結婚詐欺師疑惑
「侯爵様の気持ち……ご拝察いたします。大切な娘さんに、急に王太子との縁談が持ち上がって、その数日後、どこの馬の骨ともわからない男が結婚を申し込みにくる。大変なご心労かと存じます。申し訳ありません」
アイザックが目を伏せたのを見て、フェリシアはハラハラしてしまう。これ、やっぱ婚約辞めますとか言われるパターンかしら、そうしたらまた婚約者探しから始めないと……。
だが、次の瞬間、アイザックは顔を上げた。
「それでも、フェリシア様は、僕が幸せにします。王太子に渡すより、僕の方が絶対に幸せにすると断言します」
これは……もしかしなくてもプロポーズ…??? フェリシアの背後で何故かミーアがきゃーという声と共に手をぶんぶん振っている。ギャラリーが盛り上がっているようで何よりだ。
「何故、断言できるのかね…?」
侯爵は不審そうにアイザックを見る。
その視線に臆することなく、アイザックはカバンから紙を取り出した。
「まず、こちらをご覧ください。これが我が商会の、15年間の利益率の数字です。ここ数年間、右肩上がりなのがご覧いただけるかと思います。この数字は社外秘なのですが、実は伯爵家の年間予算の平均2年分に匹敵いたします。このように、我が商会は規模の大きさにも関わらず、かなり成長率が高いと言えます。よって、フェリシア様にお金の心配はさせない予定です」
「予定」
遠い目で侯爵が繰り返す。
「ええ、予定でございます。とはいえ、仮に赤字になったとしても、10年ほどは今の従業員に給料を支払えるほどの内部留保がございますので、その間にすみやかに立て直しを図ります。次にフェリシア様との結婚式に関してですがーー」
「け、結婚式だと?!」
侯爵がソファーから飛び起きた。
「はい。やはり侯爵令嬢でございますから、盛大に実施したいと考えております。なお、本日はフェリシア様に似合いそうなウェディングドレスカタログを持って参りました」
アイザックがカバンから、分厚い冊子を取り出して、机に置いた。パラパラと侯爵がめくる。
「おおお、このドレスはフェリシアに似合いそうだね。こちらの赤いドレスはお色直しに良さそうだ」
「あ、勿論こちらは参考にしていただくのみで、実際にはオーダーメイドでご作成いたします。それで、式場ですが……」
いつの間にか営業トークをかましているアイザックに、侯爵が食いついている。愛娘の結婚式にはさすがにテンションが上がったのだろう。
それにしてもよくあれだけの資料を、短時間に用意したものだ……。
「ミーア」
フェリシアは小声で呼んでみた。
「はい」
「ミーア…あの人、結婚詐欺師じゃないわよね……?」
「さぁ……」
そうこうするうちに、男2人はフェリシアのドレスと引き出物選び、結婚式では亡き母の手紙を読むイベントをするということで意気投合したらしい。
「アイザック君、なんて話のわかる男なんだ! 夕飯はまだなんだろう? 夕食がてら今夜は飲み明かそうじゃないか! 次は結婚式の招待客を決めないと」
「承知いたしました。僕は未成年なのでお茶でお願いします」
「フェリシアはもう下がってよい。男同士の話だからな」
侯爵に肩を組まれて部屋を出て行こうとしたアイザックが、ふとフェリシアの方を振り返り、唇だけで何かを話した。
その唇は間違いなく
『残業代のお支払いお願いします』
と言っていたーー。