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罪深き町に鉄槌を  作者: 朝倉春彦
1.遅く流れる日常
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-2-

私が日向に降り立った次の日の朝。

私はセーラー服に着替えて、用意されていた鞄を両手で持ち、家の前の塀の前に突っ立っていた。


東京はまだ梅雨空で、ジメッとしていたのに、この町の空はカラッと晴れて、涼しい。


向こうにいたころはセーラー服なんて着なかったし、革靴なんてめったに履かなかった。

ついでに言えば学校に行くこともなかった。

随分と今更なことだが、自分が普通じゃなかったんだなと気づかされる。


私はまだ固い革靴に戸惑いながら、何度かつま先をトントンと地面に当てる。

右腕にした腕時計は8時前を指していた。


とっくに家を出て、学校に向けて歩き始めていなければいけない時間。

だけど、私は家の前で微動だにしない。


理由は単純、浩司が寝坊したからだ。

どうやら彼は、一度眠ると、中々起きないらしい。

今日だって私が何度か起こしても、反応一つしなかった。

諦めて、学校へ行く準備をして玄関で靴を履いているころになってようやく起きてきた(飛び起きた)彼は、あーでもないこーでもないと言いながらバタバタと忙しなく準備を始めた。


「スマン!あと10分待ってくれ!」


玄関で何も言わずにじっと浩司を見つめる私にそういうと、歯ブラシを片手に洗面所に消えていった。


そんなことが起きたのがつい12分前。

私は遅刻してもいけないので、そろそろ学校へと向かおうと体を学校の方角へと向ける。

最後に一回、家の方へと振り返ると、慌てた様子の浩司が家の扉を勢いよく開けて出てきた。


「ごめんごめん、待たせたな」

「家の鍵は?」

「いいんだ、誰も入らないさ」


家の扉の施錠もせずに、浩司は小走りで私の前に出る。

私は一瞬首を傾げた。


「さすがに走らんと間に合わないぞ!」


そういって駆け出した浩司を、私は無言で追いかけた。


走って10分。

時間は8時12分。

チャイムギリギリで学校(分校というのだとか)についた。

浩司は靴箱に自分の外靴を入れ、上履きに履き替えると、玄関で突っ立つ私に来客用のスリッパを差し出した。


「千尋はまだ上履きないからこれな、靴箱は決まってないから、適当なところに入れといて…じゃ、後でな!」


早口でそういうと、浩司は誰もいない廊下へと消えていく。

私は手渡されたスリッパに履き替えると、革靴を開いていた靴箱に入れる。

それから、職員室を探そうと周囲を見回すと、奥の廊下から出てきた若い先生らしき人が私を見て近づいてきた。


「前田千尋さんかな?」


私はコクリと頷く。


「すいません、ギリギリの時刻になってしまって」

「いいのよ、どうせ浩司の寝坊にでも付き合ってたんでしょ?」


私が時間ぎりぎりについたことを言うと、先生らしき人は苦笑いでそういった。

どうやら浩司の寝坊癖は有名らしい。


「私は高橋美奈子、中学生のクラスを担当してるの、前田さんは…浩司と同じだから3年生ね?」

「はい」

「なら、半年ちょっとだけれど、これからよろしくね。狭い町だから会うのは学校だけじゃないし…」


私は頭をほんの少し下げると、じっと高橋先生を見る。

先生は私を、誰もいない職員室の来客用の椅子に座らせると、いくつかのプリントを持ってきた。


「他にも先生は2人いるんだけどね、もう教室に行ってる。不思議なところでしょ?東京の方から来たから、最初は戸惑うかもしれないけれど」


先生はそういってプリントの束を私に渡す。


「ここ、生徒が少ないから、いくつかの学年をひとまとめにして授業をするの」

「…」

「それで、3年生は、もう一通り必要なことはやっちゃったんだ、だから授業中はこれまでの総復習プリントをやってもらってるのね」

「…」


私は無言でプリントをいくつかめくってみる。

中には、5科目の練習問題がびっしりと並べられていた。


「もし、前田さんがまだ習ってないこととか出てきたら、いつもでも私に言ってくれれば教えるから、いつもで言ってね」


先生がそういうと、私はコクリと頷く。


「そろそろ時間ね、行きましょうか」


腕時計が8時半を指していた。

私はプリントの束を鞄に詰め込み、先に席を立った先生の後ろを音もなくついていった。


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