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ダンジョンでの戦闘

 森の中に爆音が鳴り響く。

 クラーラとギラの衝撃爆弾が、襲撃者たちを圧倒していた。だが森は死角だらけだ。湖畔とは違い、どこから奇襲が来てもおかしくない。

 俺は暗黒霧を展開し、彼女らの周囲を覆った。多人数の襲撃者が俺たちを狙っている。一瞬の隙が命取りになる。

 コイムは魔道具で雷属性を纏い、霧の中から神出鬼没に現れては襲撃者を電撃で無力化していく。

 クラーラとギラは強力な砲台となり、近づく敵を片っ端から吹き飛ばす。

 襲撃者は次第に数を減らし、ついに最後のペアとなった。


「ギラ、右に一人いるわ」

「確認したわ、クラーラ」


 ギラがクラーラの作った氷塊を掴み、拳で撃ち出す。


「うわっ!」


 凄まじい速度で飛来する氷に、襲撃者は反応できなかった。

 呆然とした顔の寸前で——クラーラが氷を爆発させる。


「あがががっ」


 爆風に顔を歪め、襲撃者は尻餅をついた。威力は抑えてある。だが戦意を奪うには十分だった。


「なんなんだよ、化け物かよ……撤退だ!」


 逃げようと振り返る。だが退路は暗黒霧で塞がれていた。

 そこへコイムが霧に雷を流し込む。暗黒霧が帯電し、雷雲障壁へと変わった。


「どうなってんだよ、これ……」


 障壁の中から、雷を纏ったコイムが姿を現す。


「君のパートナーなら、僕が眠らせたよ。ほら、あそこ」


 笑顔で指差す先には、電撃で気絶した襲撃者が転がっていた。

 俺は絶望する襲撃者に近づき、静かに問いかけた。


「さあ、どうする? まだ続けるかい」


 襲撃者は引きつった顔で震えている。だが視線は俺ではなく、少し上を向いていた。

 振り返る。腕を組んだギラが、無言で見下ろしていた。


「……降参だ。いい勉強になったよ」


 腕章が地面に落ちる。足元に転送陣が浮かび上がり、襲撃者たちは光に包まれて消えた。


 ◆◆◆


 森が静まり返っていた。


『森林エリアの残存チームは二チームのみ。続けて健闘を祈る』


 パフ先生の念話が頭に響く。


『ダンジョンエリアは一チームを残すのみ。転送での回収は不可能ゆえ、十分に注意せよ』


 転送が使えない。何があっても自力で脱出するしかない。

 俺たちは森の奥にそびえる洞窟の入り口を見つめた。闇が口を開けている。


「行くしかないね」


 コイムが言った。いつもの軽い調子が消えている。


「ああ。行こう」


 ◆◆◆


 ダンジョンの内部は、予想以上に広かった。

 天井から垂れ下がる鍾乳石が、どこからか漏れる光を反射している。青白い輝きが幻想的だったが、見とれている余裕はない。

 足音を殺し、壁に背を預けながら進む。


「これ……」


 ギラが足を止めた。

 通路の脇に、破壊された腕章が転がっていた。一つではない。三つ、四つ——数えるのも嫌になるほど散乱している。


「一方的にやられてる」


 クラーラが顔を歪めた。

 さらに進むと、薄暗い通路の隅に人影があった。壁にもたれかかり、動かない。


「大丈夫か」


 俺が声をかけると、生徒はゆっくりと顔を上げた。


「……君たちが最後か。なら言っておく」


 声が掠れている。


「この先は気をつけろ。相手は強い。とんでもなく強力な雷魔法を使ってくる」

「仲間は?」

「もう外に出た。俺は警告するために残った」


 俺は手を差し出し、生徒を立ち上がらせた。少しふらついたが、自分の足で歩き出す。

 その背中を見送りながら、俺は奥を睨んだ。


「待ち伏せだな。中で待ち構えて、疲弊した相手を叩く戦術だ」

「慎重に行こう」


 コイムの言葉に頷き、俺たちは奥へと進んだ。


 ◆◆◆


 狭い通路を抜けると、石造りの橋が架かっていた。

 眼下は底の見えない暗闇。橋の幅は二人がやっと並べる程度。

 慎重に渡り始めた時——コイムの足が滑った。


「っ——!」


 咄嗟にギラが手を伸ばし、コイムの腕を掴んで引き上げた。勢い余って二人は橋の上に倒れ込む。


「大丈夫……?」


 ギラが慌てて体を起こす。その下でコイムが苦笑いを浮かべていた。


「助かったよ。ありがとう、ギラ」


 コイムの肘から血が滲んでいた。石で擦りむいたらしい。


「ご、ごめんなさい! 私が強く引っ張りすぎて——」

「君が助けてくれなかったら、僕は落ちてた」


 コイムは笑って立ち上がった。


「力があるって、素晴らしいことだよ。僕は力が弱いからさ。君みたいに強い人を見ると、純粋に憧れる」


 その言葉に、ギラの顔が赤くなった。俯いて、何か小さく呟いている。


「んふふふふ」


 背後から不穏な笑い声。クラーラが両手を頬に当てて恍惚としていた。


「儚げな美少女と、それを守る大柄な女騎士……王道の百合……」


 コイムは男だぞ、と言いかけて止めた。後が怖い。


「行くぞ。まだ終わってない」


 ◆◆◆


 ダンジョンの最奥部。

 俺たちは広大な空間に出た。天井は遥か高く、無数の石像が立ち並んでいる。古代の神殿か、あるいは墓所か。

