第1章 【原初人類】
〜西洋の神々編〜は、第5部構成のうち、第4部に当ります。
第1部は、短編小説〜序章編〜
主人公がまだ男性であった時にチート能力を得る。
しかし女性に変化しなければ使えない能力だった。
不老不死の主人公(女性時のみ)の男性としての寿命が尽きて女性変化永続中となり、女性として生まれ変わる。
第2部は、連載小説〜魔界編〜
女性として第二の人生を歩む主人公だったが、闇魔法『影の部屋』で闇の深淵に向かうと、そこは魔界であった。魔王を譲位されると、魔界制覇に乗り出す。
天界への復讐を望む魔族達の願いを叶える為に、魔界のゲートを守る者からゲートを奪い、主人公は人間世界のゲートを開いて魔界、人間界、天界の行き来を可能とするゲートを開くが、神が現れて主人公を連れ去ってしまう。
第3部は、連載小説〜神国編〜
連れ去られた主人公を奪い返そうと、魔族達が神々と戦争を始める。なんとか主人公を取り戻すが、酷い目に合わされて精神崩壊し、別人格と入れ替わっていた。
魔族は復讐の為に天界に攻め込むも…紆余曲折を経て天界を制圧した主人公は、魔界、天界を支配する女帝となった。
しかし人間である為、元の世界で暮らす為に地上に戻る。
地上に戻った主人公だが、人類は醜い争いを続けて遂に核兵器を投入してしまった。世界が滅ぶのも時間の問題であった。
人類に嫌気が差した主人公は、1度人類を死滅させ、生き返らせる事にした。そして、人類は主人公の命令通り、暴力による争いを永遠に止める事となり、真の平和が訪れたのである。
そして、地上から再び天界に主人公は戻って来た。
第4部はこの続きから始まります。
人類は1度死に絶え、新たにやり直して行く。
死んでいた事を理解している者は1人もいない。
死の灰によって全世界は滅びの一途を辿っていたが、瑞稀と項籍によって救われた。
争いを止める為、瑞稀は全人類を1度死滅させて生き返らせた。
そして人々に暴力による争いの禁止を命じたのだ。
闇魔法『黄泉還反魂』は蘇生呪文だが、この呪文で生き返ると、蘇生者に対して絶対服従となる。
この命令を受けた人類が今後、戦争や暴力を振る事は2度と無い。
瑞稀は、死の灰を消し飛ばした項籍と一緒に、人類の復興支援を行っていた。
「そろそろ天界に戻りましょうか?」
「そうだな。西洋の神々とやらも気になるだろう?」
「ふふふ、貴方が気にするなんてね」
「お前の国だからな」
私は魔界を統一した後、神々への復讐の為に天界に攻め込み、忉利天を陥して神帝となった。
魔界と天界を統べる女帝として君臨するはずだったが、人間の私は人間界で暮らしたいと言って地上に戻って来た。
しかし、人間の醜さ、愚かさに呆れて見限ってしまった。
全人類を1度滅ぼして、生き返らせたのは、前述した通りだ。
項籍に寄り添い、胸に頭を置いて空を見上げた。
今からゲートを潜って天界に戻る。
もう、人間界に来る事も無いだろうな。
寂しさを感じて涙を浮かべた。
ゲートを抜けると、天界に再び戻って来た。
「ふぅ、1ヶ月くらいで懐かしく感じるものね」
「そうか?」
奇妙な静けさが不安を掻き立てる。
「ねぇ、何か変じゃない?」
「どうかしたか?」
「ゲートの守衛が1人もいない」
「トイレか休憩でもしているんだろう?」
「うん、思い過ごしなら良いけど…。善見宮に急ごう」
途中にある村や町には、誰かいる気配を全く感じない。
戦争で駆り出されたのか?と考えながら先を急いだ。
城下に入っても誰1人会う事はなかった。
(何この胸騒ぎは…)
走って善見宮に来ると、膝から崩れ落ちてしゃがみ込んだ。
宮殿の壁に沿って晒し首の台が数千も展示されていた。
それには大魔王を含めて、神々の首が飾る様に並べられていた。
「やぁ、遅かったね。待ってたんだよ?」
この場に似つかわしく無い明るい声は、敵に違いない。
『光之神槍』
高速で攻撃する投げ槍の呪文だ。
しかし、声の主は軽々と避けて見せた。
