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罪深き町に鉄槌を  作者: 朝倉春彦
6.霧の奥の自分
19/33

-3-

正午のサイレンが鳴る頃に家に帰り、何とも言えない雰囲気の家で昼食をすます。

その後、朝に来ていた警察官がやってきて祖父の遺体は1週間後に引き渡されるとのことを告げられた。


と、すれば、祖父の葬儀は2週間後。例大祭の後だ。

私はどうしようもないくらい沈んだ空気の中で、一人冷静に先の日々を数える。


午後になって、私は家にいる気を早々になくして外に出た。

浩司も、同じ気分らしく、私達は2人であてもなく町を歩く。


「あ、浩司と…千尋?」


家を出て、少し大きな通りに出ると、由紀子が私達を見つけて寄ってくる。

手に下げた袋を見るに、買い物帰りのようだ。


「ん…?ああ、由紀子か」

「……」


私達は由紀子に顔を向けると、すでに事情は知っているらしい由紀子が少し顔を顰めた。


「…とりあえず……なんといえばいいのかしらね」

「気にしなくていいさ」

「そんな顔されても説得力ないわ…それに、千尋も、そんな怖い顔しないで」

「そうかな?僕はいつも通りさ」


私がそういうと、浩司は一瞬私を見た。


「…また、遊びましょうね?」

「ああ、明日にな…」

「無理しないでね?」

「ああ、しないしない」

「……じゃぁ、また明日」


そういって、由紀子と別れて、私達は商店街の方を避けて、学校の方へと歩いていく。

太陽はまだまだ頭の上。

暑さも、今まで以上で、汗をかかない私でも首筋に一粒、ポツリと汗が溜まるくらいだ。


「……ついでさ、湖まで出てみるか」

「湖?」

「ああ、学校から外れて、砂利道を行けば…小さな湖に出る」


そういって、浩司は学校へと続く道を外れ、舗装がされていない道を行く。

私も、特に反対する気はなかったので、ついて行った。


車一台分の道の左右は、木々が生い茂り、とても湖があるとは思えない。

暫く進むと、広い広場に出た。


「ここなー、なんか知らねぇが広場になってんだよな。昔は小屋もあったらしいぜ、山菜取りに来る連中の休憩小屋だって言ってさ」


浩司が何気なく言う。

私は一度立ち止まり、周囲を見回した。


"時代劇の果し合いにでも使われそうな、開けた場所"だ。


「どうかしたか?」

「いや……ただ、あれは何かなって」


一度足を止めた私に振り返った彼に、私は広場の隅の一点を指さして見せる。


「ん…ああ、浮き球か、誰だよったく…捨てるもんじゃねえぜ?」


浩司がそういいながら、浮き球を拾いに行っているうちに、私は祖父が倒れていたあたりまで歩いていき、地面を見回す。


「しっかし新しいな、最近か?…どこかで見たような?」


向こうでは別の廃棄物があったのか、浩司がブツブツと独り言を言っていた。

私は、地面から3つほど、金色のゴミを拾い上げて、ポケットに入れた。


「行こうぜ、まだここに来るやつもいるもんだな」

「将来はゴミの山かもね」


私はもう一度祖父が転がっていた場所を振り返る。

そして、浩司に悟られる前に戻って、彼の横に並んだ。


「水の音、聞こえるだろ?」

「うん」


私は手を突っ込んだポケットで金色のゴミ…金属の空薬莢をもてあそびながら答えた。


「ほらついた」


広場から、ほんの数分。

この町の、少し緑がかった透き通った綺麗な海とは違い、どこまでも暗く、青い湖が眼前に現れる。


「じいさんが深いから入るなって言ってたな」

「この町は綺麗な場所が多いね」


私はポツリと言うと、浩司の方を見る。


「今度の、例大祭。これにかかわってる人達って、どんな立場の人なのかな?」

「あ?それは、神社と…町役場…多分だけど、新崎っていう建設会社のおっさんだ。その人も練習にはいたからな」

「そう…町の一大イベントなの」


私はそう言って、湖の水で手を濡らす。

淵に座り込んだ私の横に、彼が薄い石を持って立った。


「でもよ、やっぱり納得いかないぜ!ったくよぉ!」


そう言って浩司は石を湖に投げる。

何度か水を切って、跳ねた石は、小さな音を立てて水面に消えていった。


「何か、知らねぇがピンとこないんだ。こう…カチッと来ない」

「……」

「なぁ、千尋」

「何?」

「…お前は、何とも思わないのか?」


横に立っていた浩司が私を見下ろす。


「……私は何も」

「冷たい奴だな」

「…わた…もう浩司にも僕でいいか。僕は向こうで笑えなくなったし、泣けなくなったから」


私は素の一人称でボソッと言う。


「……時々、お前が不気味に見えるんだが」


浩司は横に座って、私の顔を覗き込んで言う。


「この前、由紀子にも言われたな」

「鏡見てみろよ、怪談話に出てくる生霊の女の子だぜ、今の顔は」

「生霊そのものだったりして」


私は浩司の冗談を取って、冗談で返す。

そして、髪をかきあげて、じっと浩司を見上げた。


由紀子の時には口元だけ笑って見せたが、彼に見せたのは無表情で、仕事の時のような無機質な顔だ。

彼は一瞬目を見開いて、目を逸らしたが、すぐに肩を竦めて見せた。


「帰るか」


そういって、浩司が立ち上がる。

私も、それに従って立ち上がった。


「さっきの顔、絶対誰にもするなよ?」

「どうして?」


帰り際、砂利道を出て、いつもの学校の帰り道に出ると、それまで黙っていた浩司が口を開いた。


「あんな顔できる奴は…爺さんくらいしかいない。人を殺したことのある顔だ。千尋がするような顔じゃないさ」

「おじいさんが人殺し?」

「戦争行ってたんだぜ、爺さんも行ってたが、一人や二人は殺してるとさ」

「……」

「千尋には似合わない。可愛い顔してんだ。由紀子とか加奈みたいに底抜けに笑ってりゃいいんだよ」


彼はそういうと、不意に私の頭に手をポンとのせて撫でまわした。


「向こうで何があったかなんざ関係ないだろ?」

「…そうだね」


そう言ってさみし気に笑った浩司に私は少し表情を緩めて答えた。


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