静浜の物語 走れbicycle
次の中京という大舞台の前にいかにしてフランクが転身を遂げたか 遂げざるを得なかったかが 明かされます
①階段の踊り場から強烈な光が差し込んでいた しばらくしてこけしのような影が浮かび上がる ずいぶんと汚い形ね もう少しまともな格好はできなかったのかしら こけしが喋った 少し斜めに顎をしゃくっているらしい 知るかよ此処よりは牢屋だか監獄だかにいた方がまだマシだとそう思った 突如としてN.A.E軍に捕まったと思ったらすぐに釈放され 旧型というよりか古典的なクラシックとも言った方がマシなクルマに乗せられ連れて来られたのだ ねぇ どう思う どう思うって何が これよコレ 髪の毛 ヘアスタイル 耳の上あたりに髪の毛を掻き上げて見せた ついさっきまで 膝まで届くかという長い髪だったんだけど 何年ぶりかしらね バッサリとやっちゃったの くるりと今度は一回転してみせた その瞬間 何故か無い筈の長い髪が日差しの中で舞っているかの様に見えた 前のヘアスタイル見てないのに似合うかどうか分かるかよ おやおやマイカさま 思い切った事をなさいましたな でもまあ おかっぱ頭 よくお似合いですよ クルマを運転していた老人が着替えを終えて階下に控えていた マイカって言うのかよ ヘアスタイルだと まいっか 失礼ね はぁ あんた独り言を言うクセがあるみたいね 聞こえてるわよ まいっか って なによ 此処のお屋敷はね 良くも悪くも音がよく響くのよ 気をつけなさいよ あんたの名前は 言いなさいよ あたしの名前は 苺の花と書いて苺花 あんたの名前は 苺の花 変なの 変じゃない かわいいって言うの いいから あんたの名前 教えて フランク フランク・ロイドっつうんだ そう フランクなのね ほんとに 何故かほっとした様な口振りだった やがて肩に羽織るものを着せられて 侍女に付き添われる様にして階段を昇っていった ノースリーブのネグリジェ姿だった 老人が言った 苺花様はご病気なのです ひらにお許しを
②昔むかしの白黒テレビの中に出てきた様な長テーブルに 一人だけポツンと座らされたフランクがいた この屋敷の主人は忙しく慌ただしい日々を送っているらしい 昨日数日ぶりに戻ってきたばっかりだというのに 昨夜また出かけたきりまだ戻ってきてない由だった 苺花は 大抵自分の部屋で食事を済ませるらしい クルマを運転してきた老人が執事を務めているらしく しかじかカクカクの説明は受けた 肉か魚 どちらを注文されるか聞かれて 面食らった どちらでもあり合わせでいいと 答えて置いた ガランとした食堂でパンと付け合わせで肉料理を喰らうトリニクだった 気を遣わなくて良かったと言ったら 皮肉に聞こえるかも知れない ソレにしても客人一人に召使いが推定十数人 稼働しているらしく 落ち着かない気分になる 緊張のあまり食事を始める前に 腹痛を起こしたが 兎に角ムリやり詰め込む事で漸く腹痛が治まった 出掛けてくる 屋敷の周辺でも当たりをつけたい ご随意に そう返されて 面食らった 方向音痴なのに 無事に戻れるだろうか まぁ ムリに戻りたくなる様な環境でも無いが 不安が面に過ったのを察してか 老執事が声をかけてきた 広からず狭からず 暑からず寒からず 山あり川あり谷あり海ありの ヤマトのリップルタウンと呼ばれている ココ 静浜は 大変過ごしやすい所でございます 病院も墓所もありますゆえ 何もご心配をなさりませんよう 皮肉か 胸のうちでひとりごちた 円を描く様に歩きなさいませ ごく自然に元いた場所にお戻りになる事が出来まする そんな老執事の声に背中を押される様にして屋敷を出た 屋敷のぐるりに植えられているのは 海柘榴つばきであるそうで 寒い時期は壮観な眺めになるらしいその分手入れが大変で 毎年の様に毛虫退治にてんてこ舞いになる 老執事の話ではそう出た 道に迷ったら 海柘榴屋敷は何処か 聞けば誰でも知っているとの事 一日中ほっつき歩いて わかった事 この町の中心部 むしろ心臓部と言っても過言でないのは 病院だった 外周外回りはツバキ屋敷同様のお屋敷がそれぞれ趣向を凝らしながら取り巻いており 渦を巻く様に周辺から中心部へと 辿って行くと ソコが病院だった 田舎町にしては大層立派な佇まいで