殺しても構わないと言うことですか?」
俺は先生をあえて挑発する。軽口を叩く愚か者と思われる必要が有るからだ。
「確かにな、我はお前たちを殺すことは出来ない。そしてお前たちは我を殺せると思ってなど居ないはずだ。だが何か考えが有るのであろう、面白い、楽しませてもらおう。くれぐれも失望させるなよ、殺せないからと言って、無傷で済むとは思わないように」
先生は姿勢を低くし、翼を畳んで戦闘態勢を取る。そして鋭い眼光で俺を見据える。さあ、ドラゴン討伐の始まりだ!
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時は戻り、午前中の授業。リル先生の魔法講義が始まる。
「みんなおはようニャ~! 今日は魔法の組み合わせ技を考えるニャ」
先生は全身ピチピチの獣スーツに猫耳と尻尾を付けた姿だ、加えて首には鈴を取り付け、足には赤いリボンをグルグルと螺旋状に巻いている。寸法が合っていないのか色々な場所が食い込んでいて今にも破れそうだった。
「まずは前日の授業のおさらいニャ! みんな相性の良い属性どうしでペアを組むニャ」
「飯場くんとコイム君は暗黒時空ペア」
「リーラ君とガル君は光輝雷鳴ペア」
「クラーラ君とギラ君は氷結岩石ペア」
「キャル君とドラゴ君は疾風爆炎ペア」
「ちょうどいい人数と組み合わせなのでよかったニャ、これだけ全部の組み合わせが勢揃いすると、何でも出来ておもしろいのニャ、みんなならどう組み合わせて混ぜるニャ?」
「リル先生、午後からはまたパフ先生の実技なんですか?」
俺は先生に質問してみた。
「そうニャ、戦闘するニャ。パフ先生はドMなので、思いっきり痛い目に合わすのニャ。殺しても死なないくらい頑丈なので、心配しないでいじめるニャ。きっと大喜びするニャ、じゅるり……」
一瞬、リル先生とパフ先生の妙な絵面を想像してしまったが、現実味は沸かないので考えないでおくと、ガル・エクストラが最初に発言した。
「ドラゴンの鱗は硬い、だが、我の雷槌はドラゴンの鱗を通り抜けることも可能だ、しかし、威力は弱まるだろう」
「わたくしは、ガル君の稲妻を強化できますので、そちらに専任いたします」
リーラ・ブライトがアイデアを加える。
「じゃあ僕は、雷槌を空間圧縮で細く絞るよ。槍のようにね」
コイム・ミィストリスが更に変化を加える。
「私はパフ先生の口の中に氷を打ち込むわ、炎を吐けなくしてやる。フフフッ」
クラーラ・キーンが炎のブレスを封印する案を出す。
「じゃあ私が氷を誘導してあげるよ。確実に喉を詰まらせればいいんでしょ?」
キャル・ウィンディが相性の悪さを逆に利用する方法を提案する。
「わたしは、先生を足止めできるかなぁ、岩を沈めて足場を悪くできるかも……」
ギラ・プレトラが自分にできることを考えている。
「じゃあ俺はその足場を溶かしてやるぜ、溶岩に沈めて固めれば動けないだろ?」
ドラゴ・バルスラがアイデアを更に進化させる。
みんな凄いな、自分にできること、手伝えることをあっという間に組み立ててしまった。先生を身動きできなくして。攻撃手段を封印してしまえば、倒せないまでも無力化できる。深く突き刺さる電撃で先生が気を失えば討伐完了だ。これなら行けそうな気がしてきた。
ただ、俺の出番が無い、この状況で出来ることといえば、先生の目を闇で塞ぐことぐらいだ、しかも暴れる先生に魔法を当てるのは至難の業だ。俺の暗黒魔法は魔王と同じ属性で有効打にはならない。場合によっては俺が居なくても魔王は討伐できるんじゃないだろうか。そう思えてしまうほど頼もしく感じるクラスメイトだった。皆の作戦を聞いたリル先生が感想を述べる。
「あなた達、えげつないわね。ちょっと驚きました……」
リル先生は話し方が素に戻って呆然としていた。
後は作戦が有効となるかどうかの検証だ。先日の仕返しをしてやると言わんばかりに皆の士気は高まっていた。
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そして午後の授業、眼の前に戦闘態勢のドラゴンがいる。俺は最初に先生の顔に暗黒魔法を撃つ。簡単に避けられてしまうが構わず打ち続ける。当てることが目的ではない、仲間全員の配置と準備が整うまでの時間稼ぎと揺動が目的だ。先生は俺の意図を知ってか、つまらなさように余裕を出している。そして最後には、俺の魔法を鼻先で弾くと叱責の咆哮を浴びせてきた。
