第5章 【蛇龍の脅威】
目が覚めると、すでにミネルは起きて朝食を作っていた。
私も支度をして手伝っていると、子供達が起きて来た。
「ママ〜、このお姉ちゃん誰?」
男の子の方は私に興味津々みたいだが、妹はお兄ちゃんの背に隠れて、警戒して私を見ていた。
「可愛いねぇ。いくつ?」
頭を撫でながら尋ねた。
「5歳!」
朝から元気よく答えてくれた。
「妹ちゃんは?」
と、触ろうとすると、ひしっ、と言う感じでお兄ちゃんの背にしがみ付いて盾にして逃げた。
「人見知りする時期よね〜」
子供は見てるだけで飽きなくて可愛い。
料理は、ダンカンと言う土豚に似た魔獣の肉を蒸し焼きにした物と、シェーメルと言う鳥の卵で作った玉子焼きを、小麦を練って作ったパンと言うより、ナンみたいなのと一緒に食べた。
肉も玉子焼きも、味付けのメインが塩だったので、十分美味しく頂けた。
食器があるのに箸やフォークは無い。
手で掴んで食べるのだ。
郷に入れば剛に従えと言う。
手で食べるのは抵抗があったが、お腹は空いているのでナンをちぎって、ダンカンの蒸し焼き肉を挟んで口に運んだ。
「好吃(美味しい)」
「?」
「どう言う意味?」
「ごめんなさい。美味しいって言う意味よ」
昨日、ミネルに両手両足を引きちぎられて、内臓を食べられた事が嘘の様に打ち解けて、仲良くなっていた。
彼女に殺された魔兵達を生き返らせないと、と食べながら考えていた。
もしかすると、食べられているかも知れない。
その時は骨は捨てているだろう、骨から蘇生しようと思った。
それにしても、ルシエラが正しかった。
「五大厄災」の中で1番強いのは、蛇龍である事が分かった。
次がこの神猫達だろう。
大魔王達でも勝てないかも知れない戦闘力は侮れない。
「起きているか、義姉さん?」
声を掛けながら入って来たのは、昨日の屈強そうなライオネルと呼ばれた男だ。
「義姉さん?」
ミネルが義姉と呼ばれたので、きょとんとして尋ねた。
「あー、紹介するね。私の亡くなった旦那の弟のライオネルよ」
「初めまして、虞と言います。昨日は助けて頂いて、有難う御座いました」
「別にお前を助けた訳じゃないから、お礼を言う必要はない」
「ほぉら、無愛想にしないで。私の友達なのよ?」
そう言うとミネルは、ライオネルに腕を絡ませた。
ははーん、なるほど、そう言う事か。
今は義弟と出来てるのね?
私は意味深そうな目でミネルを見ると、耳まで真っ赤になった。
私は、蛇龍の巣穴に忍び込んで、吐き出された骨を蘇生させれば、ミネルの旦那も生き返るかも知れないと思っていたが、余計なお世話になるかな?