ツバキ屋敷に帰り着いた後 ところ構わず 使用人達を捕まえては 食事中も 質問攻めに合わせて 町の情報を聞き出した 病院はこの屋敷の主人がほとんど独力で設立したものらしい 若手の優秀な医者の卵を全国から掻き集めて 今では 全国でもベスト10に挙げられるほどの大病院になっているそうだ 元々上級国民 金持ち達の避暑地の様な土地柄でもあり 繁盛している様子だった 苺花もモチロンお世話になっており というか 特別に腕っこきの医師が二名 代わりばんこに 往診に訪れるという 早い話 病院自体が苺花の病気を治す為 診察させる為に 作られたと言っても過言ではないそうだ 本田家は 知る人ぞ知る名家であるとの事 まるっきり何も知らずに 滞在しているフランクを 不思議な生き物を見る様な目で 使用人達が 半ば呆れた様に眺めている様子が見て取れた まぁ 躾の良い犬の様に さり気なさを装ってはいたが やはり場違いの所に場違いの人間が紛れ込んでいる感が強くなる また胃が痛くなった きゅっと 搾られる様な感じだ 自分に割り当てられた部屋のベッドで蹲った
③女性に対する口の聞き方がなって無いわね これからはもう少しお勉強したほうがいいわね 別にモテたいとはモテるとかモテないとかじゃなくてマナーなのわかった どうも苺花とは 上から目線での会話 むしろ一方通行の宣告の様な通告の様な 会話しか出来ていなかった たまに気分が良い時に 部屋から階下に降りてくる 会うなり喧嘩腰の様な場面が立ち現れてしまう なんかな 周りに気付かれない様に そっとため息をつく 女王様かよ 我儘放題に振る舞っている様にしか見えなかった この屋敷の主人はどうしている 甘やかし過ぎだろ ひとりごちた 両親が早く亡くなり 祖父と孫娘二人きりの家族のせいもあろうか あるいは上級國民からして ああいう態度振る舞いが習い性となっているのか 下級国民 フランクは またまたため息をつかざるを得なかった 折り悪しく ソレを苺花に見咎められてしまう なに いや 音楽でも と思って 娯楽室にプレーヤーがあったよな あるわよ そうね 久しぶりにアタシも聴いてみよっかな 以来 苺花の選曲により 延々とレコードを聴かされるハメに陥った お目当てのレコードを探して針を落とすのが フランクの役回りとなってしまう まさしく顎でこき使われる 使用人の如き状況だった 挙句 マナーが如何の斯うの イヌではない むしろ自分の方が 勝手に連れて来られた 客人ではないか なんか勘違いしていないか 対等の口利きをするのが 苺花は気に入らないらしい まぁ 敬語を使うのは祖父だけだから しょーもないと言えばしょーも無いのだが ツカレる タスケて 使用人達は この状況を見て見ぬふりをするのが すっかり習い性になってしまった様だった そのせいか 一人で出歩く事が多くなった 元々街角ウォッチングならぬ ブラブラ歩きは 苦にはならない性質たちではあったが 朝晩の食事の支度やベッドメイキングは毎回キチンとしてくれているのは良いのだが なんせ 現金収入がまるで無く 遠方に出かけることも儘ならない ほぼ街中に限られる 飼い殺しやな 流石にこの状況がひと月も続くと悲鳴を上げたくなってきた 恥を忍んで 金銭貸借を申し込もうかと思った時に 事態は急変した
④苺花が病院のベッドで点滴と呼吸器に繋がれていた 似たような光景は自分の周りの人間達でこれまで散々見てきていた かなり深刻な病状らしく 屋敷にピンと張り詰めた空気が漂っていた 主人はまだ出掛け先らしく 何度か電話でのやり取りを医師や執事達と交わし合っていた ソレにしても ひと月にはなる 不在とは どんな用件なのだろうか このところは暇だったのだが 本田家の習い性 ジンクスで用件が立て込んだら 今度の様に長期不在になるのは珍しいことでは無い と執事が話した ともかく苺花の見舞い面倒をよろしく頼む との伝言が主人からフランク宛てにあったという なんでオレが とも思ったがそこは一宿一飯の恩返し 引き受ける事にした 懸命の介護 見舞いもあってか 漸く危機を脱出した様だった ひと月ほどで 無事退院の運びになった 屋敷に帰った苺花は 塞いだ様に 無口でいる事が多くなった まあや 女性の使用人を常に侍らす様になっていた それまでフランクが部屋に立ち入る事を拒んでいたが まあやがいる時はフランクの見舞いを受け入れる様になっていた 毎日の様に二人の医師が交代に往診に訪れていた とりあえず病状は落ち着いている様だった が わからない 一年保つか 半年保つか 表面的には穏やかな医師たちの様子から フランクは直感した 自分に何が出来るか 何かしてやれる事はないか 初めてフランクは苺花と本格的に向き合う必要を感じた