今だ! 皆が一斉に魔法を展開する。まず最初に先生の口に氷が打ち込まれる。時間停止の能力で決して溶けない氷が風の力で更に喉の奥に押し込まれる。次に足下の岩が炎で溶けながら一気に沈むと先生はバランスを崩して横倒しになってしまった。そこに更に氷の魔法が打ち込まれ、溶岩は冷えて固まり先生を拘束する事に成功する。
そして最後に先生の腹の部分、鱗の薄い弱点の部分を目がけて強力な雷槌の槍が打ち込まれる。並のドラゴンだったら、確実に死んでしまうだろう。しかし先生はエンシェントドラゴン。伝説級の上位種だ、しかしいかに先生といえど、無傷とはいかないだろう。せめて気を失ってくれることを願う。
先生は首と翼を天へと伸ばし、しばらく痙攣していたが、ようやく倒れて動かなくなった。生徒一同はホッとした表情でその場に座り込むと腕を上げて勝どきを上げる。
「やったぁーっ! 先生を討伐したぞ!」
「でも、先生大丈夫? 本当に死んだりしてないよね」
「俺達魔王ともやりあえるんじゃないか?」
「楽しかったぞ、本当に久しぶりに楽しめた。だがまだ満足できない。今度はこちらの番だな」
突然頭の中に威厳のある低い声が聞こえると、先生はゆっくりと起き上がり、口の中の氷を吐き捨てる。そして咆哮とともに電撃の壁を展開した。
「皆を取り囲むこの壁なのだが、獲物を逃さない目的の他に、もう一つ使い道がある。それは、確実に当てるための間合いだ」
そう言うと先生は体を捻り、長い尾を口に加える。そして千切るつもりなのかと思うほど強く引っ張り出した。
「我を少しでも楽しませた褒美をやろう。さて、我が尾のムチを全員で止めてみせよ」
皆は再び絶望の顔色に染まる。渾身の攻撃が効かなかった上に、今度は作戦を立てる暇すら無くドラゴンの尾の攻撃を受けることになる。さすがに死ぬ、もしかしたら超回復のガル・エクストラは生還するかも知れないが、他の生徒が助かる方法が思いつかなかった。先生の悪い冗談であってほしい。それを願う他無かった。
「クラーラ、私を氷で固めて! 私が受けるわ、私なら出来るかも知れない!」
ギラ・プレトラが前に出る。彼女のフィジカルチートで受けるつもりだ。そして破壊不能の氷で防御する作戦を考えていた。しかしそれでは質量が足りない。先生は尾を引くことによって力を貯めている。口を開けて力を開放すれば、途方もないスピードで振り払われるだろう。どんなに防御しても地面ごと抉られれば電撃の壁に飛ばされて無事では済まない。俺はもはや先生の殺すつもりは無いという言葉にすがるしか無かった。
その時、先生の力が一気に抜け、呆然とした目で何かを見つめている。口は開きっぱなしになり尾も落としてしまった。電撃の壁が消えてゆく。先生が見つめるその先に、人影が現れた。
右目には眼帯、そして軍帽にドクロのマーク。カカトが針のように鋭いハイヒールのブーツは黒く光り、無数のトゲが生えている。体には無数のベルトと鎖がきつく巻き付けられ、手には巨大なムチを装備している。まるで戦闘服のように見えるが、余りにも守る部分が少ない装備。そしてその姿をした人物はリル・リル先生だった。
「ようやく着替えがおわったわぁ~」
そう言うとリル先生はパム先生の足下に近づく。パム先生はピクリとも動かずに目だけでリル先生を見ている、しかも少し震えているように見えた。
「私抜きでこんな楽しいことをするなんてぇ~、宇宙誕生より早いのよっ!」
そう言いながらパム先生の前足の指を踏んづける。パム先生の咆哮とも悲鳴とも知れない大音響が響き渡る。
「あぁ~ら、いい声で鳴くじゃない? ほら、どうしたの? 声が小さいわよっ!」
「ギャアアアアス」
「貴方みたいな鱗だらけのトカゲ、本当に醜いのよっ!」
「ンギャアアアス」
「弱いのに強いと勘違いしているなんて、ほお~んと、恥ずかしいわねぇ~」
「アギャアアアス」
「あなたなんてタダの乗り物よぉ、私が乗ってあげるわぁ、この大飯し喰らいめっ!」
「ホギャアアアス」
「よいしょっと! あなたぁ~、ちゃんと翼で乗るのを手伝いなさい! 役立たず!」
「ウギヤ」
「ああ~っ! 鱗に指が入っちゃったぁ~、えいっ!」
「ギィヤアアアアッ!」
「なんなのぉ? そんなに嬉しいの? この変態トカゲっ!」
「グギャアアアアッ!」
リル・リル先生がドラゴンを痛めつけている。これ、見ていて良いんだろうか。魔法攻撃よりも言葉攻めの方が有効だと学んで良いのだろうか? いつの間にか皆解散してしまい、コイムだけが食い入るように見続けていた。
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