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罪深き町に鉄槌を  作者: 朝倉春彦
1.遅く流れる日常
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カクヨムに上げた小説をこちら側にも残しておこう…という趣旨で投稿します。

完結済み小説です。

私は肩から下げたボストンバッグと、大きなジュラルミンケースを持ってバスを降りた。

バスから降りると、背後の浜の方から来た風が私を撫でて過ぎ去った。

ここに来る前に買った麦わら帽子と、白いワンピースが少しだけ揺れた。


バスは少しの間動かずにいたが、やがて黒い煙を残して走り去る。

周囲には何もない場所で、私は1人になった。


私は背後の浜に振り返る。

背丈の半分ほどある、地面色の塀に荷物を立てかけると、私は塀の上にヒョイと乗り上げ、海の方に足を投げ出した格好で腰かけた。


そのまま、砂浜と、そこに打ち付ける波を見つめ…それから誰もいない、何もない海を眺める。

今までに見たこともない、ずっとそうしていたいくらいに綺麗な景色を暫く見つめていた。


さて、あとは迎えが来るのを待つだけだ。

私は腕時計を見ながら、投げ出した足をブラつかせる。


話では、私と同い年の男の子が私を迎えに来てくれるそうだ。

一昨日、向こうを離れる前に聞いた。


つい昨日までは、東京で暮らしていた。

生まれは北海道らしいのだけれど、生まれてすぐ、親が東京まで出た後に事故で死んだらしい。

そこから15年、祖父母も、親の兄弟も特定出来なかったとのことで、私は親やら親戚といった言葉とは無縁な人生を送ってきた。


天涯孤独といったところか。

だが、人生何があるかわからないもので、つい先月、私の母方の祖父母が生きているとわかり、そこに引き取られることになった。


「……君も一人?」


3時10分を指した腕時計から目を離してふと横を向くと、眠たげな顔をした黒猫が毛づくろいをしていた。

そっと触ろうとすると、私を一瞬見た猫はサッと逃げていった。


私は出しかけた腕を引っ込め、肩を竦めると、また海の方に目を向ける。

そろそろ日差しが痛くなってきた。

私の白い肌はほんの少し熱を帯びだしてきている。


もう一度腕時計に目をやって私はハッとする。

7月3日…今日は月曜日…平日だ。


迎えに来てくれる男の子は、私と同じで中学生。

世間的には学校が終わるかどうかの時間か…


私は帽子をさらに深くかぶり直し、ふーっと息を吐く。

この町の学校がどこにあるかは知らないが、彼が来るまではもう少しかかるだろう。


私は塀から飛び降りると、放置していたバッグとケースをもってあたりを見回す。

手頃な日陰を探そうと、周囲を見回すが、バス停の周囲は街灯だけしか立っていない。

あとは、転んだら傷が深くつきそうな道が続くだけだ。


「おーい、そこの人ー!」


周囲を見回していた私は、遠く背後から聞こえた声にゆっくりと振り返る。

夏服姿の男女4人が道に並んで歩いてきていた。


真ん中の背の高い男の子が私に手を振っている。

私は一度、手に持ったケースを下すと、小さく手を振り返した。


「えーっと、前田さんかな?」

「そう…えっと…」

「俺は平元浩司、話は言ってると思うけど、今日からよろしくな」


彼はそういうと、背後で私の方をじっと見ていた3人の方に振り返った。


「こいつらは……まぁ、帰りながらでいいか…どっちか持つぞ」

「なら、こっちを」


苦笑いしながら言った浩司に、私はバッグの方を渡す。

彼はてっきりケースの方を持たされると思ったのか、意外そうな顔をした。


「こっから5分くらいさ」


そういって浩司が歩き出す。

私も彼の横について歩き出した。


「こいつらは明日から学校でやってく連中さ、明日でいいってのについてくるって聞かなくて」


私は彼の話を頷きながら聞いて、ふと横を向くと、私と同じくらいの背格好の女の子と目があった。


「元川由紀子です」

「よろしく…」


にこやかに、穏やかそうな口調で名乗った彼女に私は素っ気なく返す。


「緊張してる?」

「少し」


私は顔を覗き込んでくる彼女にどういう顔を返せばいいかわからず肩を竦めた。


「私と浩司は千尋さんと同じ学年だけれど、こっちの2人は違うのよ」

「…?」


由紀子は穏やかそうな笑みを崩さずにそういうと、チラチラと私の方を見ていた二人組の男女を指さす。


「村田加奈です!よろしくね!」

「俺は、東義明」


活発そうな女の子と、日に焼けた男の子。確かに1つか2つは下に見える。


「そう…よろしくね…」


私は少しだけ口元を笑わせているはずだ。


「あと、私のことは千尋でいい…」


二人にそう言ってから、由紀子の方に直って言った。

これまでの人生でちゃん付けされて呼ばれたことなど一度たりともなかったから、妙にむず痒い。


「なら遠慮なく……千尋って呼ぶよ」

「……」


由紀子は目を細めて言った。

私は何も反応することなく、じっと前を見て歩く。


少なくとも、この町では孤独に過ごすこともなさそうだ。


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