ヨコシマなる同盟
クラーラとギラのコンビネーション攻撃は凄まじい威力だった。地面に大穴が開き、水中に居たコイムは衝撃波をまともに受けて気を失っている。
俺は水面に浮かび上がった泡を見て、異変に気づいた。
「まずい! 待ってくれ、コイムが溺れてる!」
叫びながら深く息を吸い込み、水中へ飛び込む。濁った水の中、沈みゆく白い影が見えた。腕を伸ばし、コイムの手首を掴んだその時、水底の地面が隆起した。俺たちの体が水面へと押し上げられてゆく。
この瞬間、追撃されていたら終わりだった。だが二人は攻撃してこなかった。
「ぷはっ……! 頼む、手を貸してくれ!」
水面から顔を出すと、ギラとクラーラが岸辺で待っていた。ギラの顔は青ざめている。
「どっ、どうしよう…… やりすぎちゃった、かな……」
ギラの声が震えている。本心でコイムの事を心配している様子だった。
「まさか潜っていたなんて……迂闊だったわ……」
「そ、そうよ、暗黒魔法の壁、あんなに硬かった? 直撃じゃなかったはずなのに……」
クラーラは困惑した表情で疑問を投げかけてきたが、今はそれどころではない。
「後で説明する。今はコイムを——」
言い終わる前に、ギラが手を伸ばしてきた。俺とコイム、二人まとめて軽々と持ち上げられる。オーガ族の怪力は伊達ではなかった。
岩棚の上にコイムを寝かせ、すぐに容態を確認する。
「息をしてない……」
ローブを開き、胸の鎧を外す。横向きにして背中を叩くと、口から水が流れ出た。だが呼吸は戻らない。
「ギラ、心臓マッサージを頼めるか? 胸の真ん中を、リズムよく押すんだ」
「わ、わかった! 任せて!」
ギラがコイムの胸に両手を当て、力強く押し始める。俺はコイムの顎を持ち上げ、鼻をつまみ、口から息を吹き込んだ。
一度、二度、三度——。
反応がない。
「頼む、起きてくれ……!」
四度目。コイムの体がびくりと跳ねた。
「がはぁっ! げほっ、げほっ……」
水を吐き出し、コイムが激しく咳き込む。目を開けた。
「コイム! よかった、息を……」
俺はその場にへたり込み、コイムの無事に安堵した。
「……ありがとう」
コイムが小さく笑う。その目に涙が滲んでいるのが見えた。
◆◆◆
しばらくして、俺たちは岩棚の上で向かい合っていた。
コイムはまだ顔色が悪いが、意識ははっきりしている。ギラは安堵したように肩の力を抜き、クラーラは腕を組んで俺たちを観察していた。
「二人とも、ありがとう」
俺は頭を下げた。
「あの時、追撃されていたら俺たちは終わっていた。だから負けを認める。降参するよ」
それが筋だと思った。命を救われた以上、勝ち負けにこだわる気にはなれない。
だがクラーラが即座に首を横に振った。
「却下よ」
「……は?」
「負けなんて認めないって言ってるの」
クラーラの目が鋭く光る。戦意はまだ消えていないらしい。だが、鼻息荒く、血走った目には、別の感情も混じっているように見えた。
「あなたの闇魔法、おかしいわ。私の衝撃爆弾を受けて、どうしてそんなに平気なの? 普通の防御魔法じゃ説明がつかない」
核心を突かれた気がした。俺の闇魔法は魔道具によって大幅に強化されている。しかし力の大きさは自分でもまだ十分には理解していない。
「それに——」
クラーラはコイムに視線を移した。
「あなたは転送魔法が使えるんでしょ? どうしてわざわざ水の中を泳いでたの? それとも使えなかった?」
コイムが苦笑する。
「よく見てるね。君たちは魔法を撃つのが早いから、僕の装着が間に合わないと思ったのさ」
「どういう事?」
クラーラが一歩前に出た。
「今は教えられない……」
俺とコイムは顔を合わせ、お互いの意志を確認する。
「……」
クラーラは腕を組んで何かを考えている。一方ギラは、少し恥ずかしそうな顔でコイムに横目を向けている。
「提案があるわ。私たちと同盟を組みなさい」
「……同盟?」
「そう。このバトルロワイヤル、最後まで戦い抜くには情報と戦力が必要よ。あなたたちの能力は分析する価値がある。私たちの能力も、あなたたちにとって戦力になるはず」
つまり、互いの手の内を見せ合いながら戦うということか。敵を知り己を知れば百戦危うからず——だが、それは同時に弱点を晒すことでもある。
「信用できるのか? 同盟を組んだ後で裏切るかもしれないよ」
「裏切らないわよ」
クラーラがきっぱりと言い切った。
「私、興味のあるものは徹底的に調べたい性質なの。あなたたちの戦い方、もっと近くで見たいのよ」