「あははは。問答無用で攻撃して来るなんて、その気の強さは気に入ったよ。キミの噂を聞いて妻にしようと思って待ってたんだよ」
どこかヴィシュヌに似た口調に、悍ましさを感じた。
項籍が牙戟を振るって一撃を入れるが、左手で簡単に牙戟を掴まれた。
「ボクは今、彼女と話をしているんだよ」
掴んだ牙戟ごと項籍を投げ飛ばした。
「嘘っ」
この世界で項籍に勝てる者などいないと思っていた。
この得体の知れない相手に恐怖を感じて、後退りした。
「あははは、そんなに怖がらないで。キミはボクの妻にしてあげるって言ったでしょう?傷付けるつもりは無いんだよ」
起き上がった項籍が、この得体の知れない相手に向かって行った。
「懲りないねぇ?さっきので実力差は分かってもらえたと思ったけど、猿並みの知恵じゃあ理解出来ないか?」
『光之神槍』
高速の槍が、項籍の胸を貫いた。
助けようとして項籍の元へ駆け寄ろうとすると、背後に回られて羽交締めにされた。
「くっ、どうやってあの呪文を?」
「あー驚いたかい?キミがボクに見せてくれたからだよ。ボクは1度見たモノは覚えて使えちゃうんだよ」
「えっ?それって私と…」
「同じじゃないよ。キミのは中立属性の『模倣』だろう?ボクのは闇属性の『盗見眼』だよ。まぁ、属性が違うだけで内容は同じなんだけどね?」
手を振り解こうと力を込めるが、びくともしない。
「この天界でボクに使えないスキルは無くなったんだよ。誰もボクには勝てない。まだキミにボクの名前を教えてなかったね。ボクの名前は原初人類だ」
「アダム?アダムってあの最初に誕生した人間の?」
「そうだよ」
「貴方、イヴって言う奥さんがいるじゃないの?」
瑞稀が口にすると、急に力を込められた。
「痛い、痛い!」
「あぁ、ごめん。その名前を出したから、イラっとしちゃったよ」
「どうして怒るのよ?」
「あまり詮索しない事だね」
「キミ、死んだ者を生き返らせる事が出来るんだって?やって見せてよ。キミの仲間達は、キミが生き返らせてくれると信じて最期まで抵抗して死んでいったんだよ。ボク頭に来ちゃって、久々に本気で殺してあげたよ」
「……」
「だから生き返らせて見せてよ」
「ダメだ!」
胸を手で押さえた所から血を流して、苦しそうに瑞稀を止めた。
(分かってる。こいつは、『死者蘇生』を覚えるのが目的だ)
そうは言っても阿籍が今にも死にそうで、いてもたってもいられない。
「こいつ、キミの夫なんだって?ボクの妻になる為に、未練を断ち切ってあげるよ」
そう言うと、見た事の無い攻撃呪文で項籍にトドメを刺した。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「五月蝿い、静かにしてよ。生き返らせれば良いじゃないか」
「発動条件があるの、簡単には出来ない…」
全くの出鱈目だが、時間を稼ぎたかった。
「ふーん。まぁいいや。準備が出来たら見せてね」
そう言うと、私を寝殿に連れて行った。
(ごめん、阿籍。ごめん、皆んな。必ず生き返らせる)
寝殿のベッドに寝転がされた。
しかしそれっきりでアダムは、私に指一本触れて来ようとはしない。
今までの男達は、有無を言わさず私を犯した。
「何もしないの?」
恐る恐る聞いてみた。
「何かして欲しいの?」
「そう言う訳では…」
アダムは私の話に興味なさそうにして、自分が話したい事を話し出した。
「キミの夫が東洋天界では1番強かっただろう?彼はSSSSSランク、つまりファイブスターだったからね。キミ達、SSSランク(トリプルエスランク)なんかじゃ歯が立たなかったろうね?西洋天界にもファイブスターは、全知全能のゼウスってのがいるんだけど知ってる?ちなみにボクはSSSSSSSランク、セブンスターだよ。だからボクに勝つのは不可能さ」
「ファイブスター?セブンスター?」
そんなランクがあるのかと思っていると、いつの間にかアダムが私の横に座っていた。
