相性問題
「はぁ~い、それじゃあ、授業を始めるわよぉ~っ! マジックスクリーン展開、えいっ!」
リル・リル先生は白い布が貼られた壁に近づくと、その布を引っ張って床に落とした。その下から、魔法属性の概念図が描かれた大きな紙が現れる。
そして今日の先生は、昨日とは打って変わった姿だった。ヒラヒラのスカートにリボンやフリル。手に持つ杖にはピンク色のハートに翼の装飾が施されている。靴にも手袋にも帽子にも、小さな翼やリボンが付いていた。右目を覆う黒いアイパッチだけが、可愛らしい衣装の中で異彩を放っている。
父ちゃんが言っていた。日本には「魔法少女」という存在がいて、変身して悪と戦うらしい。先生はそれを再現しているのだろう。この世界に変身魔法は存在しないが、衣装で補っているわけだ。
ただ、1つ問題があった。
先生が説明のために腕を振り上げるたび、ヒラヒラのスカートが揺れる。そして時折、その奥がちらりと見えてしまうのだ。男子たちは目のやり場に困り、天井を見たり机を見たりと忙しい。女子たちは口をぽかんと開けて、信じられないものを見る目で先生を眺めている。
「この世界の魔法はね、8つに分類されるの」
先生は何も気づかず、元気いっぱいに説明を続ける。
「魔法を混ぜると面白いんだよ。ここの光と雷はどっちも光るでしょ? お互いの輝きが効果を高め合うの、とっても素敵! それと闇と空間はどっちも光を吸い込む。真っ暗はいやぁぁっ! だからこの2つの組み合わせも相性がいいわ」
先生がくるりと回転する。スカートが大きく舞い上がった。男子全員が一斉に視線を逸らす。
「他にもあるわよ。氷と土はどっちもカチカチ、いやん! 火と風は物を削り壊す、とっても危険! これらも相性がいいの。逆に、光・雷と闇・空間、氷・土と火・風は反発し合うから、ペアを組むときは注意してねっ」
説明しながらポーズを決めるたび、教室の空気が妙な方向に張り詰めていく。
隣を見ると、コイムは平然とノートに何かを書き込んでいた。図面のような、魔法陣のような複雑な記号と数式。その横顔は真剣そのもので、先生の惨状など眼中にないらしい。
「ねぇねぇ、みんな聞いてる? なんだか反応が薄いわねぇ」
先生が首を傾げる。そして俺と目が合った。
「飯場くん、先生の授業、つまらない?」
「い、いえ! そんなことは……」
「じゃあなんでみんな、先生の顔を見てくれないの?」
真っ直ぐな瞳で問いかけられ、俺は答えに窮した。言うべきか、言わざるべきか。
先生は俺の様子を怪訝そうに見つめた。それからアイパッチに手をかける。
「ちょっと失礼するわね」
アイパッチが外される。その下から現れたのは、淡く輝く紫色の瞳――魔眼だ。先生は魔法が使えない代わりに、心を読む力を持っている。普段はアイパッチで封じているが、こうして外せば相手の思考が筒抜けになる。
先生の魔眼が俺を捉えた瞬間、その表情が凍りついた。
俺の視界に何度も焼きついた光景。ひらひらと舞うスカート。その奥に見えたピンクの可愛らしい下着……
「きゃあああああっ!」
悲鳴とともに先生は顔を真っ赤に染めた。そしてアイパッチを握りしめたまま、教室を飛び出していく。廊下を走り去る足音が遠ざかっていった。
残されたのは、気まずい沈黙と、黒板に貼られた魔法属性の概念図だけ。
「……なぁ、俺たちが悪いのか?」
誰かが小さく呟いた。
「いや、先生がスカート履いてきたのが悪い」
「でも誰も注意できなかったよな……」
教室がざわつき始める。コイムだけは相変わらずノートを眺めていた。
「自習、だな」
ドラゴが諦めたように呟く。
◆◆◆
自習時間になって、俺は隣のコイムに声をかけた。