 空気が重い。肌がぴりぴりと痺れる。

 魔力だ。濃密な魔力が満ちている。


「来たか」


 声が響いた。

 石像の影から、金髪の青年が姿を現す。背中には純白の翼。だがその羽根は、ところどころ灰色に濁っていた。

 ガル・エクストラ。堕天使の末裔。


「待ちくたびれたぞ」


 その傍らに、もう一人。

 光の魔法陣を足元に展開した少女が、俯いて立っていた。

 リーラ・ブライト。

 彼女の顔を見た瞬間、俺は息を呑んだ。

 頬がこけている。目の下には深い隈。唇は乾き、かすかに震えていた。魔力を絞り尽くされた人間の顔だ。


「リーラ……」


 俺の声に、リーラが顔を上げた。

 目が合う。

 その瞳に浮かんでいたのは——助けを求める色だった。声にならない悲鳴が、琥珀色の瞳の奥で渦巻いている。

 だが次の瞬間、リーラは視線を逸らした。まるで、俺を見てはいけないとでも言うように。


「無駄口を叩くな」


 ガルが手を掲げた。


「始めるぞ、リーラ」

「……はい」


 リーラの声は掠れていた。従順な返事。だがその横顔には、何かを堪えるような苦しみが滲んでいた。


「伏せろッ!」


 俺は叫ぶと同時に暗黒ドームを展開した。

 直後——雷撃が降り注いだ。

 轟音。閃光。暗黒ドームの表面で無数の稲妻が弾け飛ぶ。


「くっ……!」


 想像以上の威力だった。闇魔法で相殺しているはずなのに、衝撃が内側まで伝わってくる。

 一発じゃない。途切れることなく、雷撃が叩きつけられ続けている。

 リーラの光魔法がガルの雷を増幅していた。光と雷は相性がいい。二つの属性が共鳴し、通常の何倍もの威力を生み出している。


「仲斗、大丈夫!?」

「なんとか……! でも長くは持たない……!」


 暗黒ドームに亀裂が走り始めた。


「きゃあっ!」


 ギラの悲鳴。

 ドームの隙間から雷撃が侵入し、ギラの腕章を掠めた。腕章の魔法陣が明滅する。


「ギラ!」


 クラーラが咄嗟に氷の壁を作り、ギラを庇った。だが、その氷壁も一瞬で砕け散る。


「ガルの固有スキルは超回復」


 コイムが言った。額に汗が浮かんでいる。


「魔力も体力も、常人の何倍もの速度で回復する。つまり——」

「こっちの魔力が尽きるまで、攻撃し続けられる」


 持久戦では勝ち目がない。かといって、この雷撃の嵐の中を突っ切ることも不可能だ。

 その時——


「あ——」


 小さな声が聞こえた。

 リーラだ。

 光の魔法陣が、急速に薄れていく。リーラの体が揺れ、膝から崩れ落ちた。


「リーラ!」


 俺は思わず叫んだ。

 リーラは石畳の上に倒れ伏している。白い肌が蒼白に変わり、呼吸すら危うげだった。


「おい、リーラ。まだだ、まだ終わってないぞ」


 ガルの声には苛立ちがあった。だが、リーラは動かない。

 ガルが舌打ちをした。


「使えん。まあいい、一人でも十分だ」


 雷撃が弱まった——今だ。


「全員、散開——」


 俺が指示を出そうとした瞬間、ガルが動いた。

 補助を失っても、その雷撃は十分に強力だった。閃光が走る。


「ぐっ——!」

「きゃあああっ!」


 ギラとクラーラの悲鳴が重なった。

 二人の腕章が砕け散る。魔法陣の光が完全に消えた。


「ギラ! クラーラ!」

「大丈夫……まだ動ける」


 ギラが立ち上がった。腕章は破壊されたが、ダンジョン内では転送魔法が発動しない。

 クラーラも痛みに顔を歪めながら、それでも戦闘態勢を取ろうとしている。


「失格になっても関係ないわ。まだ戦える」


 その言葉に、ガルが嘲笑った。


「ルールを破ってまで戦う意味などあるのか?」

「魔王にルールなんて通用しない。最後まで諦めない」


 ギラが叫ぶ。


「魔王? 笑わせるな。俺が魔王を倒すのだ。天界を見返すためにな。お前たちのような雑魚は邪魔なだけだ」

「卑怯なやり方で勝って、それで魔王に勝てると思ってるのか」


 俺は怒りを抑えながら言った。待ち伏せ、リーラへの強制、仲間への侮辱——これが天使族のすることか。


「卑怯?」


 ガルが鼻で笑った。


「魔王に正論が通用するとでも? 勝てばいいんだよ。手段なんて関係ない」


 その時、コイムが動いた。

 俺の前に立ち、ガルに向かって声を上げる。


「ねえ、ガル。取引しない?」

「……何だと?」

「僕が君の補助をするよ。リーラの代わりにね」


 俺は目を見開いた。何を言っている?


「今の僕は魔道具で雷属性も使える。君の魔法を強化できる。どう?」


 ガルが値踏みするような目でコイムを見た。


「何を企んでいる」

「僕は自分の発明品の効果を確かめたいんだ。きっとすごい威力が出る。試させてくれない?」


 長い沈黙。

 やがて、ガルの口元が歪んだ。


「……面白い。いいだろう、来い」


 コイムが歩き出す。俺は咄嗟にその腕を掴んだ。


「コイム、お前——」

「大丈夫」


 コイムが振り返った。その目が、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 そして——コイムの手が、俺の腕章に触れた。