私の肩を抱き寄せ、頭を髪の毛を撫でると、口付けをされた。
抵抗する事なく受け入れた。
「良かった。イヴが亡くなってから、今まで女性に触れると吐気がしていたんだ。キミは平気みたいだ」
そう言って何度も口付けをされながら、胸を触られた。
「怒らないで聞いて。もし良かったら、私がイヴさんを生き返らせましょうか?」
私から『死者蘇生』を覚えたいのは、奥さんを生き返らせたいからでは?と考えた。
「イヴ?あいつは愚かな女だった…。もう良いんだ。ボクにはキミがいる。キミの名前は?瑞稀?虞美人?何て呼んだら良いかな?」
「もう私は、虞美人でも瑞稀でも無いの…」
「ふーん、まぁ良いや。好きに呼ぶよ」
そう言うと、服を捲り上げられると胸が露わになり、揉みながら夢中で吸い出した。
(結局、私を犯すんじゃない)
しかしアダムは、胸を吸う以外の事はして来ない。
「ママ…。ママ」
(えっ!えぇ〜?ま、ママって…)
もしかしてマザコン?って思ってアダムを見ると、私の胸に口を付けながら、まるで赤ちゃんみたいにウトウトして眠りについた。
私は頭と背中を優しく撫で、トントントンとタップして、赤ちゃんを寝かしつける様にした。
(そうか、神に作られたから、お母さんを知らないのね?奥さんのイヴって確かアダムの肋骨を抜かれて作られたんだっけ?まぁ、それも西洋での話だけどね。私たちアジア人とは骨格が違うものね)
「アダム様!」
「きゃっ」
慌てて胸を隠して答える。
「アダムが寝てるから静かにして!」
と小声で叱る様に言うと、何か言いたそうな顔をして去って行った。
(何なの?ヘタしたらアダムとHしてる最中だったかも知れないじゃない。よくも自分達の主がしてる最中に入って来れるものね?頭おかしいんじゃないの?)
アダムをそっと寝かせて、ドアを閉めようと立ち上がると、手首を握られた。
「何処行くの?」
「ごめん、今誰か入って来て、思いっ切り胸を見られちゃったから、ドアを閉めようと思って」
「別に見られても良いだろう?」
「嫌よ!」
アダムが起き上がった。
「あ、あの…私で良ければ、ママになってあげようか?」
その瞬間、手首を引っ張られて反転してベッドに倒れ込むと、アダムは馬乗りになって来た。
(調子に乗り過ぎて、怒らせちゃったかな?)
「本当に良いの?皆んなボクがママになって欲しいって言うと断るんだ」
「そうなの…(でしょうね…)」
「ママ…」
「よしよし…」
(何のプレイだ、これ…)
「あ、えっーと、その、Hとかは…」
「セッ◯スの事?」
「うん…」
「ママがしたいなら、するけど?ママとはしないよね?」
「そうね。ママとHしちゃダメだよね」
「うん。しないよ」
「そう、良い子」
執拗に私の胸を吸い続けると、安心したのか眠りについた。
「はぁ…何だか疲れる。Sが7個もあるランクだって?そんなの絶対に勝てないじゃないの?」
疲れていたのか、ウトウトして瞼が重く感じられた。
「ねぇ、ママ。ママ!」
「えっ?あぁ、ぁ、うん?」
いつの間にかに寝ていた様だ。
「ごめん。寝ちゃってたね」
アダムは私を抱きしめると口付けして来た。
「ママ、おはようのキスだよ。愛してる」
「ありがとう。私も大好きだよ」
「ママ、大好きじゃダメだよ。愛してるんだよ」
「愛してるよ」
アダムを抱きしめると、嬉しそうに甘えて来た。
くん、くん、くん。
「えっ?」
すぅー、はぁー。
「ちょっ、ダメ!臭いなんて嗅いだら恥ずかしいじゃない!」
「はぁ、ママ良い匂いがする」
「汗臭いから、ヤダ。ダメっ」
「ママ、もしかして知らないの?」
「何が?」
「ママの汗の匂いは天香って言って、それこそ2000年に1人くらいの美女しか持っていない香りなんだよ。汗が、甘い桃の香りに似た匂いがするんだよ?本当に知らなかったの?」
「そ、そんなの知らないわよ。今初めて聞いたわ」
アダムは、私の首周りや、脇の下の匂いを嗅いで陶酔していた。
