純愛に見せかける作戦
ジベルローズ家の紋章が入った馬車に揺られ、アイザックとフェリシア、それにミーアの3人は砂糖菓子を賞味していた。ミーアがおやつとして用意してくれていたものだ。
善は急げとばかり、その日のうちにフェリシアはアイザックを自宅に招待することにした。毎晩、フェリシアと父は毎晩夕食を共にしている。夕食前のすこしの時間なら、父とアイザックを会わせることができるだろう。
それにしても、話題がない。
アイザックのことは知っていたが、話したことはない。今日が初めてだ。
そんな相手に、よく婚約の話なんて持っていったものだ。今更ながら、向こう水さに自分でもびっくりしてしまう。
アイザックはずっと窓の外を見ている。そもそも話をする気がなさそうだ。
3人とも、ミーアの手に広げられた包みから黙って砂糖菓子を摘んでいる。砂糖を一度溶かし、固めただけの素朴なお菓子だ。
「アイザック様は、甘いものがお好きで?」
沈黙に耐えきれず、ミーアが質問する。アイザックは砂糖菓子を二つ咀嚼してから答えた。
「…いえ、苦手です。でも、女性の方々の好みを把握するのは大事なことなので、必ず味見はします。商会で取り扱う商品のチョイスにかかわりますし」
いいつつ、三つ目の砂糖菓子に手を伸ばす。
「それに、頭を使うと糖分が欲しくなります」
たしかに今日のアイザックは、個別自習室で大量の書類を処理していた。アイザックのクラスはあんなに宿題が出るんだろうか…あれはかなり脳のエネルギーを消費しそうだ…とフェリシアはひとりごちた。
ミーアもぽりぽりと砂糖菓子を齧り、至福そうな表情を浮かべている。
フェリシアはすこし緊張しつつも、この後どうすべきか考えていた。
「アイザック様。父には婚約のフリのことは話しておこうかと思います。味方になってもらっていた方が良いかと思うので…」
アイザックは目を閉じて少し考えていたが、四つ目の砂糖菓子に手を伸ばし、齧り終わってから口を開いた。
「俺としては、侯爵様も含めた周りの人間全員に、フリだということを黙っていてほしいです。どこで誰が聞いているかわかりませんし。バレるリスクは可能な限り下げておきたいんで。
それに、婚約のフリをするために連れてきたのが商家の息子で、色々便宜を図ろうとしてくるのって、侯爵からしたら娘の弱みにつけ込んだ詐欺師に見えるんじゃないかと」
「なるほど、純愛に見せておく作戦ですね!」
ミーアが合いの手を入れる。アイザックがなぜかゲホゲホと咳込んだ。
「じ…純愛かどうかは置いといて、わざわざ詐欺師っぽく見せる意味はないかと。フェリシア様もお父上に心配はかけたくないでしょう?」
「そうですね…。お父様は、今回の王太子との縁談で、私をとても案じてくれていたのです。かりそめだとしても、ひとまずは安心していてほしい…」
「俺も、頑張って好青年を演じますので」
好青年、のくだりで、ミーアが齧っていた砂糖菓子を吹き出した。