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リーラの謎

 翌朝、俺たちは大講堂に集められていた。

 天井まで吹き抜けた広大な空間。全校生徒が整列している。

 ステージには教職員が並び、その中央に校長先生が立っていた。美しく瑞々しい姿だ。


 アーカンダム・ユグドラシル。

 学園に生えている老木であり、学園そのものでもある存在。

 今日は初夏の装いで、青年のような姿をしている。満開の花の根本には、果実の膨らみが見て取れた。


「昨日の魔法バトルロワイヤル、見事であったのじゃ」


 校長の声が講堂に響く。

 威厳がありながら、どこか穏やかな響きだ。


「では、勝者を発表するのじゃ」


 俺は隣のコイムを見た。

 コイムも俺を見返す。校長先生からの贈り物に期待が膨らむ。


「んふふふふ……」


 後ろから不穏な笑い声が聞こえた。

 振り返ると、クラーラが両手を頬に当てて恍惚としていた。目が完全にどこかへ飛んでいる。


「勝利の瞬間……抱き合う二人……『やったな、コイム!』『君のおかげだよ、仲斗!』……濡れた瞳で見つめ合い……そして……熱い抱擁……んふふふふ……あぁ、素晴らしい……」


 心の声が漏れている。

 何を妄想しているんだこいつは。

 隣のギラが困った顔でクラーラを見ていた。


「クラーラ、大丈夫? 顔が溶けてるよ」


「んふふふ……溶けてもいいの……この光景が見られるなら……」


「勝者は――」


 校長が口を開いた。


「クラーラ・キーン、ギラ・プレトラ。前へ」


 沈黙。


「……え?」


 クラーラの妄想が止まった。

 目の焦点が戻ってくる。


「今、私の名前……?」


「呼ばれたよ、クラーラ」


 ギラがクラーラの肩を叩く。


「え? え? 私たち? でも、仲斗くんとコイムくんが……抱き合って……優勝の喜びを分かち合って……」


「何の話だ」


 俺は突っ込んだ。


「いや、でも、ガルを倒したのは……」


「腕章を最後まで持っていたのは君たちだよ」


 コイムが笑った。


「僕と仲斗は腕章を渡しちゃったからね。ルール上、勝者は君たちだ」


「そ、そうだったの……?」


 クラーラが呆然としている。

 ギラが背中を押した。


「行こう、クラーラ。校長先生が待ってるよ」


「ま、待って、心の準備が……私の妄想では仲斗くんとコイムくんが抱き合って……」


「行くよ」


 ギラがクラーラの襟首を掴む。

 ずるずると引きずっていく。二人はステージへと上がった。

 クラーラはまだ混乱した顔をしている。


「おめでとうなのじゃ。見事な戦いぶりであった」


 校長が微笑んだ。

 花びらがはらりと舞い落ちる。


「勝利の証として、この杖を授けるのじゃ」


 校長の両手に、二本の杖が現れた。

 木製の杖だ。

 だが、その表面には複雑な魔法陣が刻まれ、淡い光を放っている。見ているだけで肌がぴりぴりする。濃密な魔力が籠められている証拠だ。


「これは……」


 クラーラがようやく正気に戻った。

 目の前の杖を見つめている。


「わしの枝から作った杖じゃ。魔力増幅の効果がある」


 校長がにっこりと笑う。


「二人で勝ち取った勝利じゃからの。一本ずつ授けよう」


 クラーラとギラが、それぞれ杖を受け取った。

 講堂から拍手が湧き起こる。


「ありがとうございます……」


 クラーラが深々と頭を下げた。

 ギラも隣で礼をする。


「とても強力な杖じゃ。扱いには気をつけるのじゃぞ」


 校長の言葉に、二人は顔を見合わせた。

 やがて二人がステージを降りてくる。クラーラは杖を大事そうに抱えていた。


「優勝しちゃった……」


「したね」


「でも私、仲斗くんとコイムくんの抱擁を……」


「いつまで言ってるの、クラーラ」


 ◆◆◆


 表彰式が終わり、俺たちは中庭に集まっていた。

 コイム、クラーラ、ギラ。そして――リーラ。

 昨日の戦いを共にした仲間たちだ。


 リーラは神殿での治療を終えて、今朝から復帰していた。

 だが――顔色は優れない。