「僕は試したいんだ。君なら分かるよね? 何とか耐えてくれるかい」


 片目を閉じて、ガルに視線を向ける。

 その瞬間、俺は理解した。

 コイムの意図を。そして、俺がやるべきことを。


 ——リル・リル先生の言葉が蘇る。


『腕章が破壊されるか、体から外れた時点で魔法陣が消失し、敗北となります』

『敗北した無防備な者を攻撃すれば、女神の罰を与えます』


 腕章のルールには抜け穴がある。

 体から完全に離さなければ、手渡しで譲渡できる。

 そして、腕章を持たない生徒への攻撃は——失格。


「……わかった。任せろ」


 俺は静かに頷いた。

 コイムは背を向け、途中でクラーラの傍に寄った。


「これ、僕にはもういらない。君が持っていて」


 腕章を手渡す。クラーラが受け取り——魔法陣は消えなかった。

 譲渡できる。それが確定した瞬間だった。

 コイムは確認するように頷き、ガルの元へ向かった。


「さて、ガル。やろうか」


 コイムがガルの隣に立つ。二人の雷使いが並んだ。

 魔道具で雷属性を得たコイム。そして超回復のガル。二重の雷撃は、リーラの補助を受けていた時以上かもしれない。


「いくぞ」


 ガルが手を掲げた。コイムも同様に構える。

 二つの雷が渦を巻き、巨大な稲妻となって俺たちに向けられる。


 俺はギラに近づいた。心配そうな目が俺を見ている。

 俺は笑ってみせた。余裕があるふりをして。

 そして——そっと腕章をギラの手に握らせた。


「これを離すなよ」


 ギラの目が見開かれる。意味を理解したのだろう。その大きな手が、腕章を力強く握りしめた。

 俺は振り返り、ガルを見据えた。

 稲妻の渦が、眼前に迫っている。


「行くぞ」


 全力で駆け出した。

 暗黒の壁を展開しながら、雷撃の嵐に真正面から突っ込む。


 轟音。

 衝撃。

 体中を電流が駆け巡り、筋肉が悲鳴を上げた。視界が白く染まり、何も見えなくなる。

 痛い。熱い。全身が焼けるように痛い。

 それでも——足を止めるな。

 暗黒の壁が砕け散る。体が宙を舞った。


「仲斗っ!」


 ギラの声。

 岩のように頑丈な腕が、俺を受け止めた。


「……ガル」


 コイムの声が聞こえた。どこか楽しげな響きがある。


「君の腕章、見てみなよ」

「何……?」


 沈黙。

 そして——


「な……何が……」


 ガルの声が震えていた。

 俺は痛む体を起こし、ガルを見た。

 その腕章から、魔法陣が消えていた。ただの布切れに成り果てている。


「女神の罰だよ」


 コイムが言った。


「腕章を持たない生徒への攻撃は失格。ルールでしょ?」


 ギラが右腕を突き出した。ゆっくりと手を開く。

 その手には、魔法陣の輝く腕章が握られていた。仲斗から預かった、たった一つの腕章が。


「君が今攻撃したのは、腕章を持たない生徒だ」


 ガルの顔から血の気が引いていく。

 俺はボロボロの体を引きずり、立ち上がった。ギラに支えられながら、それでも自分の足で。

 そして——笑った。

 唇の端を吊り上げ、痛みで歪みそうになる顔を押さえつけて。


「悪いな、ガル。正論は通用しないんだろ? だったら——策略で勝たせてもらった」

「き……さま……!」


 ガルが歯を食いしばった。拳を握り、体を震わせている。

 だが、結果は覆らない。