そして、私の乳房を取り出して吸ったり、揉んだり、顔を埋めたりして楽しんでいた。
「はぁ、ママ大好き」
何度も口付けをすると、舌を絡めて来た。
そのまま下腹部を弄られると、クチュクチュと卑猥な音を響かせた。
「あっ、ダメっ、あんっ、はぁはぁ、Hはしないって…」
「キミはボクのママであり、妻なんだよ?もう我慢出来ない」
(何だ結局するんじゃない…)
アダムとの行為は、今までの中で1番良かった。
それまでは帝釈天が最も身体の相性が良くて、彼が1度イクまでの間に何度もイカされた。
身も心もトロけるほど具合が良く、良過ぎて中毒になりそうだった。
初めて自分から何度も求めた。
その帝釈天よりも良い。
アダムの方がより幸福感で満たされる。
触られた所、全てが性感帯になった様だった。
それからはアダムとHをする事しか考えられなくなった。
「アダム。早く貴方の赤ちゃんが欲しいの」
「愛しいママ。ボクもママに、ボクの赤ちゃんを生んでほしい」
朝から晩まで何度も、狂った様にHし続けた。
行為の最中に、西洋の神々が何人か出入りしていたが、快楽を求める方が恥ずかしさを上回り、見られていても平気でHをする様になった。
そう言えばアダムが、「別に見られても構わないだろう?」と言っていたのはこの事かと思った。
あの言葉の意味は、「そのうち気にならなくなるよ」と言う事だったのだ。
途中、休憩が入ると、罪悪感に苛まされた。
敵のボスと、仲間の事なんて忘れて抱き合っているのだ。
我に帰ると、阿籍達を裏切っている罪悪感を感じるが、アダムとの行為が始まると、快楽で何も考えられなくなる。
アダムは西洋天界と東洋天界を統一して、天界を統べる東西天帝となった。
私は、彼の皇太后となった。
天帝の母となったが、母子相姦の関係は続いていた。
そして、皇后位も授けられた。
アダムの母でありながら、正室(正妻)となった。
勿論、妻となるにあたって、盛大な結婚の儀が執り行われた。
阿籍とは前世では夫婦だったが、今世で正式に夫婦にはなっていない。
お互いズルズルと関係を引きずっていただけだ。
でも今回は違う。
今までずっと、私は誰かに好かれて付き合っていた。
アダムには母性愛がくすぐられ、愛しくなり、いつの間にか愛していた。
初めて本気で自分から好きになった人だ。
そうでなければ、結婚なんてしない。
例え永遠に拷問を受け続けたとしても、最期まで抵抗する。
だから正式に私はアダムと婚儀を挙げ、夫婦となったのだ。
彼の妻として絶大な権力を握ったが、私は後宮に住んでおり、政治に口を出す事が許されない身分であった。
仕事から疲れて後宮に戻って来たアダムを身体で癒し、時には琴や笛を吹いて耳にやすらぎを与え、時には舞を舞って目を悦ばせた。
しかしそのどれよりも、私の乳房を吸っている時が1番安らぐみたいだ。
私達は、東洋天界と西洋天界を行き来して暮らしている。
初めて西洋天界に連れて行かれた時は、ワクワクが止まらなかった。
東洋と西洋では建物が違う。
ただ見て回るだけでも楽しい。
あっちこっち見て回りたかったが、皇后で皇太后ともなると自由に動き回れない。
動き回れば侍女や衛兵達を振り回して、迷惑をかけてしまう。
私は我儘で無知なマリー・アントワネットにはなりたく無い。
マリー・アントワネットと言えば、飢えて暴動を起こした民衆に対して、「ご飯が食べられないなら、お菓子を食べれば良いのに」と言ったエピソードが有名だが、確かにマリーなら言いそうな台詞だけど、これは悪意ある後世の創作である事が分かっている。
「うわぁ」
思わず目を輝かさずにはいられない。
一面に広がるチューリップが、キャンパスを彩り、お城や街並み風景を描いていた。
その幻想的とも思える通りを抜けて、宮殿に入った。
「喜んで頂けましたかな?」
「勿論よ。ありがとう。素敵だったわ。褒美を受け取ってね」
