入学初日
学園物にチャレンジしてみます。
「父ちゃん、行ってきます」
「おう、お前なら大丈夫! かわいい彼女作れよ!」
「ははっ、まだ入学初日だし、期待しないで期待しててよ、なんてね」
そう言って俺は家の玄関を出る。眼の前に広がるのは一面の花畑、その中に真っ直ぐに伸びる整備された石畳の道。その道は街道へと繋がり、人々が行き交う市場へと続く。すれちがう人々と軽く挨拶をしながら目的地である魔法学園を目指す。今日、俺はこの学校に入学し魔法を学ぶ。そしてここで彼女を作る! だったら良いのだが、実際には違う目的がある。もちろん超高難度の魔法をマスターすることは当然だが、それだけではない。
まずは親父の話からしておこう。俺の親父は勇者だ。しかも日本と言う異世界から召喚された人間で、魔王を討伐までしている。凄まじい剣豪で魔法も切る魔剣使いだ。名前は「飯場勇二郎」と言って異世界では鬼みたいに強い人と名前が似ているそうだ。それで鍛えまくっていた所に俺の母ちゃんがやって来た。
まぁ色々あって俺の母ちゃんと魔法学園の校長が、父ちゃんを召喚したらしい。そして俺が生まれた。俺の名前は「飯場仲斗」勇者の後継ぎだ。俺んちの家業が勇者なので、俺も勇者になることを期待されている。でも俺には剣の才能は無く、親父の魔剣に触れることすら出来なかった。そのかわり、魔法には自信がある。いずれ復活する魔王を討伐するために、将来は最強の大魔道士になるつもりだ。そんな事を解説している間にも、道行く人々が皆声をかけてくる。
「よう! おはよう仲斗! 今日から寮生活だな、ちょっと淋しくなるな」
道行く農夫から声をかけられる。
「おはよう仲斗、いよいよ魔法学園だな、相変わらす色っぽいな!」
道行く商人から声をかけられる。
「おっ、おはようっ、うほっ! おおおっ……」
道行くお年寄りから声をかけられる。
「うわあ、みてみて、おっぱいすごぉい!」
道行く子供から声をかけられる。
いつもの挨拶が耳に入ってくる。ちなみに俺は男だ、そしてムキムキまっちょでも無い。そしてごく普通の16歳。何でこんな挨拶なのかも一応説明しておく。原因は俺の横で寂しそうにくっついて歩く母ちゃんのせいだ。俺の母ちゃんは凄い魔力を持っている。なんてったって魔族なのだ。頭に角が生えていて、背中には黒い羽根と尻尾が付いている。どんなに寒くてもヘソと淫紋を隠すことの無いサキュバス。それが俺の母ちゃんだ。
母ちゃんは魔族だが魔王とは仲が悪いらしくて、かわりに父ちゃんとはすごく仲が良い。時々夫婦で森の奥に魔物狩りに出かける。魔物と凄まじい戦闘を繰り広げた父ちゃんは老人みたいになって帰って来る。でも母ちゃんの料理ですぐに回復する。俺もあんなふうになれるかな、ちゃんと彼女できるのかな俺。
「なぁ、母ちゃん、まさか学園まで付いてこないよな」
腕にくっつく母ちゃんを振り払おうと腕を降る。
「やっぱりマミーも入学するぅ~! 一緒に部屋に棲むぅ~!」
親が子供に駄々をこねている。
「やめろよ! 父ちゃんまで付いてきたらどうすんだよ!」
「もう魔法学園にひっこすう~!」
そう言って公衆の面前にも関わらず、今度は首に絡みついてくる。
「やめろよ! 母ちゃん頼むから子離れしてくれぇ!」
「やだやだ淋しい~っ」
だんだん首が締まってくる、苦しい……このままでは声が出せなくなりかねない。仕方がないので最後の手段を行使することにした。俺は大きく息を吸い込んで、力いっぱい叫ぶ。
「父ちゃん助けてくれぇー!」
「おぅ、助けに来たぞ、勇者に任せろ」
そこには既に親父の姿があった。どうやら母ちゃんの後ろを付いてきていたらしい。そして母ちゃんを羽交い締めにすると、そのまま人々に挨拶をしながら去って行った。
「わーん! やだやだわたしも行くぅ~!」
「おはようございます、お騒がせしました。仲斗もがんばれよぉ――」
親のお陰で話が進まない……。
なんとか魔親を振り払い、街へと向かう。表通りには様々な種族や職業の人々が行き交っている。そして若い学生も多い。魔法学園は全寮制となっていて、普段の街では学生の姿は無い。しかし今日は学年の始まり、実家に帰省していた上級生も一斉に登校する。最も街に学生が多く見られる日が今日なのだ。
そしてそんな入学初日には何かがある。と親父が言っていたのを思い出す。注意しなければならないのは、曲がり角だと教えられた。パンを咥えた女子が猛スピードで突進して来た場合、決して避けてはならないと言う。次に太い木の下を選んで歩け。そこで女子が木から落ちてきても決して避けてはならない。
また、細い路地裏を歩け。そこでは女子が男数人に囲まれている事が多いらしい。そして選択肢が与えられる。まず、相手が格下と判断した場合、正義の名のもとに女子を救う。そして決して名を名乗ってはならなぬ。逆に相手が格上だった場合、あえて倒される必要がある。そして女子を気遣い平気なふりをして登校せよと。これはかなり難易度が高い。はたして俺にそんな事が出来るだろうか……。
「君かわいいねぇ、名前何ていうの?」
「えっ? な、なんですか?」
「まだ時間有るんだからさぁ、ちょっと付き合ってくれない」
