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山田はノーベル作家がどれほどの苦しみを抱えていたのかについて思いを巡らした。
人間や生物に対しての深い洞察。
世界という不可思議な現象に巻き込まれたことへの諦めにも似た動揺と諦念から湧き起こる慈愛の眼差し。
万巻の書物を読み尽くしても得られなかった悟りの境地に導かれる思いがして山田は身震いした。
常に微笑みを絶やさず、悩みを打ち明けると親身になって聞いてくれた。
あの人生の師がもうこの世にはいないのだ。
無限の苦しみに耐えかねて静かに人生を後にしてしまったのだ。
山田は襲ってくる感情の大きさに自分を見失いそうになった。
床に手をついてゆっくりとしゃがんでから身体を丸めてダンゴムシのような姿勢をとった。