⑤結局 毎日の様に小一時間ほど 見舞いに訪れては ベッドの側で付き添う事しか出来なかった まあやから 病状を聞きながら 苺花の機嫌の良さげな時に話しかけてみる 苺花から話しをしない限り 出来るだけ黙っている様に努力した 苺花からは 時折 何か他にする事やる事が無いの と憎まれ口を聴かされるが 今のところは特にない 主人から苺花に付き添う様に 頼まれている 主人はまだ帰宅していない 主人が帰宅したら身の振り方をはじめ 色々と相談 行動する事になろうかと思っている ソレまでの辛抱 時間稼ぎだ 率直に話した むしろ苺花の方こそ 何かやりたい事 しなければならない事は無いのか そんな事 出来もしない事を今更望んだって 苺花は適当に聞き流している様だった 三ヶ月ほど主人は留守にしていて 急に立ち戻ってきた 突然 苺花の部屋に現れて苺花を抱きしめた お帰りなさいませ 苺花は素直に挨拶した その様子を見守ったフランクは まあやに目配せをした後 静かに部屋を退出した とりあえず フランクの役目は ひとまず終わったのだ
⑥近頃 当家の周辺に見かけない者共が出没している様子がございまして いかがいたしましょうか 今時分 わたしに用があるなら 直接私に会いにくるだろうて ソレが味方であれ敵であれ としますと 若様の関係でしょうか だろうな 何者でございましょう さあな ソレを探るのはお前の仕事だ 左様でございまするが 若いヤツか 執事はうなづく 使えそうなヤツなら 本田の取り巻きに加えてやれ お前の下で薫陶するが良い 此処は年寄りばかりだからな そろそろ若いヤツを雇っても良い時分だ とりあえず執事見習いと車の運転手ドライバーは必要だ 頼むぞ かしこまりましてございます
⑦あなた お爺さまの話を聞いた あぁ なんやかんやとね 何やかんやじゃないわ 大事な大事なお話がいっぱいいっぱいあった筈 あたしもあなたの前にお爺さまからお話があったわ なんだってお前に あたしにとっても大事な大事なお話だったからよ ねぇ あなたから見て あたしって不細工 何を急に言い出すんだ お爺さまのお話シッカリ聞いてた ああまあ どう思う どう思うって あなたはあたしでいいの ソッチかい そこのところは 少しお時間を頂きたい 突然なので考える時間を頂きたい と申し上げて退出したのだが 逃げたのね ちゃんと話を聞け 時間が欲しいだけだ 考える必要なんてあるのかしら 何 好きか嫌いか 返事すればいいだけじゃない ンな単純な話じゃないだろうに まがりなりにも 自分の将来を賭けてだな あたしには将来なんてないわ 今がベストなの 今が最後なの 次のチャンスなんて無いのよ だから あなた あたしの事好きになれそう 少なくても嫌いじゃない感じ で居られそう わからない 自分の気持ちなんて当てにならない 本当にわからないんだ ヨシ子さんでしょ 何だと あなたは今でもヨシ子さんを探している 時々お屋敷に姿を見せないのも ヨシ子さんを探してあちこちに出かけているから違う 確かにヨシ子さんは行方不明になられているだけで死んでいる訳ではない 万が一死んでたら諦めがつくかも知れない でも生きていたら将来なんてどうとでもなる でもあたしは違う 違うの 本当にこれが最後 だから あなたの心の奥底なんて知らない どうでもいい いやどうでも良くないか せめてあたしが生きている間だけでも あたしに独占させて欲しい どうせもうすぐ死ぬんだから あたしが死んだら いくらでも時間も金も余裕もできるんだから 気が済むまで探せばいいじゃない 突然苺花は気が触れた様に大声で笑い出した ベッドの上に座った体がぐるぐる回っていた どう驚いた なんてプライドの無い女だと思った 今度はポロポロと涙を流し始めていた