その言葉には妙な熱がこもっていた。戦術的な取引——だけではない何かを感じる。
「私も賛成!」
ギラが勢いよく手を挙げた。
「さっきは本当にごめんなさい。コイムくんを傷つけちゃって……その、お詫びもしたいし、もっと一緒に——えっと、戦いたいなって」
ギラの視線がコイムに向いている。頬がわずかに赤く見える。もしかしたらコイムに興味が有るのかも知れない。
「仲斗、どうする?」
コイムが俺を見る。
「……悪い話じゃないと思う」
正直、この二人の実力は脅威だ。敵に回すより味方につけた方がいい。それに、クラーラの分析力とギラの火力は、今後の戦いで確実に役立つ。
「わかった。同盟を組もう」
俺が手を差し出すと、クラーラがそれを握った。小さな手だが、握力は意外と強い。
「よろしく、飯場仲斗」
「よろしく、クラーラ・キーン」
「ギラ、僕達も混ざるよ」
「はい、コイム君」
そして4人が手を合わせると、腕章が光り輝く。まるで祝福するかのように……
俺はコイムと目を合わし、笑顔で決意を固める。
クラーラは俺とコイムを鋭い眼光で観察し、ギラ視線は相変わらずコイムに向いていた。
◆◆◆
「せっかくだから、僕たちの手の内を見せるよ」
コイムがスカートの裾を持ち上げた。その下に穿いている美しく装飾された、アレを。
「ちょ、コイム! 女性の前で、だめだって!」
「大丈夫だよ、同盟相手なんだから」
大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。
だが止める間もなく、コイムの「魔道具」が二人の目に晒された。
Tバック型の下着。淡く光る魔石が埋め込まれた、あまりにも際どいデザイン。
「これは僕が開発した魔道具。装着者の魔力属性を変化させる効果があるんだ。仲斗もこれを身につけてる」
「……へえ」
クラーラの目が異様な輝きを帯びた。学術的興味とは明らかに違う、もっと獲物を狙うような危険な光だ。
「二人で、お揃いなのね……」
「そうだよ。仲斗の採寸は、寝てる間に僕がやったんだ」
「コイム、余計なことを言うな」
クラーラの呼吸が荒くなっている気がする。目が据わってゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。何かを必死に堪えているような表情だ。
一方、ギラは顔を真っ赤にしてコイムから目を逸らしていた。
「き、綺麗な魔道具だね……すごく、その、繊細な作りで……」
「ありがとう。よかったら二人の分も作ろうか? 図面を渡すから、採寸して教えてくれれば——」
「お願いするわ!」
クラーラが即答した。
「ぜひ作って頂戴。私たちの分も。いえ、私が採寸するわ。ギラの分は私が測るから」
「えっ、クラーラ?」
「いいから。これも同盟の一環よ」
クラーラの目は本気だった。何の本気かは分からないが、とにかく本気だった。
ギラはおろおろしながらも、どこか嬉しそうにコイムを見ている。
「こ、コイムくんが作ってくれるなら……私、大事にするね」
「うん、任せて」
コイムは無邪気に笑っている。この状況の異様さに気づいていないのか、気づいていて楽しんでいるのか。おそらく後者だろう。
俺は頭を抱えた。
同盟は成立した。だが、この二人を仲間にしたことが正解だったのか——正直、自信がなくなってきた。
クラーラの目は獲物を狙う猛禽のようだし、ギラはコイムを見るたびに顔を赤くしている。
まともな同盟になるのだろうか。
「さ、行こうか。まだバトルロワイヤルは続いてるんだから」
コイムが立ち上がる。さっきまで溺れていたとは思えない回復力だ。
「そうね。次の獲物を探しましょう」
クラーラが不敵に笑う。
「うん、頑張ろうね、コイムくん!」
ギラが元気よく拳を握る。その視線はやはりコイムに向いている。
大丈夫か、この同盟。
俺の不安をよそに、四人での行軍が始まった。
◆◆◆
そこは薄暗い通路、激しい閃光と衝撃音が断続的に響き渡る。
「フハハハハハハ」
高慢な笑いと共に、倒れた生徒から腕章を剥ぎ取る。しかしここはダンジョン内部、転送魔法は発動しない。
「はあ、はあ……」
息を切らし、膝を突くリーラ・ブライト、それを凍ったような目で見下ろすのはガル・エクストラ。
「ふん、思っていたよりも役に立たんな……」
「まあいい、我一人でもかまわんさ、おい、早く移動するぞ」
「んぐっ、はい、まいりましょう……」
壁に手をつきながらなんとか立ち上がると、二人は通路の奥へと消えていった。
倒れた生徒をその場に残して。