「なぁ、コイム。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「んっ、何?」
コイムは顔を上げ、不思議そうに首を傾げる。
「魔法属性の相性について、気になってることがあってさ」
「もし……属性の相性が悪い相手と組んだら、お互いの魔法を弱め合うんだよな?」
「そうだよ。リル・リル先生が言ってた通り、光と闇とか、火と氷とかは反発し合うから」
コイムはノートを指さす。そこには属性の相関図が描かれていた。
「じゃあさ、俺みたいに全ての属性を使えるやつは、自分の中で魔法が打ち消し合ってるんじゃないか?」
「……へぇ」
コイムの目が見開かれた。
「それ、もしかしたらあり得るかも。飯場くんの魔力自体は凄く大きいのに、実際の威力がそこまで出てないのは、もしかして……」
「ああ。だから俺、いつも中途半端なんだと思う」
「でも、それが本当なら逆にチャンスだよ」
コイムは目を輝かせた。
「特定の属性だけを使うように制御できれば、飯場くんはもっと強くなれる。問題は、どうやって制御するか、だけど……」
「何か方法はないかな」
「うーん……」
コイムは再びノートに何かを書き始めた。その真剣な表情を見ていると、彼が本当に天才なんだと実感する。
それから俺は、声を潜めつつもう一つの悩みを口にした。
「あとさ、個人同士の相性のことなんだけど」
「うん?」
「俺の闇属性と最も相性が良いのは、コイムの時空属性だろ? だから俺たち、ルームメイトになったわけだし」
「そうだね」
「でも逆に、相性が悪いのは光属性だ」
そこまで言って、俺は言葉を切った。
リーラの顔が脳裏に浮かぶ。光属性を持つ少女。明るくて、優しくて、誰にでも平等に接する彼女。
「飯場くん、もしかして……リーラのこと?」
コイムが小さく笑った。
「バレバレだよ。いつもリーラを見てるもん」
「う……」
否定できなかった。
「でも、俺がリーラの近くにいたら、彼女の魔法を弱めてしまう。それって、迷惑だよな」
「うーん、確かにそうかもしれないけど……」
コイムは少し考えた。それから、にっこりと笑う。
「でも、相性が悪いからって、一緒にいちゃいけないわけじゃないよ。魔法だけが全てじゃないもん」
「コイム……」
「それに、さっき飯場くんが言った通り、制御できるようになれば問題ないかもしれないし」
そうか。そういう考え方もあるのか。
俺は少し、気持ちが軽くなった。
「ありがとな、コイム」
「ううん、どういたしまして」
コイムは嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、彼とはもっと親密になりたいと思った。あくまでも良き友人としてだが。
そんなことを考えていると、コイムが再びノートに何かを書き込み始めた。複雑な文字や数式。その中に、さっきの属性制御のアイデアも含まれているのだろうか。
髪の毛の隙間から見える真剣な表情。エルフは知能も高い種族だ。コイムは実は凄いやつなのかもしれない。
◆◆◆
午後からは野外での実技授業が行われる。そこでは魔法を実際に使用して、実践での使い方を学ぶことができる。
これまでも中型の魔物を狩るのに魔法を使っていたので、簡単な戦闘は経験があった。しかし最後に相手にしなければならないのは魔王だ。途方もない魔力をぶつけてくる相手であり、魔法を極めている。とても人間が敵う相手ではない。だが、勇者である父は実際に討伐している。決して倒せない相手ではないはずだ。
校舎から広場へ向かう途中、俺は金色の髪を見つけた。
リーラだ。
光属性の力を持つ彼女は、数人の友人たちと楽しそうに歩いている。その笑顔は、周りを明るく照らすようだった。