あたしが一番最初なんだから 横田で あなたの事一番最初に好きになったんだものあたしの方が先に独占してもいいじゃない ヨシ子さんなんてドロボウ猫よ 見つかったらコロしてやる あなたの一番好きな女なんてあたしがコロしてあげるわ いつの間にやらコレット銃を手にしていた 両手で銃を構えていた ぶるぶる震えており照準が定まらない様子が見て取れた くそっ ギャルサーは大旦那預かりでまだ返して貰ってなかった ただただ静かに睨み返すしか無かった 引き金を引く音が聞こえた 思わずノッキングして避けた 助かった すかさずヒモを引っ張り 呼び鈴で急ぎまあやを呼び出した 最早手のつけようが無かった とりあえず気を落ち着かせなくてはいけない 這々の体で部屋から脱け出した 又逃げたと言われるな 口中に苦い物が込み上げてきた 苺花の立場は同情できる しかしドロボウ猫なんて 言い過ぎだ 階下に降りていくと 執事がもっともらしく立ち働いていた おい お前だろ 苺花にコレット銃を渡したのは はて コレット銃 そんなものありましたか 素人だから的を外したが 危うく おっ死んじまう所だったぞ 左様でしたか 多分 今は亡きご両親の 護身用の銃をお持ちになってたのではないかと なんで取り上げない 素人の銃ガン捌きなんて危険極まりないだろうに オレだって大旦那からギャルサーを返して貰ってないのに 左様でしたか 大旦那様に返していただく様に 話ししてみましょう いや そういう事じゃないだろうが 老執事はいかにも怪訝そうに片眉を吊り上げて見せた ダメだこりゃ 頭にきたままドアから外へと飛び出していった
⑧苺花をどう思う それはそれは大変な別嬪さんで 今は髪をバッサリと切っておしまいになられましたが もう少し首筋が隠れる位お伸ばしになさって キチンとセットして差し上げれば 浜崎や難波はどうか知りませんが ここら辺りや中京近辺では まず間違いなく 苺花様が一番でございます まあやは胸を張って答えた ソッチじゃなくて 聞き方を間違えたか 心の中で舌打ちしながら あらためて聞き直した そのどういう性格で どんな考え方をして どんな趣味をもってるんだい 大変賢くいらして 普段は大人しくしていらっしゃいますが 実は大変な負けず嫌いでいらっしゃいまして 周りの方々は時にエキセントリックな印象を受ける事がある様に思われます そりゃ 充分に感じられたよ 心の中でつぶやく あんな目に遭わされたらな 誰もがそう思うだろうよ 趣味は ご趣味は さあなんでしょう ひと通り家事全般に興味をお持ちでございまして このところは編み物を色々なさってございます 編み物か ルーチンワークを根気よく丁寧に又手早くテキパキと片付ける 物事の全体に目を配り段取りを上手く運用出来る 手先が器用で物事を計画立ててすすめる事を好む か その通りでございます まあやが驚いた様に 同意した ありがとう なんとなく わかってきた
⑨執事の自転車を拝借する この頃は車で出掛けることが多く 使わない事が多いので 自分が使ってくれてもいいという クルマに負けず劣らずの旧型で 頑丈そうではあるものの、 全体的に重くて野暮ったい ハンドル重え〜 油くらい差さないとギアがギコギコうるさい 車庫を覗いたが出払っていてクルマは見当たらない 確かクルマに自転車専用の修理道具も積んであるはずであった 金持ちの家って意外に便が悪いな 車庫から出たところ 視線を感じた ふと見ると 向かいのお屋敷の二階からこちらを伺っている者がいる 苺花だった このところ気まずくて会わないでいた 自転車を押して歩くうちに思わず声がでていた 苺花〜 コッチ来いよ〜 後ろ乗っけてやるよ〜 苺花は少しビクッとした様子であったが やがて階段の踊り場まで降りて来た 玄関ホールでその様子を見ていたが ネグリジェ姿のままだった いくらなんでもそのカッコでは不味いだろうに 階下に執事のコートが掛かっているのが見えた しょーもな 下まで降りてきた苺花には自分の着ていたジャンパーを脱いで与えると 執事のコートを拝借して自分で羽織る 行くべェか レッツらゴー 後ろから小さな声がブエンビアへと唱和した 力一杯漕ぎ出した 軽い 後ろに乗っかっているとは思えないほど軽い 何度か確認したが 苺花は自分の腰をしっかりと握っている そのあまりの軽さに確かに病人を乗せている事を感じざるを得なかった やっぱ無茶だったか 寒くないか 痛くないか 時折り尋ねる ホントはしんどいのだろうが