「謝謝、皇后娘娘(ありがとうございます、皇后陛下)」
娘娘は、高貴な女性に対して付ける尊称であり、皇后に対して使う場合は、皇后陛下と訳されるのが一般的だ。
私が虞美人、つまり中国人だと思って、下手くそな発音でお礼を言って下がって行った。
悪気はないんだろうけど、茶化されてる気がして少々イラッとする。
こんな事で目くじらを立ててはいけない、と思い直して平然なフリをして笑顔を振り撒く。
気持ち悪いだけだから、別に私にお世辞なんて使わなくても良いのに、と思う。
こんな所は人間も神も変わらないな。
侍女に紅茶を淹れてもらい、香りを楽しんだ後、一口含むと鼻に香りが抜けていく。
これで書物でも読みながら寛げれば最高なんだけど、何故か天界には書物が無い。
神々は長寿で、起こった出来事は記憶している為に、不要だからだ。
でも私の様に途中参加者の為にも、書物はあった方が良い。
だけど、今から書け!と言われても、膨大な時間を浪費して書き上げる事になるだろう。
そしてそれから読むのか?と。
そんな命令を出したら、やっぱり人間の小娘なんかがと、また陰口を叩かれるのが目に見えている。
西洋天界では、人間を小馬鹿にしている節がある。
皇后になる前は、わざと聞こえる様に陰口を叩かれたし、邪魔よ、と言わんばかりに毎度毎度ぶつかって来て、弾き飛ばされたりした。
やって来たのは皆んな女官達で、女は本当に陰湿なイジメを行う。
着替えの衣が全て破られていた事もあった。
悲しくなってポロポロと泣き崩れた。
私の泣き顔が見たくてやっているのだ、負けてなるものかと、歯を食いしばって耐えた。
湯浴みをした時も、着替えが無くなったりした。
残念ながら私は、生活魔法で好きな服を着る事が出来る。
イジメられた事も、今は良い思い出だ。
そんな彼女達もまさか私が皇后に選ばれるとは思ってなかったらしく、「今までの非礼の数々、万死に値します」と言って、宮殿の門で泣きながら一日中謝り続けていたな。
女官達がその様な態度を私に取ったのは、支えている主達の差し金だと言う事は分かっていた。
復讐で、痛め付けた後、処刑しても良かった。
しかし漢建国の功臣で漢三傑の1人である韓信は若い頃、ならず者に、「その腰にぶら下げている剣は飾りか?飾りじゃないなら俺を斬ってみろ!それが出来ないなら、俺の股をくぐれ!」と言われて絡まれた事があった。
韓信は、一瞬怒りに燃えて斬ろうと思った。
だが、彼には大望があった。
将来、大将軍となって名を残す。
(コイツを今ここで斬るのは簡単だ。しかし、斬れば殺人犯として捕まり、大望も果たせぬまま処刑される事になる)と考え、怒りを堪えて、ならず者の股をくぐった。
阿籍も韓信が自分に仕えていた時は、股夫と蔑んで重く用いようとしなかった。
股くぐりは、根性なしのする事だと決めつけていたからだ。
韓信は漢の建国後、故郷に錦を飾り、斉王として封じられた。
そして股をくぐらせた、ならず者を呼び出した。
男は昔、自分の股をくぐらせた男が、王となって目の前に現れたので、復讐で拷問されて殺されると怯えていた。
しかし、韓信は敢えてその男を重用したのだ。
度量の高い所を見せたかったのだろう。
私もそれに倣って、その女官達を私の侍女にした。
初めは私に復讐され、イビられると恐れていたが、より一層に優しく接してあげた。
すると、「殺されても仕方ない所を良くして頂いて」と、泣きながら謝罪された。
「私は貴女達を害する気は全くないから安心して」と言うと、深く感謝された。
彼女達は、自分達の主に命令されていたと白状した。
特に復讐などはしない事にした。
彼女達の弱み(女官達)を私が握っているのだ。
気が気ではないだろう。
狼狽え、怯えながら暮らしているのだろうと想像すると、笑いが込み上げて来る。
ちなみに彼女達の主とは、側室候補の女達の事だ。
私にまだ子が無いので、側室の話が浮上しているのだ。
神などと言っても何一つ人間と変わらない。
