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裸体の馨  作者: jhgdykjhgdyrxkl
4/4

×××

 同日――……。

 浅野真尋あさのまひろ――――。


 窓際の、前から二番目の席に、浅野真尋は息を潜めて座っていた。


 机の上に広がる言語文化の教科書。一ヵ所に集められた消しゴムのカス。素直な字で卒爾に取られた板書。転がったシャーペンの先は、常に血相を変えた外界の景色を指さしていた。


 ほんの数分前までは睡魔に襲われ、激闘の末を辿っていたというのに、授業が終われば真尋はまた、スッカリ眠気が失せていた。


 授業が終わるのと同時に、全身脱臼させたように真尋は寛いだ。

 頬杖を突き、シャーペンの先が指す方向を、窓沿いに抗う蛙の脚に蠢いて見える空模様をただジッと、寛いでいた。


 そうして真尋はまた、息を潜めゐて、溜息を零した。


 ♢


 ガヤガヤ、喧騒したがる教室に、その大半がサッカー部の連中だった。中を垣間見て、踉蹌、一八〇の背丈に、けれども細く頼りない体のセンター分け。ツンツンと尖った坊主頭に、前髪重ためマッシュの低身長。黒体放射に焼かれた様だった、スポーツ刈りのイケ好かない男。


 ガヤガヤと、喧騒したがる教室に、その大半がサッカー部の連中だった。

 スマホを片手に、ゲームのガチャでまた盛り上がる。


 真尋はふたたび、血眼を眇めるように、顔を歪ませ、耳を労わった。

 顰蹙に喘ぐその轟きはさも、妖艶に微笑む大地、深むごときの如く、たちまちまたして顰蹙に喘いだ。


 どこかでお菓子を口遊むでいるのか、はさて。醤油の香ばしい強かな香りが、鼻腔を擽った。


 新学期、いやまた新しい学年に、背伸びして、最初こそ葬式ムードの教室も、一週間も経てばみるみるうちにグループができ、馴染む者もまた、多くいた。


 一ヵ所、真尋の斜め後ろの席に集中して、群居本能に忠実に従う女子がまた、誰かを笑っているようだ、一笑。真尋もつい、心の縁で怯えた。


 一〇時五七分。


 どこか報われぬ息苦しさを覚えて、一呼吸置いた。


 ♢


 クラス内の真尋はどこか浮いていて、でも、その根本たる原因は分かっていなかった。真尋としても、自身、あまり自覚はないようで、しかし、さすれば回りの生徒からしたものの、真尋は独り浮遊しているらしい。


 真尋はやはり物静かで、休み時間になると本を読むか、寝ているのが大半だった。

 就中、真尋のクラスは学年内でも中々に誇る、成績が悪い人の母集団のようで。かといって、全員が全員成績が特別悪いとも、限らなかった。


 その良い例が真尋だった。

 クラス内順位は、もとより取りやすいものの、しかし学年全体でみても、やはり真尋の成績は特に優秀な方だった。


 しかし、それとは正反対に、真尋にはどうも運動が、微塵もできない。

 特に、球技を苦手とし、忌み嫌っていた。


 二年四組、真尋のクラスは全体的に成績が悪かった。

 だからか、余計に、成績の上位者は目立つし、浮く。


 雉も鳴かずば撃たれまいところを、とでも言いたげに、クラスメイトもまた、真尋を酷く嫌っていた。格好の的とでも。さもあるようだった。


 一部、担任と学級委員長だけが唯一の救いだった、ともよめる。

 もともと仲の良かった連中は他クラスへ、それも、真尋より頭の良いせいもありフロアが別だった。


 真尋もまた、ひとり、一人として、巣だ経た。


「ふぅ…………」


 なにとなく、流れに身をう任せるように、真尋は窓の外へ、もう一度目をやった。もはや高校が管理しているとしか思えないような、そんな――――校舎の裏に聳え立つ木々の葉が、次次に身を乗り出しているようだった。裏山のような樹木が聳え、草木が生い茂る沼地、がは。次次に目に映っては、風に靡かれ朗らかにゆらいで居た。


 外の景色はとても悪かった。


 台風のように打ち突ける大粒の雨粒が、ドドンッ、と怒涛の雨霰か、次や次や窓を打ち付ける度、その度に、窓はジタバタと暴れ狂うよう、激しく音を立てていた。


 雨潸々と、こんな天気では気分も乗らない。やはり。


 微睡しいかはさて。


 騒々たるや現実からのたうち、逃げ回るようにして、真尋は耳にイヤホンを――外界との通信の一切合切を遮断した。

 耳を舐めまわす心地良い音楽の旋律が、鼓膜をゆるやかな針の柄で以て刺激する度、暗雲低迷を退いて拂ふ。


 いやぁな感じも忘れさせてくれる。


 そんな気がした。


 酷いリアリストに捲土重来を返された過去かわやはりてさあ。

 自分は常にロマンチストでいたい、と切に願い、失火。


 あぁ、ふぅとでもかぁとでも――な。


 ふと、目線をズラシタ時、向かい校舎から外の澱んだ景色を眺めている生徒と、目が合った………………気がした。思わずファッと目を逸らし、真尋は一時、悶えた。


(ハギュゥゥゥウゥゥゥううッッ!!)


