28/48
28
日本でノーベル文学賞を受賞した人物は二人いるという。
その一人が今往来を歩いている。
彼の名は山田太郎。
大変な読書家で国会図書館の蔵書を全て暗記していた。
小説のあらゆる技法に通じていたが、私小説として自意識の問題を扱う作品に定評があった。
33歳だったがすでに禿げていて誰からも疎まれていた。
山田に気が付いても声をかけるものはいなかった。
山田自身特にそのことに気づいている様子はなかった。
彼はごくありふれた住宅の前で歩みを止めた。
そこにはもう一人のノーベル賞受賞者が住んでいて新しい作品の執筆中だった。
山田は玄関のドアまで歩きチャイムを鳴らした。
表札には「アホ」という文字が書かれていた。




