相性問題
「はぁ~い、それじゃあ、授業を始めるわよぉ~っ! マジックスクリーン展開、えいっ!」
そう言いながらリル・リル先生は白い布が貼られた壁に近づくと、その布を引っ張って床に落とした。するとそこに、魔法に関する属性と概念図が描かれた大きな紙が貼り付けられている。そして今日の先生は、昨日とは打って変わってヒラヒラのスカートにリボンやフリルだらけの衣装を着ていた。手に持っている杖にはピンク色のハートに翼の生えた装飾が施されている。身につけた靴や手袋、帽子にまで小さな翼やリボンが付いている徹底ぶりで、もはや何の恰好なのかわからない状態だ。何をするにもいちいち変なポーズを取っいる。ただ、父ちゃんが言っていた日本の魔法使いに状況が一致する。先生がそれを再現しているのだとしたら、この世界にはない変身魔法と言える。かも知れない……。
そして先生の授業が始まる。
「この世界の魔法はね、8つに分類されるんだけど、魔法を混ぜると面白いんだよ。ここの光輝属性と、こっちの雷鳴属性はどっちも光るでしょ? そうすると、お互いの光が効果を高め合うの、とっても素敵! それと、暗黒属性と時空属性はどっちも光を吸い込む、真っ暗はいやぁぁっ! だから、この二つの組み合わせは打ち消しあうの。他にもあるわよ、氷結属性と岩石属性はどっちもカチカチ、いやん! 爆炎と疾風は物を削り壊す、とっても危険! これも相性が良くないの。だから魔法使いがペアを組むときは、ちゃんと相性を考えないと力が弱くなるから注意してねっ」
「はい、先生質問です」
「はぁ~い、コイムくん、どうぞぉ~」
「今日の先生はとっても素敵ですね、その服は自作なんですか?」
「えへっ、先生照れちゃうなぁ~、そう! もちろん自作っ! どう、徹夜で作ったのよ、徹夜ってテンションが盛り上がるわよねっ!」
「流石ですね、それで先生の着ている服のデザインは、何処で勉強したんですか?」
「日本のアニメよっ! 召喚された勇者様を魔眼で見たらもう衝撃で、私もいつか異世界に行きたいわっ!」
教壇に立つ先生は目をキラキラさせながら、祈りのポーズで天井を見上げている。
「ところで先生、パンツ見えてますよ」
コイムの一言で授業は自習となってしまった。
魔法属性の相性に関しては気になっていることがいくつか有った。魔法を混ぜると反応を起こして効果が強くなったり弱くなったりする。しかし俺は全ての属性魔法を使えるスキルを持っている。もしかして自分自身で魔法の効果を打ち消し合っているんじゃないだろうか。もし仮にそうだとしたら、特定のスキルを消したり分けたりできれば、もっと強くなれるはず。しかしどうやれば良いのだろう、なにか方法は無いだろうか。
そして次に個人同士の相性だ、俺の暗黒属性と最も相性が良いのは時空属性のコイムだ。このせいでルームメイトになったわけだが、逆に相性が悪いのが光輝属性、リーラの属性だ。俺がいくら好意を寄せていても、俺がリーラの魔法を弱めてしまう。これでは仲良くなったとしても、リーラにとっては迷惑な話でしかない。やっぱり諦めるしか無いのかな……。
脳裏にコイムの笑顔が浮かぶ、相性もよく俺に対する好意も有る。しかし、男なのだ。どんなに可愛い見た目でも、そこの一線を超えられない。そもそもそんな事を気にしている自分が分からなくなってくる。そんなことを考えながら壁に貼り付けられた魔法属性の概念図を眺めるていると、思わず言葉が漏れる。
「なんで男なんだよ……」
しまった! 口に出てしまった、聞かれたらまずい。俺は横目でコイムの姿を確認すると、コイムは紙に何やら書き込んでいる。何かの図面のような魔法陣のような、その中に複雑な文字や数式を走り書きしていた。髪の毛の隙間から真剣な表情が読み取れる。もしも声が耳に届いていたとしても、言葉としては聞いては居ない様子だった。エルフは知能も高い種族なので、俺には分からない何かをしているのだろう。コイムは実は凄いやつなのかも知れない。
