授業初日
嫌な予感というものは、よく当たる。そして俺の目の前にその嫌な予感が横たわって寝息を立てている。乱れた髪の毛から覗く長い睫毛と通った鼻筋、小さめの口で指を吸うように眠る顔はとても男とは思えない。
生暖かい風を感じて目を覚ますと、最初に目に入ったのがこの顔だ。誰もが羨むような光景のはずなのだが、残念なことに男の顔なのだ。そんなことよりも、なぜコイムが俺のベッドに居る? しかも何故一緒に寝ている? いったいいつ入ってきたのだ。俺はいそいそとベッドから降り、コイムを見下ろし声をかける。
「おはようコイム君、もう朝だしそろそろ起きようか」
俺はあえて冷静な態度を取る。いちいち驚いていたらコイムの思う壺だ、俺はあくまでも男同士の熱い友情を育むことを望んでいる。
「ふにゅ……おはやう仲斗……あっ! しまった! 僕、なんてことを!」
「そうだよね、そこは俺のベッド、君のはあっちね」
そう言うと部屋の反対側に置いているコイムのベッドを指差す。
「僕が仲斗を起こすつもりだったのに、寝過ごしちゃった……あれは夢だったんだ」
「残念だったな、俺は早起きなんだ。ところで君は何の夢を見ていたのかな?」
「仲斗を起こす夢だよ、おはようって言いながら耳をこう……それは明日のお楽しみさ!」
「エルフは起こす時に耳を吸うのかな? なるほど、これだけ長いと吸いごたえもあるだろうね、でも残念だったね俺の耳は小さいんだ」
「ふっ、今日のところは僕の負けだね、でも明日は負けないよ、君の耳は僕が頂く!」
そう言いながらコイムは服を着替えだす。エルフは耳が長いので、耳に対するこだわりが強いのだろうか? 起こす時に耳をくすぐっていたら、どうなっていたのだろうと考えてしまう。
「ところでコイム君、ちゃんとベッドは二人分あるのに、何故わざわざ俺のベッドに入り込むのかな?」
「そっ、それは、その……」
そう言って顔を真赤にして床を見るコイム、体を左右に回転させながら口を尖らせて上目遣いを向ける。そして恥ずかしそうに告白をしてきた。
「ぼっ、僕、その、友達を忘れてきちゃったんだ」
「友達? コイムは友達といつも一緒に寝るの?」
「一緒に寝られるなら、誰でもいいんだ、一人は淋しい……」
「俺を友達と言ってくれるのは嬉しいけど、一緒に寝るのはちょっと……まてよ、忘れてきたって? 友達を忘れてきた? その友達って……まさか」
「僕はたくさんの友達をコレクションしてる。とってもかわいいぬいぐるみ達、みんな僕を愛してくれる。ねぇ仲斗も僕を愛してくれる?」
コイムの評価にメルヘンのヤバい奴が追加されてしまった。ここは毅然とした態度を貫かないと、変な沼に引きずり込まれてしまう。
「君にとっては残念なことかも知れないが、俺はぬいぐるみじゃない。淋しいなら家まで取りに帰ったらどうかな」
「片道だけで半日かかっちゃう。だから次の休日までは一緒に寝る」
そういって髪の毛を指にくるくる巻き始めた。このままでは今日もベッドに潜り込んでくるだろう。そのときはコイムのベッドを借りれば良いのだが、もっと簡単な方法を思いついた。
「じゃあ授業が終わったら、ぬいぐるみを買いに行こうぜ、街まではそんなに遠くないし、ベッドに入らないって約束してくれたらプレゼントするよ」
「仲斗……君は僕の親友だ! ありがとう!」
そう言うとコイムは俺の胸に勢いよく飛び込んでくる。そしてそのまま抱きつくと、白い長髪が周囲の景色を覆う、そしてコイムの笑顔が視界の全てとなる。背中に何かが当たる感触、そして二人は床に倒れ込む。
背中で押されて開いてしまった扉の先、そこは廊下だった。半裸の男二人が抱き合って廊下に重なっていた光景は、複数の人物に目撃されることになった。これが授業初日の朝の出来事。嫌な予感の遥か上を行ってしまったのだった。