ダイジョブ ダイジョブと答えていた 此処だ 着いた 其処は見晴らしの良い丘だった 街は勿論 反対側は遠く中京の町々が見えた 此処は多分 昼間より夜が良いと思うよ お星様がキンキラキンに見えるに違いない 花火を観るのも良いかもしれないわね どうやって見つけたの 苦しい息遣いから苺花が聞 まぁ チャリンコ漕いでたら 偶々 偶然 見つけたというか 麓から見えるあの丘のてっぺんをどうにかして 到達したい究めたいとおもってたら何だ坂こんな坂とペダル漕いでたらいつのまにか着いてた この場所は昔 お父様に連れられて来た事があったわ ほら 彼処よ 丘の反対側の斜面を指差した 彼処が 両親のお墓 ずいぶんと久しぶりだわ 此処に来れたのは 墓標らしきものがみえた 気がつかなかった 行くかい 苺花は首を振った 今はいい ごめんなさい ともかく休ませてお願い フランクが立ちションしていると 苺花も もぞもぞし始めた お願いあたしも 道から下った藪中へ入っていった ソレを眺めるともなく見やりながら お前丸まっちいのは顔だけかと思ったらおけつも丸いのな あんたって 最低〜 向こう向いててよ 見張り役よ 背中を向けるえーと あのだな 何よ あんましその 他のヤツに見せるなよ 見せる訳ないじゃない なんというか その 身体が弱いくせして薄着で過ごす事が多いと言うか 勿体ないと言うか その 惜しいというか 何が言いたいの 正直惜しくなってきた あと他のヤツには見られたくない それって それだけなんだけどね ありがとう 本当にあたしでいいのね 帰りはほぼほぼ坂道を降るだけだったので割りかし楽勝だった 苺花は後ろの荷台から アンタって最低と 何度も何度も繰り返し叫び ケラケラ笑いながらはしゃいでいた その日の夜 苺花が 耳たぶにそっと手を触れた と思ったらすぐに手を引っ込めて すべて身を委ねてきた
⑩翌朝 マミーの匂いだ やはりアレはお母様のレシピだったのね 苺花が 手首を擦り合わせてみせた フランクに匂いを嗅がせる どう フランクがうなづく よく再現できたな 執事に頼んで 横田と浜崎を捜索させたの 何故か浜崎の警察関係者がお母様の遺品を管理してたらしくて 特別に入手したわけ コレがお母様のレシピ 赤い手帳を差し出す 見覚えのある字が見て取れた 苺花はパラパラと捲りながら ここにね食事のメニューやら民間療法みたいな処方箋が沢山出てくるの ところどころに覚え書きの様なメモがあったわ 細かい細い字でビッシリと 達筆過ぎて読めない箇所もたくさんあったからまあやにも手伝って貰って まあやの特技はね 癖字というか崩し字 をすらすらと読める事なの まあやのおばあさまが 古い時代の人だったのでおばあちゃん子だったまあやは ごく自然に読める様になったそうよ まあやがクビにならなくて済んだ理由がそれ でコチラが転記したノート だいぶ読みやすいでしょ でね 知ってた 貴方はね 22も名前があるの とても長いのよ 覚えているかしら ガキの時分に一度 完璧に覚えてたんだが いつしか忘れちまったな 赤んぼう時分には マミーが子守唄の様に 繰り返し巻き返し 聞かせてくれたそうなんだが コレが貴方の名前をノートから書き取ったメモよ ほらココ ココに susumu すすむ 進 とあるわ ココだけ ラテン字に ふりがな 震旦文字での綴りが出てくるの 貴方 お爺さまから 進 という名前を頂いたそうなんだけど ほら ココにある様に 進 というのは 元々 フランク あなたの名前のひとつ いわゆる やまとネーム というヤツだったのよ 覚えない 言われてみれば あったような気がするけど ソレからあともうひとつ 少し言い淀んだが 思い切った様に話し続ける 貴方にはね お兄様がいらっしゃるの ソレも貴方と双子の兄なのね なんだって そんなバカな ダディいやシンクレールやマミーからも そんな話しは一度も聞いた事が無いぞ 心なしか 細かく震えている様だった 4,000グラムを優に超える大きな赤ん坊で その為に 