 気づかれていないといいないいな。


 ――恥ずかし。


 顔がしとどに熱くなるのを感じて、恥ずかしさのあまりか、顔を伏せた。

 数分、時の音が刻まれていることさえも忘れて、忘我、真尋は耳を心地良く撫でまわす音楽の世界、スピリチュアルな旋律に一興を乗せ、脳を躍らせた。


 ~~~~~~~~~~♪

 ~~~~~~~~~~♪

 ~~~~~~~~~~♪


「――――――ハッ!?」


 ガッ――――と、一瞬、大地震でも起きたかのように、机が揺れ動いたのを感じた。

 一時、ジャーキングでも起こしたか、と恥ずかしくなり、顔を赤らめたが、どうやら少し違うらしい。


 咄嗟になって、自我を取り戻し、顔を起こして辺りをブンブン見回すと――――ちょうど、女子の腰のあたりで、目が落ち着いた。


 膝が見えるくらいに短く折られたスカートの縁から、少し食み出たブラウスの裾。


 片手を越しにあて、威の張った態度の女子が、真尋の机の、マ隣に立っていた。

 腰に当てられた手の指先、爪にはマニキュアで染められ、しかし些かなギャルっぽさを漂わせる反面、手の甲は色白と優しくまろやかな肌皮膚をしていた。


 しかし、実際そのように甘~くまろやかなものでもないようで、クラスカースト上位者のソレだった。横柄な態度に続き、時の精悍。茶色いカールのかかった長い髪に、シースルーの前髪。顔を捻じ曲げる虚偽とて工夫に――――真尋の寝ていた机はガッ――と蹴られて、耳からイヤホンを引っ手繰られるように外されたらしかった。


 完全に、怖い先生がやるソレと合致していた。


 真尋もつい、怖気付き、時の悲鳴を上げた。


「マーヒーローちゃん!」


 真尋の周りを取り囲うようにして繕う三人の女子。一瞥すれば、やはりただ単にモテているだけだろうが、このクラス内では少々の相違があった。


 成績優秀の真尋、それを取り囲う三人の排外主義者。


 たちまち――さもパノプティコンのようだった。


 三人のうち、中でも絶対的な力を持っていそうだったのが、真尋に話しかけてきた女子だった。


 野中凛珠のなかりず――――女子陸上部に所属していて、一人でも圧倒的な存在感を放つ模範的な陽キャだった。人脈・人望が広く、一度敵に回してしまったら最後、読んで字の如く世界の終わり、のような気がする。


 だからこそ真尋は、彼女に逆らえないでいた。

 尤も、そのほかにも理由は多々あるが、真尋にとって平穏な学校生活を送ることコソが最重要であった。もともと真尋自身も決して意思の強い人間ではない。


 声音こそ優しい淑やかなものの、目だけは笑っていなかった。


 真尋という人間を批判するように睨視し、手玉を取るように真尋の机に押しより、にこやかに両手で頬杖をつく。微睡みかけたその窈窈たる真黒い瞳の奥から伸びる邪気コソが、と、痛痒感に誘い、四面楚歌とはこのことなんなだろうとまた、真尋も知った。


「一緒に遊ぼうよ」


 やたらと強調された胸が、今日日艶めかしかった。


「ぇ、でも、もう授業始るし……それに――」


「えぇ?でも私達友達だよね?放課後一緒に遊びましょ!」


 結局真尋は断ることができないまま、放課後の時を待った。


 ♢


 おそろしくも、さて。

 夕暮れを催す朱の兆しが、教室の窓ガラスを突き刺すようにして、机を暖色が照らした。やや憂鬱めいた烏の鳴声が、沸々と煮え滾る真尋の悪感を突如に引いた。


 そうして部活動の時間も刻一刻とラストスパートにかかり始めた頃合だった。

 左ポケットから突然に鳴り響いたスマホの着信音に驚き、浅野真尋はガッ、と瞼をカッ開いて飛び起きた。


 ――ガタンッ。


 反射的なものだっただろうか。

 机の腹を膝で打ち上げ、犇々とトバッチリをくらった膝元が悲鳴を上げていた。


 着信元は父親だった。

 出ようとも思ったが、ふと目に入った時間に慌てて、着拒し――机の上に散らかっていたシャーペンを筆箱に、教科書やノート、iPadを急いでバッグに押し入れ、真尋は教室の戸締りをせずに放課後、旧校舎の裏に駆け寄った。


 生徒玄関を抜けると、真っ赤に染まった日差しが、真尋を酷く照らした。

 土砂降りの雨も、思い返さないうちにスッカリ止んでいて、しかし混凝土コンクリートを除けば、やはりぬかるんでいた。


「はぁ……」


 重い足取りを、重い溜息に乗せ、混凝土を力いっぱいに踏み込んだ。