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最初の授業は魔法に関する基礎的な種類と自己紹介だ。それが行われる教室は木製の曲線的なデザインで、建物というよりも巨大な生き物を思わせた。そして学生の机は置かれているのではなく教室と一体化している。なにかの魔法で作られたことは間違いないだろう。魔法学園という名に相応しい学び舎の教室、そこに複数の生徒が集まっている。
そして教壇に立つのはいかにも魔法使いですと言った衣装に身を包んだ人物。かなり使い込まれてボロボロになった上にサイズも大きすぎる衣装だが、その中にいる女性の教師はかなり若く見え、新米教師が無理をしてベテランを演じているような滑稽さがあった。そうは言っても魔法学園の先生だ、おそらく相当な実力者なのだろう。エルフのような長命の種族などのように、見た目と実年齢は必ずしも一致しないのだ。
じっさい俺の母ちゃんも魔王を討伐したパーティメンバーだ、見た目は俺の姉ちゃんと言ってもいいくらいだが、実際は何百年生きているかわかないくらいだ。本人もおそらくは知らないのだろうが、勇気を出して聞いた父ちゃんは半殺しになった。それからは、女性の年齢を特定する行為は命がけと学んだ。
授業の時間になりやって来た先生は、教室に入る前に立ち止まって入口周辺を警戒する。先生の実力を試そうと、罠を仕掛ける生徒も居るからだ。そして教室に入った途端、先生は着ているローブを踏んづけて盛大に転んでみせた。そのまま動かないので教室がザワつき出す頃には何食わぬ様子で立ち上がり、ローブの裾を掴み上げて教壇まで歩いてきた。そして教壇で杖を大きく振りかざし声を上げる。
「リル・リルが汝らに命ずる、魂に刻まれしは氏名、交わりし肉体の血族、根源より生まれ出たる属性、創造主より与えられし加護、その名を世に開き示せ、初級授業、自己紹介っ!」
すごく呪文っぽい言い方で自己紹介しろと杖を指してきた。
「はい! 名前は飯場仲斗、種族は半魔の人間、属性は暗黒、ユニークスキルは多重属性です。みなさんよろしくお願いします!」
立ち上がり名乗りを上げる。そしてクラスメイトに向かって一礼をする。父ちゃんに教わった日本式のやり方だ。俺のスキルは全属性の魔法を使えることだ。一番強いのは闇魔法だが、他の属性も弱いながら使える。ただし弱い、闇魔法以外は落ちこぼれレベルに弱いのが残念だ。だからスキル持ちと言っても魔王を倒せるほどではないのだ。
「はい、それじゃ次はあなたね」
リル・リル先生はそう言いながら次々と杖を向けて指示してゆく。いきなり普通の喋り方になったが、きっと誰にも受けなかったのでやめたのだと察した。
「コイム・ミストレスです。見た通りのエルフです。時空属性でスキルは魔力移動です。口移しで……」
ザワザワザワ……。クラスの男共がザワつき出した。俺も男だと知らなかったら頭の中で唇がドアップになっていたことだろう。それにしてもコイムらしいというか、凄いスキルだな、どうやってスキルを知ったのかが気になる。
「よおっ! 俺の名はドラゴ・バルスラだ、誇り高き竜族、属性は爆炎、属性付与のスキルだぜ。燃えにくいものは俺に任せな、何でも燃やしてやるぜ! うははははっ!」
熱血が来た。暑い日をより暑くする感じの性格だ、しかも属性付与と言うことは、氷でも水でも燃やせるのか、いろいろと応用できそうだ。いい奴そうだし、友達になってもらいたいな。
「私はキャル・ウィンディ、妖精なの、疾風属性で虫を操るよ、お気に入りはゴキブリ、いつも私を守ってくれるんだ!」
イジメっ子が真っ黒になって襲われている光景が目に浮かぶ……。この子だけは敵に回してはいけないと本能で感じる。
「私、ギラ・プレトラって言います。オーガ族です。属性は岩石で、フィジカルチートってよく言われます。料理やお菓子作りも得意ですっ! キャッ!」
一瞬、大きな男性かと思ってしまったが、実際には小柄なオーガの女性だった。失礼のないように気をつけよう。性別を間違えるのはコイムだけにしておかないと、学園生活に支障が出てはいけない。ただでさえ多様な種族が生活しているのだ。それにしてもフィジカルチートか、まるで親父の言っていた鬼のように強い人間に似ているかも。