陰に隠れていた小さな小さな貴方は ウッカリお母様のお腹に置き忘れられそうになったそうよ 無事に取り上げられたそうなんだけど 極小未熟児で 果たして無事に生きられるかどうか 誰もが危ぶんだそうよ お母様が ソレはもう必死になって育てあげたそうよ でもその為にお兄様の方まで手が回らなくなってしまい 親戚に預けられているウチに 養子として貰われていったというか 取り上げられてしまった様なの 貴方のホントのお父様はあなた方が産まれる前にバイクの事故で亡くなられたそうで お父様の親友だったシンクレールが 事実上の養父となったってわけね 貴方のお父様は あじなはのベースキャンプのゲートからでて右折したところをトラックと出会い頭の事故にあって ほとんど即死だったらしいわMPが直ぐに駆けつけたそうなんだけど 直ぐに助からないと首を振ったくらいだったそうで 一応はベースキャンプの病院へ 救急車で搬送されたそうなんだけど やっぱり助けられなかったという事よ 兄貴は兄は その後は 言いにくそうだったが 首を振りつつ あなたのお兄様は最近まで ご存命だったそうなんだけど 大陸との戦役で 亡くなられたそうよ なんだって皆んな オレに関係しているヤツらは皆んな居なくなってしまうんだ クソっ 貴方のお兄様のお名前は Isamu 勇 いさむ とおっしゃるのやまとネームの違いだけで あとは貴方と同じ名前ね 双子だったからかしら おばぁは おばぁは どうしているあなたのお婆さまは何度かやまととの間に行き来があったらしいんだけど もうだいぶ前から 消息不明になられているそうよ フランクもとい進は荒い息をなんとか整え鎮めようとしていた
⑪葬儀にも姿を見せず 火葬場にも立ち会わなかった お小言かな ノックする この部屋に入るのも久しぶりだ このところ 忙しなく立ち働いていた 大旦那がデスクの前の肘掛け椅子に腰掛けていた おお よく来た まぁ 座れ ソファを顎で示した 失礼します うん ギャルサーは執事から返して貰えたかな はぁ 火葬場で空砲を聞いたから 恐らくとは思っておったが そいつは この国では四丁しか入って来てない特注品でな 三丁までは身元確認が取れていたが一丁は長らく所在不明だったものだ 君も知っているように あるべき場所にあるはずのナンバー製造番号が削り取られている うなづく ソレもそのはずだ 番号を削ったのはわたしだ 色々訳ありでな 手放したものを 君が手にして現れた 驚いたよ 君はそいつをシンクレールから受け継いだんだな まさか君があのシンクレールの息子だったなんてな 苺花からその話を最初聞いた時は俄かには信じられなかった 失礼だが 私なりに色々と調べさせて貰った 浮浪児たち路上生活というよりは 橋の下で暮らしていた者達の中に横田ベースの子がいた そういうウワサはわたくしもチラっと 聞いてはおったのだが 苺花の事やその他諸々の事情で打っちゃってしまっていた もっと突っ込んで探るべきだったな わたしのミスだ この通り許してくれたまえ 大旦那が頭を下げた 私も苺花の件では色々とご迷惑をお掛けしまして ナニか全てのことに実感が湧かなくて 申し訳ありませんでした 執事にも話したが 弔いの仕方はひとそれぞれで 様々な処置の仕方が有り得る ほって置いてあげなさい と申しつけておいたのだが ひとりの人間がまるまるいなくなるというのは 簡単な話ではない 何年にも 人によっては 何十年にも渡って 影響を及ぼす 苺花の事はあたまの片隅にそっと置いておいてくれたまえ 若いヤツは君くらいしかいない 君が消えたら苺花も又消えてしまう
それではあまりにもあの娘が可哀想なのでな あっ 今見えて来ました 丸顔で怒りンボな小さな女の子の顔が見えました 今いま やっと思い出しました 箱ブランコで私の顔を両手で挟んで何かを言い聞かせている あの子だったんですね 苺花はいくつだったんですか どうしても年齢を教えてくれなかったもんでして 16だ 君と再会した時はな 亡くなった時は17になっていた そんな若い娘を私と娶らせようとされたんですか まだまだ子ども幼いといってもいいくらいじゃないですか 私は願わずにはいられなかった 苺花の身体がね もういっぱいいっぱいだった 君も知っているようにね 