妹の初恋は私の婚約者
「カミーユ・アストリエ侯爵令嬢! お前とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、突然フランツ第一王子が宣言しました。
会場に一気に緊張が走ります。おめでたいパーティーで何をしてるのでしょう。
宣言された私は、わざとらしくため息をつきました。
「その件は、父からお断りしているはずですが」
あなたの一存で決められる事では無いと、分かっているでしょうに……。
「たとえ婚約破棄が認められなくとも、私の気持ちは既に決まっている。お前を愛する事は無い!」
「それは、あなたの後ろにいる令嬢のせいと思って良いのでしょうか?」
殿下の後ろには、長い金髪をリボンでまとめただけの、青紫のシンプルなドレスを着た、まだ学園に入学する前の年齢の令嬢がいます。
自分が主役のような華美な服装にしなかった事は、褒めてあげましょう。
でも、既に会場中の注目を集めてますけどね。
「そうだ。私はこのジョフロアを愛している」
「ジョフロア、あなたはどう思ってますの?」
「わ、私も……、殿下をお慕いしています」
堂々とした二人の愛の宣言に、周りが息を呑みます。
「そんな事は知ってますわ。あなたが十歳の頃から殿下を好きな事なんて、姉の私が気付かないわけないでしょう?」
会場にざわめきが広がります。彼女はカミーユ嬢の妹なのか! アストリエ侯爵家にはカミーユ嬢の下に弟と妹がいたはずだ、などと言っているのでしょうが、放っておきましょう。
「聞きたいのは、屋敷から出た事すら数えるほどしかない対人恐怖症のあなたが、殿下の横に立てますの? 皆の、好奇心や侮蔑の目に晒されても平気でいられる?、と言う事よ」
「だ……大丈夫です」
とても大丈夫とは思えない小さな声。
「ふぅ……。認めるわけにはいきませんわ。ジョフロアは初恋に夢を見ているだけのまだ子供。これで殿下とジョフロアが婚約したら、ジョフロアは『姉から婚約者を略奪した妹』と後ろ指を指されますもの。妹が不幸になる縁組など、論外ですわ」
「略奪では無い! 私がジョフロアを求めているのだ」
「綺麗事を……。世間はそうは見ませんのよ。あなたにジョフロアが守れますの?」
「守ってみせる!」
「口では何とでも言えますわ」
ふんっ! 大切な妹をそんな口約束に任せられるものですか。
城の外に出たがりの殿下は、五年前に私と婚約してからは私の家を新しい遊び場と認定し、「婚約者との交流」の名目で家に来ては妹たちも交えてカードやボードゲームをしていました。
と、言うと微笑ましい話のようですが、外を怖がり屋敷に引き篭もりっぱなしのジョフロアに殿下は興味を持ち、色々と無神経な質問を繰り出しては怒った私に「デリカシーをお待ちくださいませ!」と、スパーンと後ろ頭を引っぱたかれるのがお約束でした。
最初は「不敬な!」と殺気立った殿下の護衛たちも、当の殿下がキョトンとして「何が悪かったのだ?」と聞いているので怒るに怒れず。そのうち、毎回やってる見慣れた風景になったようですわ。
そう、毎回なので、最初はめそめそしていたジョフロアが「これが侯爵家以外の人が私を見て思う事なんだ」と考えるようになりました。
殿下と違って成長してますわね。
「それで、ジョフロアは外の人間に何を言われたのだ?」
「そうですね……。『アストリエ侯爵家の子なら、こうあるべき』とか『こうでなくてはならない』とか……。それが当然と決めつけた感じなんです」
「それは期待されているのではないか? 喜ばしいではないか。それを糧にして」
スパーーン!