俺の視線に気づいたのか、リーラがこちらを振り向いた。一瞬、目が合う。
「…………」
何か言おうとして、言葉が出てこない。
リーラは小首を傾げた。それから柔らかく微笑む。
「飯場くん、実技授業、頑張ろうね」
そう言って、彼女は友人たちと先に行ってしまった。
俺の闇属性と、彼女の光属性。最悪の相性だ。
でも――
「さぁ、行こうか」
コイムの声で我に返る。彼は不思議そうにこちらを見ていた。
「ああ、そうだな」
俺はコイムと並んで歩き出す。
コイムの言う通りだ。魔法だけが全てじゃない。まずは、普通に話せるようになることから始めればいい。
◆◆◆
授業の会場となる広場に到着すると、突然大きな影が現れた。
高速で移動する影は、その主が空にいることを示している。全員が空を見上げると、そこには太陽の光を背に、悠々と飛行する竜の姿があった。
次の瞬間、空中の竜は高速で回転を始めた。そのまま地面へと突き進む。凄まじい轟音が響いた。突風が周囲を撒き散らす。土埃が舞い上がる中、地面へと舞い降りてくる。
土埃の中から現れたのは、巨大なドラゴンの姿だった。赤く鋭い鱗に身を包んでいる。咆哮を上げて我々を見下ろす姿は、圧倒的な迫力だ。
魔法の実践どころか、確実に全滅してしまう。いくらなんでもスパルタすぎる。もはや授業どころではない。校舎から先生が助けに来る様子もなく、これが予定外の事故だと思い知らされる。
皆一様に青ざめた。蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。
背後から咆哮が聞こえた。突然、前方に光る壁が現れる。
ただの壁ではない。無数の雷光が降り注ぐ雷属性の魔法の壁だ。空気が焼けるような臭いが鼻を突く。肌がピリピリと痺れる。髪の毛が逆立ち、喉の奥が乾いた。
壁は広場を取り囲み、我々の逃げ道を完全に塞いでしまった。
「コイム! 魔法を合わせてくれ! 壁を打ち消して穴を開ける!」
「任せて、いくよっ!」
俺は雷の力を吸い取って無効化する闇魔法を放つ。コイムは闇魔法の影響範囲を拡大する時空魔法を重ねた。合わせ技を打ち込む。
すると電撃の壁に穴が開いた。しかし大きさが足りない。小柄な女性はギリギリ通れるが、少しでも壁に触れたら無事では済まない。助けを呼びに通り抜けてもらうにもリスクが大きすぎる。
「もう一回打って広げる、合わせてくれコイム」
穴のすぐ横に魔法を打ち込む。穴を広げることに成功した。だが次の瞬間、ふたたび咆哮と共に壁が再生されてしまう。
みな必死で魔法を打ち込み、壁を打ち破ろうとする。
遠くから火炎の渦が雷の壁に突き刺さった。激しい爆発音と火花を散らしている。あれは竜族のドラゴの魔法だろう。別の方向からは氷の槍が次々と飛来する。壁に突き刺さるが、氷は雷に焼かれて蒸発してしまう。精霊族のクラーラの魔法が効かない。
「くそっ、再生が速すぎる!」
誰かの悲鳴が聞こえる。
風の刃が雷の壁を斬りつける。しかしまるで水面に風を吹きかけるように、その攻撃は一瞬で吸い込まれてしまった。雷の壁は再生されるだけでなく、攻撃を受けるたびに輝きを増している。
「魔力が……もう……」
倒れ込む生徒が見えた。天使族のガルは膝をつき、額に汗を浮かべている。彼ほどの実力者でさえ、この壁の前では無力なのか。
リーラは光の盾を展開しようとしている。だが顔色が悪い。周囲の生徒たちも次第に魔力を使い果たし、絶体絶命となってしまう。
いきなり全滅なのかと絶望していると、頭の中に威厳のある低い声が直接響いてきた。
「だいたい皆の実力はわかった、それでは我のもとに集合せよ」
その声とともに雷光の壁が消え失せる。そしてそれが何を意味するかようやく理解できた。
まさか、このドラゴンが先生?