今まで持ち堪えられたのが不思議なくらいでね それでも私は奇跡を祈らずにはいられなかった ほんの僅かでも苺花に元気になってもらいたい 少しでも青春を楽しませてあげたいと 願うばかりだった それがかえってプレッシャーとなりかえって寿命を縮ませたのかも知れぬ 古代のヘラス・ギリシャでは100%とはいかないまでも80%程の相性が合う相手が一生のうちに四人は見つかるという 男女のペアに限らず 男男の組み合わせや女女同士の組み合わせもあるという 場合によっては人間以外の物との組み合わせもあるそうだ いわゆるソウルメイトと言ったり ハーフムーン 失われた半身といったりするそうで 本能的に お互いに相手を求め合っているという かって人間界に生まれる以前の天上世界での完全体 結合体が地上に生まれ出た時に離れ離れとなる その為に お互いの失われた半身を求め合うからだそうだ 君の場合は苺花とは100%とはいかないまでも80%くらいは合ったのではないか 一生のうちに四人もですか 1人2人でも大概しんどいのに 自分はもうそんなのはいいです いや 君はまだまだ若い きっと苺花や以前の女達とは別な出会いが待っているだろう 少なくとも向こうの方が君に見つけて欲しいと待ち構えている事だろう 何も恋愛関係だけとは限らない これからの君は 今まで以上にはるかに多くの人達から守られていくことになるだろう 君が気づくか否かに関わらずな 君は君が気づいている以上に多くの人達から守られ助けられてきている 私はこれまでの私の人生を振り返りその事を確信している いずれにせよ 君は中京へ行け そして中京の大学校へ入り 自分の人生をまた新たに自分で切り啓いていってくれたまえ これは苺花の遺言でもある 君には学問というよりか修養というものが必要だ 自分が生きていけたら支えになりたい でもそれは出来ない相談だから とな あと それとな 例の戸籍の件だが 何とかなった 申し訳ないが 苺花とは夫婦という事で 出会った時の日付で入籍した事にして置いた その方が話しを通しやすかったという事もある 結果的に君の戸籍を汚してしまう事になってしまったが勘弁してくれたまえ 何か我が孫娘とはいえ哀れでな せめて戸籍の上だけでも二人を娶せてやりたかった 単なる私のワガママかも知れないが 許してくれたまえ 何から何までお世話になりっぱなしで感謝申し上げます 苺花の為に私は何もしてあげられなかった いやいや 苺花は喜んでおったぞ 例の丘の件でな よくぞ あの場所を見つけられたものだ 地元の人間でさえあの場所にたどり着くのは容易な事ではない 今まで10人もいないだろう 実をいうとあの場所はワシも若い頃 ほんのガキの頃に見つけられた場所なのだ その場所にはしかも両親の墓のそばと言ってもいい場所二度と行けないかも知れないという場所に連れて行ってくれた それもチャリンコでな あんなに嬉しそうに騒いでいる苺花を見るのは何年振りだろうか その事もあって 是非とも苺花と君を夫婦にしたいとワシも考えたわけだ ひとつだけお聞きしたい事があります 何かね 苺花は孫娘なんかではなくあなた様の実の娘なのではありますまいか 苺花はあなた様に対し いつもなにかを確かめたいとしていた様でした 貴方様とお会いしている時の苺花は手がいつも何となく泳いでいました 執事やばあやじゃなかったまあやでしたっけ の態度振る舞いからもしかしてと感じてたのですが 大旦那は急にひと回りも老けた様な表情になった 眼窩が黒く落ち込んでしまった様に感じられた 心なしか頭も身体もひと回り小さくなった様だった
⑫階段の踊り場に影が差した おぉ 若旦那様でしたか いや 今はもうご当主 旦那様とお呼びしなければなりませぬな どうだこの形は いえいえどういたしまして見違えまして御座います 今後はこの形で押し通すつもりだ それがようございます ご立派に存じます このお屋敷も寂しくなったな こちらに来た時には まだまだ活気があったのに お嬢様が亡くなられ今また大旦那様も身罷りましてございます 淋しくもなりましょう 古くからの召使いは私も含めて ほんの二、三人ばかりとなってしまいました 当家の財産は苺花の為にだいぶあちこちの土地や持ち家を処分した様な話を先代から承っておるが