「せっかくだから、試してみない?」


 クラーラが杖を掲げた。

 目がキラキラと輝いている。さっきまでの混乱はどこへやら、すっかり上機嫌だ。


「校長先生は気をつけろって言ってたけど……」


 ギラが心配そうに自分の杖を見つめる。


「大丈夫よ、ちょっとだけ。氷魔法をちょっとだけ」


 クラーラが杖を構えた。

 魔力を込める。杖が青白く光り始めた。


「いくわよ――氷結!」


 クラーラが杖を振った。

 瞬間――


「「「うわああああっ!?」」」


 猛烈な吹雪が中庭を襲った。

 視界が真っ白になる。氷の粒が顔に叩きつけられ、体が一瞬で凍えた。


「さ、寒いっ!」


「何これ!?」


「止めろクラーラ!」


「止まらないのよおおお!」


 クラーラが杖を振り回している。

 だが、吹雪は止まらない。むしろ激しくなっていく。


「落ち着け! 魔力を抜け!」


 俺が叫んだ。

 クラーラが必死で深呼吸する。やがて――吹雪が収まった。


「……はあ、はあ……」


 クラーラが肩で息をしている。

 俺たちは呆然と周囲を見回した。


 中庭が銀世界になっていた。

 ベンチも植え込みも、全て雪に覆われている。噴水は完全に凍りついていた。


「……やりすぎた」


 クラーラが青ざめた顔で呟いた。


「校長先生の言う通りだったね……」


 ギラが雪を払いながら言う。

 その体がぶるぶる震えていた。


「ギラも試してみる?」


 コイムが聞いた。


「絶対やらない!」


 ギラが全力で首を振った。


「私がやったら、中庭が陥没しちゃうよ! いや、学園が沈むかも!」


「それは大げさ……いや、この威力を見ると……」


 クラーラが凍った噴水を見つめる。

 氷の彫刻のようになっていた。


「……しまっておきましょう」


 クラーラがそっと杖をケースに収めた。

 ギラも自分の杖を大事そうにしまう。


「大切に保管するね。すごく大切に。二度と出さないくらい大切に」


「うん、私も。怖いもん」


「それがいいと思う」


 俺は心から同意した。


 ◆◆◆


 吹雪騒動が落ち着いた後、俺たちは中庭のベンチに座っていた。

 雪はまだ残っているが、日差しで少しずつ溶け始めている。


「さて、みんなに渡したいものがあるんだ」


 コイムが立ち上がった。

 その手には、布に包まれた何かがあった。


「また何か作ったの?」


 クラーラが首を傾げる。


「僕の新作。属性変換魔道具の改良版だよ」


 コイムが布を開いた。

 中から現れたのは、三つのベルトだった。


 細身の革ベルト。

 美しい装飾が施されている。中央には小さな魔石があしらわれ、淡い光を放っていた。

 腰の前面を覆う部分には、精緻な刺繍が入った小型エプロンのような装飾がついている。


「綺麗……」


 ギラが目を輝かせた。


「服の上から装着できるように改良したんだ。前のは……ちょっと恥ずかしかったからね」


 コイムが苦笑いを浮かべる。

 前のTバック型は確かに恥ずかしかった。あれを戦闘中に見られたら、恥ずかしさで戦意喪失しかねない。


「クラーラには氷属性を強化するタイプ。ギラには土属性を強化するタイプ」


 コイムが二人にベルトを手渡した。


「そしてリーラには――」


 コイムが最後のベルトを取り出した。

 他の二つより少し装飾が凝っている。魔石も大きく、白い輝きを放っていた。


「光以外の属性を、全て光に変換するタイプだ」


 リーラの目が見開かれた。


「え……?」


「仲斗の提案なんだ」


 コイムが俺を見た。


「リーラの光魔法をもっと強化できないかって。だから、他の属性を光に変換する仕組みを組み込んだ」


 俺は頷いた。


「リーラの光魔法は強力だ。でも、コイムの転送魔法をサポートしている時、光以外の何かを感じたんだ」


 リーラが俺を見つめた。

 その目に、複雑な色が浮かんでいる。


「飯場くん……私のために……」


「仲間だからな」


 俺は笑った。


「使ってくれ。きっと役に立つ」


 リーラがベルトを受け取った。

 その手が、かすかに震えていた。