人間には無い能力を持っているだけだ。
こんな神々を人間は拝んでいたのか?と思うと滑稽過ぎて笑うしかない。
だから、あれほど人間が神々に祈っても、何も応え様とはせず、見て見ぬ振りをされていた。
ニーチェは言った、「神は死んだ」と。
神は死んでいなくなったから、人間の祈りに応え様とはしないのだと。
あながち間違ってはいないな、と思いながら2杯目の紅茶を口にした。
「陛下のおな〜り〜!」
私はアダムが入って来たのを見ると、立ち上がって拝礼した。
「皇上(陛下)に挨拶を」
「起来吧(挨拶は良い)!」
この起来吧とは、相手の動作に対して許しを与える場合に使う言葉だ。
相手が赦しを乞うて平伏している場合に「立って良い」と言う意味で使ったり、自分が座っていて、立ったままの相手に対して「座れ」と言う意味で使ったりする。
当然、この言葉を使う側の立場が上なのは言うまでも無い。
尚、例の如く日本人がこの発音を聞き取るのは難しく、「チラバ」と言っている様に聞こえる。
アダムは私の肩を抱いて寝室に向かった。
私は侍女達に、手を振って下がって良いと合図を送った。
侍女達も察して気を利かせて、そそくさと足早に立ち去る。
ベッドに腰掛け、口付けをされると押し倒され、愛し合った。
行為が終わるとアダムは、明日、父に会って欲しいと言う。
「お父様…って?」
いたの?と喉まで出たが、言葉を飲み込んだ。
アダムが珍しく緊張していたからだ。
「父は、私より強く気難しい。決して機嫌を損ねないでくれ」
額に汗を滲ませながら言った。
「貴方のお父様ですもの。私の義父ですわ。勿論、ご機嫌を損ね無い様に細心の注意を払うわ」
「頼むよ」
私の後ろ頭を右手で寄せながら、口付けを交わした。
翌朝早くから支度をする。
眠たくて目を瞑ったままでも、侍女達のお陰で着替えやら支度が進んで行く。
有り難い事だ。
「ふぁ〜あ」
大きく欠伸をすると、ようやく目を開けた。
タイミング良く顔を洗う為に、水の入った洗面器が差し出される。
両手で水を掬い顔を洗うと、手巾が差し出される。
「はぁ〜冷たい水で顔を洗うと、目が覚めるよね」
生活魔法は便利だ。
顔も身体も一瞬でリフレッシュさせる呪文があるが、趣が足りないと私は思う。
支度が終わると、アダムと共に早目の朝餉を摂った。
急に味噌汁が飲みたくなり、生活魔法で出すと、アダムにも飲ませてみた。
「へぇ?初めての味だけど美味しいね、これ。戻ったら沢山飲ませてよ」
「良いよ」
朝餉が終わると、寝殿の外で待機していた馬車に、アダムと共に乗り込んだ。
アダムに肩を抱かれ、馬車に揺られながら、ぼーっと外の景色を眺めていた。
宮殿の外には殆ど出た事が無いので、西洋天界がどんな所なのか、実はあまり知らない。
アダムの父は唯一神で創造主であるヤハウェ・エロヒムと言う名前だ。
どこかで聞いた名前だと思い、ずっと考えていて、ようやく思い出した。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に出て来る最高神の名前だ。
馬車が止まり、ヤハウェの神殿に着いたようだ。
神殿は神神しく、少しヒンヤリとした霊気を感じる。
階段は一歩一歩登るのが決まりらしく、飛んだり、籠に担がれたりすると会ってもらえないそうだ。
一段、一段と足を運ぶと、とてつもなく嫌な予感がし、呼吸が苦しくなって来た。
寒気を感じるのに、額からは冷や汗が出て来る。
別に熱があったり、体調が悪い訳ではない。
ずっと殺気や憎悪を向けられ続けた時に感じる様な緊張感と圧力の感じに似ているが、殺気でも憎悪でも無い、表現し難い気配を感じる。
来てはいけなかった場所に、来てしまった気がする。
アダムに話すと、神気に充てられたんだろう?と言われた。
嫌な予感と言うか、この階段がキツいんだよと思いながら、心を無にして、膝を痛めない様にゆっくりと登る事にした。