 ♢


「――――――――――ゥ゛ッ」


 開口一番、真尋が謝罪をするよりも先に、腑がティースプーンで掻き混ぜられたような不快感が甲走った。


 不幸にも、ぬかるんだ地面では些か対応できるものも、できなかった。それ以前に、真尋は学ランを着ているとて、体格差というのは割とあった。


 おろかにも、女子の方が些か大きかったのだった。運動しているしていないの差だろうか。真尋の身長に対しても、殴りつけてきた女子の方が十センチ近くも高かった。それに肉の付き方も違う。いいや、この場合筋肉の付き方と言う方が近い。運動していない真尋に比べれば、相手が女子だろうと運動している方が筋肉はついている。


 罵詈雑言はやはり、絶えなかった。


 複数の女子から寄せられる集団リンチも、また大概だった。足元を歪ませた拍子に、倒れ、踏みつけられれば、お腹を蹴られる。凄まじい嘔気が催した。


 腹の底から押し寄せる圧力に、堪らず真尋は吐いた。


「うーっわ、きったな」


 不幸中の幸いとは皮肉にも、昼食をとっていなかったため吐瀉物はあまりでなかった。大半が胃液だ。口内が染みるように酸っぱかった。


 ドロに埋れ、輪郭さえ覚束ない、眇めた片目の先に映るのは、野中凛珠の生足だった。筋肉と脂肪の拮抗が程よく絡まり合った、引き締まった脹脛。


「凛珠ちゃんみてよ、こいつ凛珠ちゃんの脚ばっかりみてる!!」


「うわー最悪」


「しねよ」


 顔を蹴られ、途端に鼻から血が溢れる。頬の毛細血管が千切れ、内出血を起こすと、徐々に痣が現れた。ドロと血、胃液に塗れた制服が、どうしようもない現実を酷くつきつけた。


 喉の奥から酷く咳き込み――――更に木に背を打ち付けられて忽ち噎せ込んだ。前髪を掴まれ、頭皮が抉れるような痛みを感じる。


 幸い、今日はそのまま池に蹴り飛ばされる程度でことが済んだ。


 真尋が落ちたのはまだ比較的浅瀬の方だった為、それが唯一の救いだった、とも見方を変えれば言えなくもなかった。


 けれど、いくら浅瀬であっても、思いもよらぬ事態では収拾もつかない。判断力が低下し、伴ってパニックを引き起こす一方。酸素供給効率が落ちれば体も心も反応できぬまま、ただただ真尋は、陸上に打ち上げられたメダカのように、のた打ち回っていた。


 うまく体に力が入らない。

 真尋にとっても、浅瀬に落ちたとは思ってもいないようで、自身は深瀬に落ちたと思い込んでいるらしかった。


 徐々に全身脱力感に苛まれる度々。

 もともと真尋は泳げない体質だった。

 べつに水中の微生物と戯れているワケでもなければ、水泳の授業の放課でもない。


 失われつつある体力、遠のきつつある意識下、真尋に手を差し伸べてくれる救いの一手が届いた。


 ♢


 申の刻下がりから、また。ずいぶんと時間が経っていた。


 しばらくの間、真尋は噎せ込むばかりで真面に呼吸ができなかった。

 汚水を酷く呑み込み、咽喉が痛い。四つん這いになって、咳し続けている真尋の背を摩ってくれたのは、クラスのマドンナの白石はるかさんだった。


「盛大にやられましたね。だいじょうぶですか?」


「……ぇ、あ、はい。助けて頂き、ありがとうございます。委員長」


「もう、その呼び方はやめてって言ってるでしょ?副委員長さん?」


 学級委員長の白石はるかは朗らかに微笑みかけた。

 石膏のように白い肌に、奇麗な平行型二重。砂の様なミディアムヘアからは風に靡かれ揺らぐ度、心地良い香りを放っていた。


 朗らかに微笑む聖母マリアの如き学級委員長を見て、真尋はまた、時計の短針が揺らぐのを感じた。


 ~~~余談~~~

 彩夢――。


 窓の外に広がる鬱蒼とした景色。

 中庭を介して、向かい校舎の一階に、私の好きな先輩がいた。

 三限目の始まる数分前。


 あ、また話しかけられてる。昨日は同級生の強面の男の子から、今日はギャルから。

 私の好きな先輩の傍にはいつも誰かいる。よっぽど人気者なのだろう。

 でも、先輩が私以外の他の人の手に触れるのはだめだ。そんなことあってはならない。

 私がこの手で、世界でタッタ一人の気の利く私が、先輩を守ってあげる必要がある。

 ~~~~~~~~

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