「……ありがとうございます」


 リーラの声が掠れた。

 俺は気づかないふりをした。


「さ、みんな装着してみて」


 コイムが促す。

 三人がベルトを腰に巻いた。


 クラーラのベルトが青く光る。

 ギラのベルトが茶色く光る。

 そしてリーラのベルトが――白く、眩しく輝いた。


「わあ、似合ってる!」


 ギラが嬉しそうに自分のベルトを見下ろす。


「おお、いい感じね」


 クラーラが鏡を取り出して自分を映す。


「リーラはどう?」


 コイムが聞いた。

 リーラはベルトを見下ろしていた。白い光が、彼女の顔を照らしている。


「……温かい」


 リーラが呟いた。


「この魔道具、温かいです」


 その言葉に、コイムが微笑んだ。


「魔力が体に馴染んでる証拠だよ。相性がいいんだね」


 リーラが顔を上げた。

 その目には――涙が浮かんでいた。


「あ、ごめんなさい。なんでもないです」


 リーラが慌てて目を拭う。


「嬉しくて……つい……」


 俺は何も言わなかった。

 ただ、リーラを見ていた。


 彼女は笑っている。

 だが――顔色が悪い。目の下にはうっすらと隈があり、瞼が重そうだった。


「リーラ、顔色が悪いぞ」


 俺は眉をひそめた。


「大丈夫です。少し疲れが残っているだけですから」


 リーラが微笑む。

 だが、その笑顔にはいつもの輝きがない。


「無理するなよ。昨日はあれだけ魔力を絞られたんだ」


「ありがとうございます、飯場くん」


 リーラが俺を見た。

 琥珀色の瞳が、少しだけ潤んでいる。


「昨日は……助けていただいて」


「俺じゃない。みんなで戦ったんだ」


 その時、鐘の音が響いた。

 午後の授業の合図だ。


「あ、もうこんな時間」


 クラーラが立ち上がる。


「教室に戻りましょう」


 俺たちは中庭を後にした。

 溶けかけた雪を踏みながら、校舎へと向かう。


 リーラは少し遅れて歩いていた。

 その背中が、どこか寂しげに見えた。


 ◆◆◆


 それから三日が過ぎた。

 リーラの様子が、日に日におかしくなっていった。


「リーラ、今日も顔色が悪いな」


 朝の教室で、俺は声をかけた。

 窓際の席に座るリーラを見る。朝日が差し込んでいるのに、あの顔は青白い。


「大丈夫です。少し寝不足なだけですから」


 同じ答えだ。

 三日間、ずっと同じ答えだった。


「本当に大丈夫か? 神殿に行った方がいいんじゃ――」


「大丈夫です」


 リーラが遮った。

 その声に、わずかな苛立ちが混じっていた。


 俺は黙った。

 これ以上踏み込むべきではない――そう感じたからだ。


「……ごめんなさい。強く言ってしまって」


 リーラが俯いた。


「私、最近……疲れやすくて……」


「無理するなよ。辛かったら言えよ」


「はい……」


 リーラが頷いた。

 だが、その目は俺を見ていなかった。


 ◆◆◆


 四日目の朝。

 リーラの席は空だった。


「あれ、リーラは?」


 クラーラが首を傾げる。


「今日は休みなのかな」


「昨日も早退してたからね」


 ギラが心配そうに言った。


「体調が良くないのかも」


 俺は嫌な予感がした。

 リーラの顔色は日に日に悪くなっていた。神殿での治療は終わったはずなのに、なぜ――


「おはよう、みなさん」


 教室のドアが開いた。

 担任のリル・リル先生が入ってくる。今日のコスプレは――大魔法使い。星をあしらったローブに、尖った帽子。


「はい、みなさん注目」


 先生がパンパンと手を叩く。

 教室が静まった。


「リーラ・ブライトさんについてです」


 俺の心臓が跳ねた。


「彼女は現在、自宅で療養中です」


 やはり体調を崩していたのか。

 俺は少しだけ安堵した。だが――


「そして」


 先生の声が、一瞬だけ沈んだ。


「ご家族から連絡がありました」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「リーラ・ブライトさんは――退学されることになりました」