「クラーラ・キーン、精霊族よ、氷の中だけ時間停止できるわ、えっ? 属性? 氷結よ」
氷のようにクールな女性が来た。髪の色や肌の色も青色系で統一されたお洒落さんな感じだ。凍らされて時間が止まったらどうなるんだろう? 時間が止まるって事は、氷も溶けないのかな。色々と聞いてみたくなるな。
「ふんっ! ガル・エクストラだ、我こそは最強の天使だ、我に逆らう者は雷鳴の罰を受けるであろう。我が持つは超回復のスキル、我のみに与えられた特権である」
なんか凄い光が差している。背中側が輝いて見えるのは気のせいなのか? この次は神様でも出てきそうな勢いだ。ん? 後ろにまだ一人居るな。
「はいっ! わたくしの氏名はリーラ・ブライトと申します! よろしくお願いしますっ! えっ? ああっ! きっ緊張しちゃって、えーと、光輝属性です! それから、人間族ですっ! あはははっ……、よろしくお願いしますっ!」
光っていたのはこの子だった。なんだか物凄く眩しい。かわいい、すごくかわいい。赤面して手を覆い隠すとフワリと広がる金髪のショートヘアー、耳の近くに結ばれた赤いリボン、大きく元気な緑の瞳、小さく可愛らしい耳も赤く染まっている。緑のシンプルなブレザーに白いロングスカートはまるで花のような美しさと気品を漂わせていた。
まるで心臓を鷲掴みにでもされたような気分だった。もしも自分が物語の主人公だったなら、どうかこの子をヒロインにして下さい。そう願わずには居られなかった。いやしかし、待て、もしもこれが物語だったら、きっと作者は根性のねじ曲がった醜い性格のやつに違いない。まだリーラ・ブライトの性別が判明していない。コイムの前例も有る、ここは落ち着いて慎重に事態を見守る事にしよう……。
「はいっ!」
「なにかね? 飯場君?」
何故俺は手を上げている? なにをそんなに慌てている。慎重に事態を見守るはずが、おれは軽率にも質問する選択をしていた。
「リーラさんのスキルは何でしょうか? それから、性別を教えて下さい」
女性陣の冷たい目が突き刺さる、そしてリーラ・ブライト本人は、驚きの表情に顔を曇らせた後に、声を上げて泣き出してしまった。
「飯場君、リーラ君は女性ですよ、質問が不適切です。手を上げる勇気は認めますが、焦りすぎです、リーラ君に謝ることを提案します」
先生の指摘どうりだ、俺は勇者の息子を気負いすぎている。自分では分かっているつもりなのに、勇気の使い方を間違えてしまった。何をやっているんだ俺は、いきなり女の子を泣かせてしまった。自分をぶん殴ってやりたいが、いまはこの恥を噛み締めて誠意を示そう。
「リーラさん、ごめんなさい、俺、自分がこんなにバカだったって今気が付きました。どうか気が済むまで殴って下さい!」
もう、何で俺はこんなバカ丸出しの台詞を連発してるんだ、こんなの彼女どころか全ての女性に蔑まれるな、でも仕方がない、俺が悪いんだから、責められないといけないんだ。そしてリーラは涙を拭くと俺を見据える、そして想像もしなかったことを言った。
「わたくしには……使えるスキルが無いんです」
俺は自分を恨んだ、失言だったとしても、これはいくらなんでも酷すぎる。スキルを持っていることの方が珍しいのに、彼女にスキルがない事は恥ではないのに、俺の発言は言い換えれば「スキルを持っていないんですか?」という蔑みに聞こえてしまう。一度発した言葉は元には戻せない。前言撤回など責任逃れの方便に過ぎない。いったいどうすれば、もういちど彼女を笑顔にできるのだろう……。俺はただ下をうつむくことしか出来なかった。
「あれっ? おかしいな、リーラ君にスキルは……あっそうか、使えないのか。リーラ君、飯場君には悪気は無いんだ。説明しても良いかな?」
「あっ、はい先生、私は別にかまいません」
意外にも先生が助けの手を差し伸べてくれた。俺はすがるように先生の顔を見ると、余裕の表情で微笑みを見せてくる。そして俺はようやく息が出来たと気がついた。