「痛っ! いきなり何なんだカミーユ!」
「自分がそうだから相手もそうあるべきだと決めつけないでください! ……そうですね、殿下が、『王子なのだから、歴代国王の暗唱など簡単に出来て当然だ』と言われたらどうします?」
「う……」
「ええっ? 殿下ってば王子なのに暗唱出来ないんですか?」
下の妹のキャシーが遠慮の無いツッコミを入れます。
「出来なくは無い、の、だが……。ナントカ2世とか3世とかがちょこちょこ入るのが面倒でな……」
「もし殿下が即位されたら、フランツ何世になるんですか?」
「フランツ2世だ」
「3世です!」
「キャハハハ!」
殿下がぽろっと無神経な事を聞き、ジョフロアが精一杯自分の考えを答え、私が「いい加減になさいませ」と殿下を引っぱたいて、下の妹が大笑い、というのがいつもの流れでした。
そして、いつしかジョフロアは殿下に恋をしていました。
家族は皆、ジョフロアの失恋を確信していました。
だって、殿下がジョフロアを選ぶという事は、王座を諦めるという事。国王陛下も貴族議会も、私を捨ててジョフロアと婚姻するなど許すはずがありませんから。
時折り、殿下がジョフロアを優しい目で見るようになったのは気付いていました。
でも、「婚姻とは、国を運営するためのビジネスパートナーとするもの」と私との婚約を決めた殿下(私も同感ですが)が、とても王家の妃に相応しいとは言えないジョフロアを選ぶ事など……。
そう思っていたのに。
「何故、そなたもそなたの父も私の申し込みを疑う。口先の言葉が信じられないと言うのなら、私は王位継承権を捨てよう」
「それほどのお覚悟ですか……!」
会場にどよめきが広がります。なんて爆弾発言してくれてるんでしょう。
「……分かりました。婚約破棄を受け入れますわ」
「カミーユ……。すまない」
「いいえ。おめでとう、ジョフロア」
「姉様……」
あり得ないと思っていた妹の初恋が叶った…! 私とジョフロアは手を取り合う。
「ここに宣言する! 私は、このアストリエ侯爵家 長男 ジョフロアと婚約する!」
一瞬の沈黙の後、
「長男ーーーーーー?!」
という皆の叫びが会場を揺らしました。
「殿下! 何をお考えなのですか!」
「わが国では男同士の婚姻は許されませんぞ!」
殿下が、興奮した貴族たちに囲まれています。
「なら、法を変える。変えられなければ、生涯婚約者でいればいい事だ」
「そうはまいりません!」
……仕事面ではやたら優秀な殿下に、口では勝てないでしょうねぇ。
私とジョフロアの事は、声をかけたいけどためらっている令嬢たちが遠巻きに見ています。
弟として生まれたジョフロア。鬼神と言われた将軍の名前をいただいたのに、幼い頃は病弱で、丈夫に育つ呪いに女の子の格好をさせていたので、キャシーと遊ぶ姿は姉妹のようでした。
やがて健康になり男の子の格好になったのですが、本人はそれを歓迎していないのが分かりました。戸惑っているのかと見守っている間に、目に見えて元気が無くなり、とうとう「無理です」と泣き出して私と両親は驚きました。
自分は男の子として生きられない。周りに「男の子なんだから」「嫡男なんだから」と言われるのがつらい。自分は期待に応えられない。
「こんなでごめんなさい」
そう言うあなたに、私たちは何としてもあなたを守ると決めたのですよ。
こちらをうかがっている令嬢たちに、こちらに来るように手を振ります。
恐る恐る近づいてきた人たちの中で、親しくしている伯爵令嬢が
「ジョフロア様は……、男性なのに『妹』なのですか?」
と、皆を代表して尋ねます。
殿下が最初に聞いた事と同じ事を聞きますのね。
「この子が妹でなくて何ですの?」
笑顔で答えました。
……本当は、最初の頃はジョフロアがいつか男の子に戻るだろうと思ってましたのよ。女の子の姿は、幼い頃の微笑ましい思い出になるのでは、と。
でも、あなたが殿下に、男性に恋をしたのに気付いた時に分かったんです。あなたは私の妹なのだ、と。
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10月26日 6位になりました!
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