死んだ旦那が生き返ると、実の弟と妻が付き合っていた、なんて昼ドラじゃあるまいし、ドロドロ過ぎるよね。
ちょっと見てみたい気もするけど…。
後で本心を聞いて見よう。
「長老が呼んでいる。2人とも来い」
ミネルは2人の子供を連れて長老の巣穴に向かった。
飛ぶ様な速さで駆け、子供達でさえとんでもない速さだった。
「虎の子は虎って言うしね。子供でも強いんだろうな」
走っては追いつけないので、並んで飛んだ。
「唯一神の娘様、お待ちしておりました」
長老が頭を下げて招いた。
「昨日は名乗りもせず、申し訳ありませんでした。私の名前は虞と申します」
「虞様ですな」
様は要らないんだけど、と思いつつ長老の話に耳を傾けた。
「我らの宿敵、蛇龍の巣穴を苦労して見つけたのです。数日後、討伐に向かうので、虞様にもお力添えをお願いしたいのです」
「えっと、皆さんの方が私なんかより遥かに強いので、お役には立てないかと…」
「いやいや、戦闘力には失礼ながら期待しておりません。お力添えをお願いしたいのは、回復や支援をお願いしたいのです」
なるほど、それなら私にも協力出来そうだと思い、快諾した。
長老には私のステイタスが見えているらしい。
そう言えば魔界で、私レベルの回復魔法が使える者を見た事がない。
戦闘に特化して、回復士を疎かにした結果かも知れないと考えた。
蛇龍を退治する為に、木を伐り倒して矢を大量に製造した。
鱗が鎧より硬い為、このままでは役に立たないので、「貫通」のスキルを付与する。
付与するには儀式魔法級の大魔法が必要な為、日数がかかる。
その間、鍛治で刀剣などの近距離武器も作成していく。
男達が忙しくしている間女達は、日持ちする食料を準備する。
獲物を獲り、燻して燻製にしていく。
この魔界では日が差さないので、日干しに出来ない。
それが出来ればジャーキーとかも作れるんだろうと思うけど。
私の『魔法箱』に、食料が保存されているし、生活魔法で料理も出せるから、食べ物には困らないのだが、それは伏せて置く事にした。
私は燻製を作る係りの1人になって、木のチップを集めて来て燻した。
木のチップを集めるのも重労働だし、燻すのも暑くて汗だくになりながら作業した。
女子校に通ってる時や、魔族の女帝として君臨している時では、絶対に経験する事が無かっただろう。
良い経験になった。
少量であれば15分も燻せば完成するのだが、量が多いので45分くらい行う。
味をみる為に出来たてをナイフで薄く切って一口貰った。
口に含むと燻製の木の香りが鼻に抜け、口一杯に旨味が広がっていく。
それは噛むほどに味が出て来て、塩加減が良い塩梅だ。
蛇龍の討伐は、村人全員で行く訳ではない。
年寄りと子供は残して行く。
女達も全員が駆り出される訳ではない。
女で戦闘力が高い者は戦士として加わるが、他は残る。
ミネルは勿論、討伐隊のメンバーに入っている。
「ミネル、子供達を残して行くのは心配?」
「そうね。蛇龍だけじゃなく、他の魔獣に襲われないとも限らないからね。でも連れて行く方が危険だから、仕方ない」
子供達の寝顔を見ながら、優しく頭を撫でた。
「ねぇ。ライオネルとはどうなの?」
「どうって…。悪くはないわね」
「もう、しちゃったの?」
「えっ?えーっと、うん。旦那が亡くなって、お酒に溺れていたら、慰められてね。私が嫁ぐ前から義弟の好意は知ってたので、お酒の勢いもあってね。気付いたら私の方から押し倒して、腰振っちゃってたわ。忘れさせて欲しかったのか激しく何度も抱かれたわ」
「旦那さんの事は忘れられたの?」
「ううん、忘れたりなんか出来ない。でも、あの人は帰っては来ない。前向きに生きなきゃってね。実はまだライオネルには言ってないんだけど、その…お腹に赤ちゃんがいるの」
「ええ!それは、おめでとう!」
「有難う」
そうか、幸せなんだ。
「旦那さんを生き返らせられるよ」と、余計な事を言うのは止めよう。