しかも予告無く襲いかかってくるのは心臓に悪すぎる。皆一様に不満顔で先生の前に集合する。
「ふむ、すまぬな。実力テストと自己紹介が一度にできて効率的だ。しかも最初しか使えないやり方だ。実に愉快である」
巨大なドラゴンは満足そうに首を揺らす。赤い瞳で生徒たちを見渡している。
愉快だって? こっちは死ぬ思いだったのに。皆一様に呆れ顔となる。
「それでは我が名を皆に教えよう。実技教師にしてエンシェントドラゴン。その名を心して魂に刻むが良い」
全員の生唾を飲み込む音が周囲に響く。さすがは太古の竜だ。その威厳は圧倒的である。
「我が名は、パフ・ポンチョポン ポン ポン ポン ポ……(エコー音)」
皆の呆れ顔は消え失せた。真っ赤に染まった真剣な顔つきへと変化する。そして肩が小刻みに震えている。必死で込み上げるものを押さえつけているが、限界に達するのは時間の問題だった。
「おぬしら……、こんなに面白い名前なのに、なぜ笑わないっ!」
咆哮と共に赤い顔がまた蒼白へと変わってしまうのだった。
◆◆◆
「さて、ふざけるのはこれくらいにしておこう」
パフ先生の声が、今度は低く、厳かに響いた。先ほどまでの茶目っ気は消え、エンシェントドラゴンとしての威厳がその巨躯から溢れ出している。
生徒たちは先ほど笑いをこらえていた顔から一転、真剣な面持ちで先生を見上げた。
「諸君らの魔力は目を見張るものが有るが」
パフ先生の赤い瞳が一人一人を見渡す。
「我が雷の壁も破れぬようでは話にならぬ。魔王に傷の一つも付けられまい。魔王に挑むなど死ににゆくような物よ」
その言葉に、生徒たちの表情が険しくなる。
確かに、あれほど必死で攻撃しても壁を破ることはできなかった。俺とコイムの連携でようやく小さな穴を開けるのが精一杯だったのだ。
「だが我も諸君らの命を簡単に諦めるつもりは無い」
パフ先生は首を高く掲げた。翼を広げる。その巨大な影が広場全体を覆う。
「よって、ひとつ助言を与える」
先生の視線が俺とコイムの方向に向けられた気がした。
「諸君らは属性の相性しか見ておらぬが、それ故に力を出せておらん。属性どうしによっては力を打ち消し合うが、相反する相性を打ち消すこと無く運用する方法は有る」
打ち消さずに運用する?
俺の頭の中で、午前中のリル・リル先生の授業が蘇る。光と雷は相性が良く、闇と空間も相性が良い。しかし光と闇は相反する。それをどうやって……
「同時に撃つことも可能だ。解るかね?」
同時に?
俺は思わず一歩前に出た。
「パフ先生! それは、相性の悪い魔法を別々のタイミングで放つということですか?」
パフ先生の赤い瞳が俺を捉える。
「ほう……飯場よ、良い線をついておるな」
その声には、どこか嬉しそうな響きがあった。
「だが惜しい。タイミングではない」
「では……」
「簡単なことだ、心を一つにすれば良い」
心を一つに……?
「混ぜるのでは無く、組み合わせるといえば解るかな」
パフ先生の言葉に、俺の脳裏で何かが繋がりかけた。
混ぜるのではなく、組み合わせる。つまり、魔法そのものを融合させるのではなく、別々の魔法として同時に放つということか。でもそれには……
隣を見ると、コイムが真剣な眼差しで先生を見つめている。その瞳には、何かを理解したような光が宿っていた。
「次回の授業での成果を期待しているぞ。全力を尽くし我を楽しませよ」
パフ先生の言葉が広場に響き渡る。
俺は拳を握りしめた。次の授業までに、何か答えを見つけてみせる。コイムと一緒なら、きっと――
そんなことを考えていると、突然、世界が揺れた。
「なっ……!」
地面が激しく振動する。空気が歪んだ。これは地震ではない。魔法の衝撃だ。それも、途方もなく巨大な魔力の奔流が、世界を揺るがしている。
「むう、これは……」
パフ先生が空を見上げる。その赤い瞳に、警戒の色が浮かんでいる。
「巨大な悪意を感じる……間違いない……」
先生の声が震えていた。エンシェントドラゴンであるパフ先生が、恐れを抱いているのだ。
「ついにこの時が来てしまったか。もうあまり時間は無いかもしれんな」
先生の言葉に、俺たちは凍りついた。
一体何が起きているのだろう。そして、この悪意の正体は……。
学園生活はまだ始まったばかりだというのに、世界は既に動き始めていた。