「あっ、いゃっ、通して下さい。やめて下さいっ!」
道の角を曲がった途端に目前に広がる予言どうりの光景、流石は異世界人の勇者と言ったところか。青いワンピースのスカートを身に着けた白髮のエルフが4人の男たちに囲まれていた。男たちの種族は……オーガ族だった。ハッキリ言って格上どころか命の危険がある。しかし俺も勇者の息子、親父の厳しい鍛錬に耐えた自負は有る。勝てないまでも防御魔法を使えば何とかなるだろう。相手はオーガ、並の魔法ではダメージも与えられないはず、しかし目くらましぐらいにはなるはずだ。
「おい! やめろよ、嫌がってるだろ」
俺の小さなプライドが奇襲攻撃の選択を排除する。そして相手が振り向くと同時に風魔法の土煙で視界を遮る、そして土魔法の防壁展開で防御態勢を取る。基本の作戦はこれで良いはず、あとは相手の出方次第。しかし相手は4人、どう来るか。背を向けた4人の男たちを仁王立ちで見据え反応を待つ……。しかし男たちは全く無視している。こちらの声など聞こえないとばかりに。
「おっ、おいっ、聞こえないのか! やめろ!」
それでも男たちは動かない、というよりも、立ったままピクリとも動かない。そして一人、また一人と倒れてゆく。そして4人のオーガを足下に見下ろす美しいエルフ。そして空のように透き通った瞳が俺に向けられる。その時、エルフの膝が地面に突き、崩れるように倒れた。
「あっ! 大丈夫かっ! 怪我は?」
「ありがとう……よかった……たすけてくれて、大丈夫、びっくりしただけ」
エルフはそう言うと微笑みながら涙を浮かべる。いや、それにしても、俺は何もしていない。誰か他に居たのか? 周りを見渡し人影を確認する。しかし誰も見当たらない。何もせずに立ち去ったのか? まさか母ちゃんが居るのか? 母ちゃんならやりかねないと思いながらエルフの様子を見る。
「ありがとう、名前はコイム、コイム・ミストレスといいます。 今日から魔法学園の生徒、あなたは?」
「俺の名前は仲斗、飯場仲斗だ、よろしくな、俺も今日から魔法学園だ」
「わぁ、これからもよろしく! あっ、服が汚れちゃった……先に学園に行って着替えるね。じゃあ、学園で会いましょう」
そう言うと、エルフの女の子は笑顔で去っていった。
父ちゃん、俺さっそく彼女出来るのかな。ちょっと予言と違うけど、なんだかうまく行きそうだ、ありがとう父ちゃん。あと、母ちゃんもありがとう。そして俺は意気揚々と魔法学園へと向かう。
魔法学園は街から離れた丘の上、広大な敷地を持つ城のように巨大なゴシック調の木造建築物だ。そして建物から巨大な老木がそびえ立つ。まるで木を守る城のような佇まいだった。学園の寄宿舎は食堂を挟んで男女に別れていて、お互いに寄り添うように並んで建っている。
俺は学園の入口に入り、まず最初に属性検査を受けることになった。魔法にはその種類によって8種類に分類される。そして属性によって相性が存在する。詳しいことは後の授業で受けることになるが、俺の場合は闇属性だった。まあ、母親譲りなので当然だ。そしてこの属性の相性によってルームメイトが決定される。闇魔法に相性が良いのは時空魔法らしい。ということで、俺のルームメイトは時空魔法使いらしい。いったいどんな奴なのだろう。
期待と不安に胸を膨らませながら部屋の鍵を受け取り、荷物のカバンを持って部屋へと向かう。そして扉を開くとそこに居たのは、空のように透き通った瞳に白い髮、満面の笑顔で微笑むエルフ、コイム・ミストレスの姿だった。
「やった! 同じ部屋になった! これからよろしく!」
「えっ? なんで? あれ? まちがえた? あれ?」
嬉しさよりも混乱が思考を支配する。そもそもここは男女に分かれて住む筈なのに何故女の子がここにいる。俺が間違えたのか? それともコイムが間違えた? まさか親の仕業? やりかねない、父親も母親も、どちらもやりかねない。しかし、いくらなんでも大胆過ぎる。というよりも何でコイムは喜んでいる? まさかコイムの仕業?
「どうしたの? 一緒の部屋は嫌だった?」
「えっ? いや、さすがに女の子と一緒の部屋は……」
「なぁんだ、そんなこと、エヘッ」
コイムはいたずらっぽく舌を出しながら笑う。そして俺の肩に両腕を置いて眼前に迫ると、とてもいい匂いを漂わせながら顔を近づけてくる。ヤバい、近すぎる。顔が熱くなり鼓動が早くなる。コイムの口がゆっくりと耳元に迫る、そしてその口から囁くように声が漏れた。
「僕、男の子だから、一緒の部屋で大丈夫だよ」
何だろう、この感覚は、このなんとも言えない気持ち、エルフは皆美しく魔法も強い、オーガを倒すのも当然だろう。そしてコイムはハイトーンボイスだ。そんな人が女装しちゃイカンでしょ。俺の心を弄ぶだけ弄んで楽しんでいるのは理解した。驚きと恥ずかしさで女の子に迫られるよりもドキドキしてしまう。その結果、余計に顔が熱くなってしまった。
魔王を倒すために入学した魔法学園、できれば可愛い彼女も欲しい。待望の学園生活初日。最初にできた友人は女装小悪魔エルフでルームメイト、これからどうなるの学園生活……。
読んでくれてありがとうございます。続きもよろしくお願いします。