******
午後からは野外での実技授業が行われる。そこでは魔法を実際に使用して実践での使い方を学ぶ事ができる。これまでも中型の魔物を狩るのに魔法を使っていたので、簡単な戦闘は経験があった。しかし最後に相手にしなければならないのは魔王、途方もない魔力をぶつけてくる相手であり、悠久の時を使って魔法を極めている。とても人間が敵う相手ではないのだが、勇者である父は実際に討伐している。決して倒せない相手では無いはずなのだ。
授業の会場となる広場に到着すると、突然大きな影が現れる。高速で移動する影はその主が空に居ることを示している。全員が空を見上げると、そこには太陽の光を背に、悠々と飛行する竜の姿があった。次の瞬間、空中の竜は高速で回転をはじめ、そのまま地面へと突き進むと、凄まじい轟音と突風を撒き散らしながら地面へと舞い降りる。そして土埃の中から現れたその姿は、巨大なドラゴンの姿だった。赤く鋭い鱗に身を包み、咆哮を上げて我々を見下ろしている。
魔法の実践どころか確実に全滅してしまう。いくらなんでもスパルタすぎる、もはや授業どころではない。校舎から先生が助けに来る様子もなく、これが予定外の事故だと思い知らされる。皆一様に青ざめ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。
背後から咆哮が聞こえると、突然前方に光る壁が現れる。ただの壁ではない、無数の雷光が降り注ぐ雷鳴属性の魔法の壁だ。そして壁は広場を取り囲み、我々の逃げ道を完全に塞いでしまった。
「コイム! 魔法を合わせてくれ! 壁を打ち消して穴を開ける!」
「任せて、いくよっ、えいっ!」
俺は魔法の力を吸い取って無効化するブラックボール魔法を打つ、そしてコイムは空間圧縮でブラックボールの影響範囲を拡大する。そして合せ技、圧界消滅ブラックホールを打ち込む。すると電撃の壁に穴が開いた、しかし大きさが足りない。小柄な女性はギリギリ通れるが、少しでも壁に触れたら無事では済まない。助けを呼びに通り抜けてもらうにもリスクが大きすぎる。
「もう一回打って広げる、合わせてくれコイム」
穴のすぐ横に魔法を打ち込む。そして穴を広げることに成功するが、次の瞬間ふたたび咆哮と共に壁が再生されてしまった。みな必死で魔法を打ち込み壁を打ち破ろうとするが、再生される壁に有効な手段は見いだせなかった。次第に魔力も尽き果て、絶体絶命となってしまう。いきなり全滅なのかと絶望していると、頭の中に威厳のある低い声が直接響いてきた。
「だいたい皆の実力はわかった、それでは集合してください」
その声とともに雷光の壁が消え失せる。そしてそれが何を意味するかようやく理解できた。しかし、ドラゴンが先生とは……しかもいきなり襲いかかってくる様な登場の仕方は心臓に悪すぎる。皆一様に不満顔で先生であるドラゴンの前に集合する。
「イヤイヤすまないね、実力テストと自己紹介が一度にできて効率的だ、しかも最初しか使えないやり方だ、いゃぁ~楽しかった。餌が必死に逃げ回るのはね!」
先生の冗談はシャレにならない。勘弁して欲しい。全員の呆れ顔はふたたび蒼白に染まってしまった。
「それでは我が名を皆に教えよう、実技教師にしてエンシェントドラゴン。その名を心して魂に刻むが良い」
全員の生唾を飲み込む音が周囲に響く。
「我が名は、パフ・ポンチョポン ポン ポン ポン ポ……(エコー音)」
蒼白だった顔は真っ赤に染まり、皆一様に肩をプルプル震わせている。必死で込み上げるものを押さえつけているが、限界に達するのは時間の問題だった。
「おぬしら……、こんなに面白い名前なのに、なぜ笑わないっ!」
咆哮と共に赤い顔がまた蒼白へと変わってしまう。もう嫌この先生……。学園生活はまだ始まったばかり、期待と不安に加えて絶望を学んだ一日となった。
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