話がややこしくなっちゃうから、野暮な事はしないでおこう。
それから更に5日経ち、私達は蛇龍の巣穴へと向かった。
茂みを抜けて山を越え、3つ目の山を越えると夜になったので休む事にした。
あとどのくらいの距離か尋ねると、山2つ越えた先だと言われた。
強行しても良かったが、今夜は英気を養って、明日の戦いに備えると言われ、それもそうだ疲れていては戦えないと思った。
私は何か違和感を感じたが、それが何なのか分からないので口に出すのを控えた。
蛇龍の巣穴はあそこだ、と言われて皆んな忍び足で近寄ったがいなかった。
皆んなで顔を見合わせる。
「あれ?」
この場にライオネルがいない事に私だけが気付いた。
昨晩の違和感は、ライオネルがいなかったからだ。
(まさか…)私の嫌な予感は良く当たるが、今回ばかりは外れて欲しいと願った。
『光速飛翔』
光の速さで飛んで村に戻ると、蛇龍の襲撃を受けていた。
大きい…、いや、そんな次元ではない。
山かと思うほどの巨体だ。
尻尾の一振りで神猫が隠れている岩穴を砕き、衝撃で飛び出た者達を容赦なく飲み込んでいく。
また、岩穴に舌を這わせて巻き取った神猫を飲み込んでいた。
私はミネルの子供達を探した。
するとライオネルが、子供達の襟首を掴んで岩穴から出し、蛇龍の前に転がした。
蛇龍がこの獲物を飲み込もうとした瞬間、ギリギリで子供達を抱いて躱わす事が出来た。
「邪魔するな!」
ライオネルは怒鳴りながら、私に鋭い爪を向けた。
「貴方、何をしているのか分かっているの?ミネルの子供達なのよ!」
「分かっているとも。そのガキどものせいで、ミネルが俺と再婚してくれない事も」
「何を言っているの?ミネルのお腹にはね、貴方の子供がいるのよ!」
「何だって?あははは、そうか、そうなんだ。ミネルのお腹に俺の子供が、あははは」
「だからこんな馬鹿な事は止めて!」
「いーや、止めないね。それを聞いて尚更そのガキどもを殺さなければならなくなった」
「どうしてよ?」
「聞きたくば教えてやろう。ミネルの夫、俺の実の兄を殺したのは俺だ!」
「はぃ?」
「義姉さんを、ミネルを先に好きになったのは俺だった。兄が俺から1番大切な女性を奪ったのだ。だから蛇龍を誘う香で村に誘き寄せた。俺は怪我を装い、助けようとした馬鹿な兄を押して蛇龍に食わせたのだ。最期に何を思ったのか、俺に微笑みかけたよ。飲み込まれる直前にミネルを俺に託すと言って死んだ。だから兄を殺したのは俺だ」
「正気なの?お兄さんはね、何で微笑んだか分かる?貴方の無事を確認したからよ。死を覚悟した瞬間、貴方に大切な家族を託したのよ。貴方はその信頼を裏切って子供達をも殺そうとしたのよ!」
怒りで涙を堪え切れず、溢れた。
「今の話は本当なの?」
涙を流して、話を全て聞いていたミネルが背後に立っていた。
討伐に向かった村人も順に戻り、蛇龍と交戦を始めた。
「思ったより早く戻って来たな」
「答えて、答えなさいよ!」
「聞いてしまったんだろ?ああ、そうだ。そうとも全て本当の事だとも。兄なんかより、俺の方がもっともっとお前の事を愛していた。俺の方が兄なんかより、幸せに出来る」
「悔しい。何で私…こんな最低な奴の事を…。私の大切な人を死なせた奴に…抱かれた。敵の子を宿してしまった。あなた、ごめんなさい」
そう言うと蛇龍の前に身体を差し出し、舌を巻き付かれ飲み込まれそうになった。
慌てて私が助けに入るが、力では敵わない。
ミネルが飲み込まれる直前に、ライオネルが蛇龍の舌から引き離すと、代わりに飲み込まれた。
「義姉さん、すまない。命で償う」と言い残した。
放心状態のミネルと子供達を守る為に結界を張った。
『光之堅牢』
こちらから攻撃出来なくなる代わりに、あらゆる攻撃から防ぐ最強の防御結界だ。
「ミネル、悲しいのは分かるけど、子供達を置いて死のうなんてダメよ。だからと言って、一緒に死のうとするのも無しね。辛くても子供達の為に生きるのよ!」