 時が止まった。

 教室中がざわめいている。俺の耳には何も入ってこなかった。


「退学……?」


 声が出た。

 自分の声だと気づくのに、少し時間がかかった。


「はい。ご家族の意向です」


 先生の声は平坦だった。

 だが、その目には――怒りとも悲しみともつかない色が浮かんでいる。


「待ってください」


 コイムが立ち上がった。

 いつもの飄々とした態度が消えている。


「理由は何ですか。なぜリーラが退学なんですか」


「それは――」


 先生が言いかけて、口を閉じた。


「……私の口からは言えません」


 その言葉が、答えだった。

 言えない理由。家族の意向。何かがある。


「先生。リーラの家はどこですか」


 俺は立ち上がった。


 先生が俺を見つめ返した。

 その目が、ほんの一瞬だけ――期待するような光を帯びた。


「ブライト公爵邸。王都の北区にあります」


「行ってきます」


 俺は鞄を掴んだ。


「待って、仲斗くん」


 ギラが声をかけた。


「私たちも一緒に――」


「いや、俺一人で行く」


 俺は首を振った。


「ブライト公爵家は光属性の大貴族だ。普通の生徒が押しかけても、門前払いされるだけだろう」


「でも……」


「俺は勇者の息子だ。家柄的に、相手にしてもらえる可能性がある」


 コイムが頷いた。


「確かに。飯場家と対等に話せる貴族は限られる。仲斗なら、門を開けてもらえるかもしれない」


「だから、俺一人で行く。お前たちは情報を集めてくれ」


 クラーラが立ち上がった。


「わかったわ。私は貴族の噂を探ってみる」


「僕はリル先生に聞いてみるよ」


 コイムが言った。


「リーラのこと、気になるから」


 ギラが俺を見つめた。

 心配そうな目だ。


「気をつけてね、仲斗くん」


「ああ。行ってくる」


 俺は教室を飛び出した。


 ◆◆◆


 王都の北区は、貴族たちの邸宅が立ち並ぶ高級住宅街だ。

 石畳の道を歩きながら、俺は巨大な屋敷を見上げた。


 ブライト公爵邸。

 白亜の壁に金の装飾。門には光属性を示す太陽の紋章が刻まれている。

 まさに光の貴族の居城だった。


 俺は門に向かって歩いた。


「止まれ」


 衛兵が槍を交差させた。


「何用だ。ブライト公爵家に何の用がある」


「飯場仲斗です。リーラ・ブライトに会いに来ました」


 衛兵の目が変わった。

 飯場――勇者の姓を聞いて、態度が僅かに軟化する。


「……少々お待ちを」


 衛兵の一人が屋敷の中へ走っていった。

 しばらく待つと、門が開いた。


 中から、一人の男が歩いてくる。

 金髪を後ろに撫でつけた、威厳ある風貌。鋭い碧眼。長身で、隙のない立ち姿。

 明らかにただ者ではない。


「私がレイモンド・ブライトだ。ブライト公爵家の当主を務めている」


 男が名乗った。

 リーラの父親――ブライト公爵本人だ。


「飯場仲斗です。リーラのクラスメイトです」


 俺は頭を下げた。


「リーラに会わせてください」


 レイモンドの眉が動いた。


「勇者飯場の息子か。話は聞いている」


「はい」


「そして――サキュバスの子でもあるな」


 その言葉に、空気が凍った。

 レイモンドの目が細くなる。侮蔑と嫌悪が、隠しきれずに滲み出ていた。


「闇属性の半魔族が――」


 レイモンドの口元が歪む。


「穢れた血を持つ者が、我が娘に何の用だ」


 爪が掌に食い込む。

 「穢れた血」――その言葉が、胸の奥で何かを燃やす。


 だが、ここで感情的になっては駄目だ。


「リーラの退学を聞きました。理由を教えてください」


「お前に関係ない」


「あります。リーラは俺の仲間です」


「仲間?」


 レイモンドが嗤った。

 冷たい、嘲るような笑い。


「あの子に仲間などいない。いるはずがない」


 その言葉が、俺の中の何かを刺激した。


「いる」


 俺は一歩前に出た。


「俺たちがいる。リーラは一人じゃない」


 レイモンドの顔から笑みが消えた。


「……帰れ」


 低い声だった。

 威圧感が、重りのようにのしかかってくる。


「これ以上ここにいるなら、勇者の息子といえども容赦はせん」


「リーラの体調が悪いのは何故ですか」


 俺は引き下がらなかった。


「学園では日に日に顔色が悪くなっていました。神殿の治療は終わったはずなのに、なぜ――」


「黙れ」


 レイモンドの声が鋭くなった。


「お前に何がわかる。あの子のことは、私が一番よく知っている」


 その言葉に、違和感を覚えた。