何段あるのか分からない。
富士山を階段で登っている様な感じのキツさだ。
ようやく半分くらいまで登って来たと、アダムが教えてくれた。
まだ半分くらいしか階段を登っていないのに、膝がガクガクする。
私を支えてくれた侍女が1人、また1人と脱落して倒れていく。
「对不起(ごめんね)」
倒れた侍女に声を掛けると、私なんかに謝らないで、先をお急ぎ下さいと言って、階段に倒れ込んだ。
皆んな終始無言だ。
神々は日頃、飛んだり乗り物に乗って移動していて身体をあまり動かしていないから、疲れる。
数時間かけてようやく神殿まで来れた。
私の寝殿は基本カラーが赤色だが、義父の神殿は金、どこも見渡す限りまばゆい黄金色だ。
アダムに連れられて中に入った。
奥に行くと10m以上はある神像が祀られていた。
うやうやしくアダムが膝をついて神像に拝礼をした。
私もそれに倣って拝礼する。
「父上、ご無沙汰致しました。アダムです」
するとアダムの呼び掛けに応えたのか、神像が輝き出し、やがて眩しくて見ていられないほどになった。
「アダムか。元気であったか?」
私はこの声に聞き覚えがあった。
いつ、どこで聞いたのか思い出せない。
「父上、今日はボクの妻を連れて参りました」
「ほう、嫁をもらったのか?」
眩しくて見えないけど多分、私の方を見たのだろう。
「その娘は…。ダメだ、その娘は許さん」
「何故ですか、父上?ボク達は愛し合っているのに!」
「愛し合っているだと?土塊で出来たお前と?」
義父が手をかざす様な仕草をすると、アダムの身体が光に包まれ、土となって崩れていく。
私はアダムに駆け寄って回復呪文を唱えるが効かない。
「父様のご機嫌を損ねちゃったみたい…イヴも…土に還された。キミは…逃げ…て…」
アダムは土となって崩れた。
『死者蘇生!』
『死者蘇生!』
『死者蘇生!』
「何でよ!どうして効かないの!」
泣き叫んで絶叫する。
「娘よ。それは、私が土塊から作ったゴーレムだ。偽の生命だ。だから蘇生呪文は効かない」
旧約聖書にも、アダムは土から作られた最初の自我を持つゴーレムだと言う記述がある。
「アダムはいつの間にか勝手に子孫を増やしていた。だから、イヴから肋骨を抜き、土に還したのだ。これ以上、人間が増えない様にと」
「酷い。それでアダムがどれほど寂しい思いをしたと思っているの?貴方が土から作ったって?それなら、生み出した生命の責任を取りなさいよ!」
「娘よ、悲しむ事は無い。望むなら、また代わりを作ってやろう」
「貴方は何も分かっていない。アダムの代わりなんていない。私はこの彼が良いのよ!」
土になったアダムの手を握り涙を流した。
「私の事を娘と呼んだわね?」
「覚えていないか?お前はこの唯一神ヤハウェの娘だ」
「…」
「その証拠にこの世界で唯一、お前だけが死者を生き返らせる事が出来たはずだ。人間だけでなく、神族や魔族でさえも。そして、不老長寿でなく不老不死だ」
「…それが本当なら、私の父なら願いを叶えてよ!アダムを生き返らせて…彼を愛しているの…」
「馬鹿な事を。自我を持っていたとしても、それは人形なんだ。神の娘であるお前が人形と結ばれる訳がない」
「彼と一緒にいられれば幸せなのよ」
「聞き分けのない娘だ。もう一度、人生をやり直すが良い」
ヤハウェがそう言うと、私の身体は光に包まれ、光の結晶となって散っていく。
『完全自動回復』
常にHPを全回復するまで回復し続ける呪文だ。
しかし、回復速度よりも、光となって消滅する速度の方が上回っている。
「許さない!絶対に貴方を許さない!生まれ変わったら必ず貴方に復讐しに来るわ」
瑞稀は、光の結晶となって散り、完全に消滅した。
「やれやれ、頑固な娘だ。育て方を間違えたか…」
その声が聞こえなくなると、神像を包んでいた光は消えた。
静けさの中にかつて人の形をしていた土塊だけが残っていた。
いつも読んで頂きまして、ありがとうございます。