「それでは説明しよう、飯場君、座って。それではまず初めに、コイム君、性別を教えてくれないか?」
すると今度はコイムが泣き出した。
「話がややこしくなるので今はやめてね」
「はい、スミマセン、僕は男の子です」
ザワザワザワ……! 今度は男女共にザワつきはじめた。
「このように、性別は見た目で判断は出来ないものだ。そしてリーラ君のスキルは使えないのだ、というよりも使ってはいけない。これで合ってるかな?」
「はい、そうです。しかし先生、何故その事を……父から聞いたのですか?」
「いや、聞いてないよ、何故だか知りたい? 先生のことにも興味が出てきた? 先生も自己紹介してほしい?」
そう言うと先生は教壇の上で手を広げ杖を前に突き出す。そして声を上げ始めた。
「我はリル・リル、魔法学園の担任教師。人間族にして無属性、そして我がスキルは読心術。我に嘘は通用しない、何でもお見通しの魔眼持ち。告白するなら我に聞け、ああっ右目が疼く、真実を暴きたいと涙している。だが悲しいかな、我の力は強すぎる、人から煙たがられ恐れられる。しかし魔法学園校長、アーカンダム・ユグドラシルは我に言った。生徒の心を見抜き、正しく導く力になると、ああっ何と言う彗眼、私でも見ることの出来なかった未来。たとえ魔法が使えなくとも、私にはこの目がある。導こう、そしてくっつけるのだ。ああ我こそは秘めたる思いを暴き出す、恋のキューピットとならん!」
「はい、ということで、なにか質問はありまか? はい、コイム君どうぞ」
「僕の一番の友だちは誰だか分かりますか?」
「赤色、黄色、緑色の頭を持つフェンリルくんですね」
「正解です! ごめんね仲斗君、君は二番目なんだ」
コイムは舌を出していたずらっぽく笑っている。その笑顔が先生の能力を疑わしいものにしてしまうのだが、ここは嘘ではないだろう。
先生の魔眼が本物だということは分かった。そして魔法が使えない先生が魔法学園に居るという衝撃の事実もさらりと暴露された。あとはリーラの気持ちだ。俺のことを許してくれるのだろうか……。
「リーラ君、君の涙はスキルが無いことではなく、使えないことが辛いんだね。ゴメンね、普段は魔眼を使わないから、事前に知れなかった。先生は色々な争いの場を見てきてね、その殆どは双方に悪気が無いことを知っているんだ。誤解、お互いの認識や前提の食い違いから殺し合いにまでなることも有るんだ。言葉っていうのは難しくてね、同じ言葉でも意味が複数ある。それを取り違ってしまってお互いに傷付いてしまう。飯場君は君があまりに眩しいから、君に手を伸ばすのを焦ってしまって力加減を間違えたんだ。彼も反省している、許してくれないかな」
「わたし、別に怒ってなんて居ないんです。お父様の事を思い出してしまって、つい……」
「はい、それでは飯場君、今回は先生にも責任があるから、これ以上引っ張らないでね。リーラ君は飯場君に怒ってなんかいないよ、これも行き違い、すれ違い、勘違いさ。しかし君も初っ端から色々苦労してるね、君の物語は色々な苦労が用意されてそうだ、負けずに頑張りなよ、そうすればきっとハッピーエンドが有るはずさ」
「はい、ありがとうございます先生、リーラさんもゴメン。俺、まだまだ父ちゃんまで遠いよ」
「わたくしもお詫びします、そうだ、やりなおしましょう! えっと、わたくしのスキルは使えません! それから、性別は女性です! どうぞよろしくお願いしますっ! えへへっ」
そしてリーラは笑ってくれた。父ちゃん、母ちゃん、俺この魔法学園に入学して良かった。素晴らしい学校だ、先生も凄い人だ、ここで頑張って大魔道士になる。そしていつか復活した魔王を倒すよ。
「ところで、先生は魔法が使えないのにどうして杖を持っているんですか?」
コイムが先生のウィークポイントに攻撃を仕掛けていた。
「コスプレ、これ先生の趣味なの」
別の方向性で凄い先生だった。
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