さよう しかし リコンストラクション 土地から株式その他に転換なさりまして まだまだ捨てたもん でもございません 今から此処からですぞ 盛り返すのは 横田のお屋敷 立派だったな 惜しいことをした さよう 大旦那様ご自慢のお屋敷でして お江戸で渇水騒ぎがあった時分は 地下水を汲み上げまして 大江戸でただ一つオープンしているプールだと周りの人達を矢鱈と招待しては悦に入っておられました しかしながら お嬢様のご病気が露見し発覚したのも その時分でして 大旦那様は直ちに横田のお屋敷を手放した次第で御座います なんの未練もなかったので御座いましょう あの跡地は養老院だったか身障者だったかの施設になっている様だが さよう 大旦那様は地元の為だと 格安であのお屋敷を手放したので御座います 先ほどからお前は苺花の事を お嬢様と呼んでいるが もしかしてお前知っていたんではないか なんのことで御座いましょう 苺花の父親は誰か なにをおっしゃいますやら 前は苺花様と言って 決してお嬢様呼ばわりはしなかった筈 ため息をついて一呼吸置いた後 私めときたら大旦那様のご注意を忘れておりました 若旦那様は見抜く男だ 天性のもの 野生のカンで生き延びた男だ 言葉には気をつけろとね やはりそうか 苺花の父親は それにしてもお前はよく 先代についてこれたな さよう 大旦那様の事は先々代のお館様よりお守りする様におおせつかって御座います そして今又先代より若旦那様をお守りするよう仰せつかっておりまする 三代に渡ってご当家にお仕え致す事と相成りました もしかしてお前もいたのか あのお屋敷に さよう 大旦那様の坐すところが私めの居場所でございまして あの時分もおりました 当然若様ともお会いしておりまする えぇえぇそうですとも このお屋敷に来られた時だって すぐにあの日あの時の若様だとすぐにわかりまして御座います 老執事はニッコリと微笑んでいた
エピローグ① 若様のお泊りになられた宿が火災に遭った 分かった 私がお迎えに出かけよう いや ここは若い手前共が いや あの宿をお勧めしたワタクシに全責任がある 早速馳せ参じ直接お詫び申し上げ代わりの宿をはじめ万事手配しなければならない しかしそのお身体でお出かけになられては そうだ 爺さん死んじまうぞ 死んだっていいではないか わたしには身よりもない ナニも他に案ずる必要もない このままでは先代に申し訳が立たぬ ソレでは私共も同行致し いやソレでは人数が多すぎる ソレでは コレに運転をお任せしてください いや ワタクシが自ら運転して参りたい おそらくはコレが若様に対する最後のご奉公となるやも知れぬ 私はソレでも良いと思っている ベッドから起き上がり この頑固堅牢な 老執事は言い放った
エピローグ② こわいこわいコワイ あたしは 死にたく無い お父様 お母様 お爺さま あぁ フランク あなた 助けて 助けて頂戴 テープの音声はそこで途切れていた コレを先代は ハイ いつか折りを見てお渡しする様にと 大学校卒業後が良かろうと仰せられたそうでございます この髪の束は苺花のか 若様が静浜のお屋敷に初めてお見えになった時に切られたものだそうですが 何故その日に切られたかお分かりになりますか いや知らんな偶々かと思ってたんだが いいえ大至急切らなければならなかったのです 若様に思い出していただく為に つまり 横田のお屋敷で初めてお会いになった時がおかっぱ頭だったからだそうです それまでは験担ぎで伸ばし放題でした 幼少の頃は治療の為の放射線で坊主頭でしたので 大きくなるにつれ放射線治療を嫌がりまして 伸ばせば伸ばすほど寿命が伸びる 切れば早死にすると 寿命を縮めても思い出して欲しかったそうでございます 思い出してくれさえすれば 繋がる そう信じておられたそうです 凄い理屈だな まあ 元々気が触れた様に凄い理屈を言い出すところはあったのだが 普通ならこのようなテープは録らないだろうし 録ったとしても 私にわざわざ渡そうとは思わなかっただろう これも苺花の臨終に立ち会わなかった罰だろうか
今現在の成品はこの短編までです 後の短編は未成品又は断簡しかありません 未完成のまま投稿するか 成品となるまで 己の中で熟するのを待つべきか