「くっ……俺は、手段を選ばず戦ってきた。天界を見返すために。なのに、こんな……」


 ガルの声が途切れた。

 その目に浮かんでいるのは、怒りだけではなかった。悔しさ。そして——どこか、空虚な色。


「認めろよ、ガル」


 俺は言った。


「お前の負けだ」


 長い沈黙。

 やがて、ガルは背を向けた。


「……次は負けん」


 それだけ言って、ダンジョンの外へと歩いていく。

 その背中は——どこか、小さく見えた。


 ◆◆◆


 俺はリーラの傍に駆け寄った。

 石畳の上に倒れたまま、彼女は微かに呼吸をしている。顔色は蒼白だが、命に別状はなさそうだった。


「リーラ、大丈夫か」


 声をかけると、リーラの瞼がゆっくりと開いた。

 焦点の合わない目が、俺を捉える。


「……飯場、くん……?」


 掠れた声。だが、その瞳に光が戻っていく。


「ガル、は……」

「終わったよ。もう戦わなくていい」


 その言葉を聞いた瞬間——リーラの目から、涙が溢れた。

 声もなく、ただ涙だけが頬を伝っていく。


「……ごめんなさい」


 リーラが呟いた。


「私、何も……できなかった……」

「謝るな。お前は何も悪くない」


 俺はリーラの手を取った。冷たい手だった。魔力を使い果たし、体温まで奪われている。


「立てるか? 外まで連れていく」


 リーラは小さく頷いた。俺は彼女の体を支え、立ち上がらせた。

 軽い。驚くほど軽かった。


「仲斗」


 コイムが近づいてきた。


「僕がリーラを運ぶよ。君はボロボロじゃないか」

「……悪い、頼む」


 コイムがリーラを背負った。

 ギラとクラーラも近づいてくる。腕章を失った二人だが、その表情に悔いはなかった。


「大丈夫? 仲斗くん」

「なんとかな」


 俺は笑ってみせた。

 その時——パフ先生の念話が響いた。


『魔法バトルロワイヤルは決着した。これにて終了を宣言する』


 俺たちは顔を見合わせた。

 そして——笑った。


 ボロボロだったけど、勝った。

 それだけで、十分だった。


 ◆◆◆


 ダンジョンを出ると、夕暮れの空が広がっていた。

 橙色の光が森を染め、長い影が地面に伸びている。


「綺麗ね……」


 リーラが呟いた。コイムの背中で、空を見上げている。

 その横顔には、さっきまでの苦しみが消えていた。


「リーラ」


 俺は歩きながら声をかけた。


「今度、ちゃんと話そう。お前のこと、もっと知りたい」


 リーラが俺を見た。

 琥珀色の瞳が、夕陽を受けて輝いている。


「……うん」


 小さく、だが確かに——リーラは頷いた。

 その頬が、ほんのり赤く染まっていた。


「んふふふふ」


 背後から、またあの笑い声。クラーラが鼻息を荒くしている。


「主人公とヒロインの夕暮れの誓い……王道……」

「勝手に話を作るな」


 俺が突っ込むと、ギラが小さく笑った。コイムも肩を揺らしている。リーラでさえ、微かに笑みを浮かべていた。


 俺は空を見上げた。

 夕暮れの空は、どこまでも広かった。


 戦いは終わった。

 だが、これは始まりに過ぎない。


 それでも——今は、この勝利を噛みしめていたかった。

 仲間と一緒に、夕暮れの中を歩きながら。


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