蛇龍は闇耐性S、毒耐性Sで即死も毒も無効だ。
『完全体力吸収』
背後に回り1タッチして体力を奪うが、効果が無い様に見える。
(山みたいな奴だ。HPも高く、気が遠くなるほど繰り返さなくては倒せない)
この呪文は対象に触れないと効果が無い。
暴れ回り動き回る為、触れる事でさえ困難だ。
尻尾の一撃を喰らい、岩壁に叩き付けられて、既に4度死んで生き返っている。
蛇龍は私を餌とは見なさず、毒液を吐きかけて来た。
避けると、毒液が当たった場所が溶けて煙が上がる。
食べるのを諦めて、鬱陶しい私の息の根を止めにかかった。
貫通が付与された槍を手に取って突き刺してみたが、力が弱くて鱗を傷つけた程度だ。
『光之神槍』
槍を突き刺した場所に当て、何度も繰り返すと、初めて血を流した。
緑色の鮮血を噴水の様に上げると、怒り狂って辺りを構わずに、尻尾で岩壁を殴り付けた。
降って来る岩石を躱わしながら、傷口に連続で『光之神槍』を打ち続けると、貫通させた。
しかしそれでも倒れる気配が無い。
そう言えば蛇の生命力は半端ないと聞く。
昔近所のおばさんが言っていた話を思い出した。
蛇が出たので、包丁で真っ二つにして捨てたが、再び目の前に現れて身体を起こして、シャーと威嚇されたと言う話を聞いた。
私を怖がらせる為だけの作り話だと思い込んでいたが、実は本当の話だったのかも知れないな、と思いやった。
そこへ矢が雨の様に降り注いで来た。
「弓兵、前へ。撃ー!」
振り返って見ると魔軍だ。
ルシエラの旗が見える。
そこへ一騎で駆けて来る者がいた。
一撃で蛇龍の首が落ちた。
阿籍だ。
私達がこんなに苦労して戦っていたのに一撃だなんて、やっぱり強い。
誇らしい。
私はこの人の妻なんだぞ!って自慢したくなった。
まだ結婚してないんだけどね?
蛇龍は、首を落とされたが凄まじい生命力で、首の無い身体で暴れくねっていた。
「頭が無くなったんだ、いずれ動かなくなる」
ビゼルがそう言ったが、動かなくなるまで半刻もかかった。
私はミネルと子供達の元に向かい、抱き合った。
「陛下、神猫に攫われたのではなくて?どうして共闘していたのかしら?」
ルシエラに不思議そうに尋ねられた。
「話せば長くなる。まずは生きてる人達を集めて頂戴!」
怪我人を回復させて、ミネルに尋ねた。
「私は死んだ人も生き返らせる事が出来る。ライオネルはどうする?」
ミネルは少しの間も無く、「生き返らせて上げて」と頼んだ。
そう言うと思ったよ、ミネル。
善人は報われなければいけない。
これから何があっても、自分達の力で乗り越える事だろう。
私は亡くなったミネルの旦那も生き返らせた。
蛇龍の巣穴には大量の骨が転がっていた。
今まで、どれほどの犠牲者を出した事だろう。
でも蛇龍も生きる為に食べたのだ。
純粋な食欲であって、そこには善も悪も無い。
人間だって他者の生命を食べて生きている。
神猫達と盟約を結んだ私達は、彼らと別れて帝都へ戻った。
ミネルは2人の旦那に囲まれて、これまで以上に幸せそうだった。
人間と違って、何人でも結婚が出来、誰の子を産んでも咎められないらしい。
そう言う事は早く言ってよね。
悩んだ自分が馬鹿馬鹿しくなる。
何にせよ「五大厄災」を全て見れて良かった。
そうそう、蛇龍の牙、鱗、皮は素材として、肉も『魔法箱』に入れて持ち帰った。
人間界でも蛇を料理して、提供するレストランもある。
食べるのに勇気がいるけど、好奇心の強い私は食べたらどんな味がするんだろう?と、思いを馳せた。
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ぜひよろしくお願いします!
※「魔女っ子編」始まりました。
この作品は、短編小説「序章編」の合間の出来事です。
瑞稀がまだ男だった頃、『女性変化』で女性にならないとチート能力が使えなかった頃のお話です。
こちらも併せて読んで頂けましたら幸せです。