素直なふたり
千鶴が意図せずデルトディードに奢らせてしまったと気づいたのは、彼の小銭入れから自動販売機でホットカルピスを購入した後だった。
(だめだ、全然頭働いてない……どころか、頭、痛い)
千鶴がデルトディードのいる場所ーーーつまりは千鶴のデスクに戻ると、猛スピードで仕事は進んでいた。
ここまで甘えることはなくとも、たしかに誰かに聞けばよかったのだ。
千鶴は反省する。
「あの、デルトディードさんすみません、小銭入れまで。お金、お返ししますね」
「100円ちょっとでしょ? いいよ、俺がみみっちいみたい」
少し呆れたようなでも楽しそうに笑ったデルトディードを見て、千鶴は優しい表情がよく似合うな、と思った。
宣言通りの30分で、千鶴を何時間も苦しめていた仕事は終わらされた。
「もう終電ないけど車で来てる?」
デルトディードに聞かれて千鶴は時計を見た。
「いえ、タクシーで帰ります……」
「勿体ないよ。深夜のタクシーも危ない人いるし。俺は車だから最寄駅か家まで送るよ。最寄りから家まで何分?」
「えっと、10分くらいなので! あ、◯◯駅です」
「そのあたり治安は悪くなさそうだけど10分はちょっと心配。やっぱり家まで行きましょう」
「何だか何もかもご迷惑をかけてしまって。申し訳ありません」
うなだれた千鶴だが、「まだ若いし頑張っている証拠じゃないかな。今回は頑張りすぎだけど」と、また優しく笑うデルトディードを前にほっとした。
彼は全く嘘をついていない。
何故かわからないがそう確信できたのだ。
家に送ってもらうためにデルトディードに住所を伝えるのにも、千鶴は少しも躊躇がなかった。
デルトディードがナビを見ながら「ボーッとしていても大丈夫だよ。俺、この辺の道はわかるから。無理に話そうとしなくて大丈夫」という言葉に甘えて、助手席でほとんど話すことはなかった。
車中、言葉は最小限だったが、居心地は悪くない。
千鶴は本気で眠らないように苦労するほどだった。
千鶴の家が見えたところ、車を止めやすい道で「ここでいいかな」とデルトディードに聞かれる。
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ゆっくり休んで。おやすみ」
おやすみ
デルトディードの穏やかな言葉の響きを反復させながら、千鶴はベッドの中で即、寝落ちした。
疲れ切っているわりには悪くない。
不思議な浮遊感があった。