 知っている――だが、理解しているとは言わなかった。


「帰れと言っている」


 レイモンドが手を振った。

 衛兵たちが俺を取り囲む。


 俺は歯を食いしばった。

 悔しい。だが、これ以上は無理だ。このまま突っ込んでも、何も変わらない。


「……わかりました」


 俺は踵を返した。

 去り際、レイモンドを振り返る。


「俺は諦めません。必ずリーラを助けます」


 レイモンドは何も答えなかった。

 ただ、その目だけが――氷のように冷たく、俺を見つめていた。


 ◆◆◆


 屋敷の二階。

 カーテンの隙間から、リーラは中庭を見下ろしていた。


 門の前で、黒髪の少年が立ち去っていく。

 一度だけ振り返り、屋敷を見上げた。


「飯場くん……」


 リーラの唇が、かすかに動いた。

 声は出なかった。出せなかった。


「来てくれた……のに……」


 カーテンを握る手が震える。

 視界が滲む。涙が一筋、頬を伝い落ちた。


 拭う気力もなかった。

 ただ、溢れるままに――涙が落ちていく。


 腰には、コイムから貰ったベルトがまだ巻かれていた。

 白い光が、かすかに瞬いている。


「リーラ」


 背後から声がした。

 振り返ると、銀色の髪をした女性が立っていた。


 母――セレナ・ブライト。


「お母様……」


「見ていたの?」


 セレナが窓辺に歩み寄る。

 その目は、リーラと同じように赤く腫れていた。


「……ごめんなさい。私が、もっと早く――」


「お母様のせいじゃありません」


 リーラは首を振った。


「私が弱いから……」


「違うわ」


 セレナがリーラを抱きしめた。


「あなたは弱くない。あなたは――」


 セレナの声が震えた。


「あなたは、私の大切な娘よ」


 リーラはセレナの胸に顔を埋めた。

 温かい。母の体は、いつも温かかった。


「お母様」


 リーラが顔を上げた。


「私、学園に戻りたい」


 セレナの目が見開かれた。


「でも、お父様が――」


「分かってます。でも、私――」


 リーラは窓の外を見た。

 もう、少年の姿は見えない。


「仲間が、待ってるんです」


 その言葉に、セレナは答えられなかった。

 ただ、娘を強く抱きしめるだけだった。


 ◆◆◆


 学園への帰り道。

 俺は一人で歩いていた。

 夕暮れの空が、街を橙色に染めている。


 悔しかった。

 何もできなかった。リーラに会うことすらできなかった。


 だが――諦めるつもりはない。


 学園に戻ると、コイムたちが待っていた。


「おかえり、仲斗。どうだった?」


 コイムが聞いた。


「駄目だった。門前払いだ」


 俺は首を振った。


「リーラの父親――レイモンド・ブライトに会ったが、何も教えてもらえなかった」


「そう……」


 ギラが肩を落とす。


「でも、こっちは少し収穫があったわ」


 クラーラが言った。


「ブライト家について、噂を聞いてきた」


「何がわかった?」


「リーラは……光属性の貴族なのに、毎日馬車で通学していたでしょう? 普通、寮に入るのに」


 確かにそうだ。

 リーラだけは、毎日自宅から通っていた。


「噂によると、毎晩何かの『施術』を受けているらしいの。属性に関わる何かだって」


 クラーラが声を潜める。


「でも、光属性なのに何を矯正するの?って思うでしょう? だから謎なのよ」


 施術。

 その言葉が、俺の頭に引っかかった。


「リーラの体調が悪かったのは、その施術のせいか……?」


「可能性はあるね」


 コイムが頷いた。


「僕もリル先生に聞いてみたけど、『言えない』の一点張りだった。ただ……」


「ただ?」


「先生の目が、すごく悲しそうだった。何か知ってるんだと思う」


 俺は空を見上げた。

 夕暮れの空に、一番星が瞬いていた。


「まだ情報が足りない。もっと調べよう」


「うん。私も協力するよ」


 ギラが頷いた。


「リーラは友達だもん。助けたい」


「私も」


 クラーラが言った。


「仲斗くんとコイムくんの絡みも見たいし」


「最後のは余計だ」


 俺は突っ込んだ。

 だが、少しだけ笑みが浮かんだ。


「ありがとう。みんな」


 俺は仲間たちを見た。


「明日からまた動こう。必ず――リーラを助ける」


 夕暮れの空の下、俺たちは誓いを新たにした。


 何があっても――諦めない。


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