ニセ婚約者大作戦
部屋に取り残されたフェリシアは頭を抱えた。
「……困りましたわ……」
「そうですよね、王太子と結婚なんて困りますよね」
父と入れ替わりに部屋に入ってきたミーアが、お茶を淹れながら相槌を打つ。
その言葉に首を振る。
「違うの」
「何がですか?」
ミーアが不思議そうに訊く。
「私、そもそも、王族とも貴族とも結婚なんてしたくないの」
フェリシアはため息をついた。
「政治にかかわりたくないし、舞踏会でダンスもしたくないし、仲良くない人が主催したお茶会にも出たくないし、自分の子供にも家同士の都合で婚約どうこうとかさせたくないわ」
「あーなるほど…!しかし、王太子の結婚相手って面倒ですね〜。高位貴族から選ぶしかないですもんね。私みたいに貧乏子爵家の娘でしたら、平民とも結婚オーケーですけど……」
「……侯爵家だって、別に平民と結婚できないわけじゃないわよ。あまり前例がないってだけで。私と結婚してくれる平民の方、いないかしら……」
2人して頭を抱えてしまう。
あ、とミーアが顔を上げた。
「婚約してるフリをするのはどうですか?」
「フリってことは、後々破棄するってこと?」
「ですです。とりあえず王太子の婚約相手が確定するまで、誰かにお嬢様の婚約者のフリしてもらって、その間にゆっくり本当の結婚相手を決めればいいんですよ」
それだ! 良いアイデアな気がした。
「わかったわ。その作戦で行きましょう。じゃあ、婚約者役をしてくれる男性を探さないとね」
「うちの従兄弟とかどうです? 子爵家なので、お嬢様より身分低いんですけど……事情を話せば、協力してくれそうかと」
「でも、貴族同士の婚約が破棄になると、先方の家名にも傷をつけてしまうことになるし…フリとは言え婚約してもらうとなると、そこそこ責任が伴うから…」
「それもそうですね……。ならフリだけってことで、ほんとに平民の誰かに頼みます? 平民の方なら、こう言ってはなんですが、家名とかあまり気にしないんじゃないでしょうか」
「その方がいいかも知れないわ。事情を話して、破棄するときにはいくらか慰謝料をお包みしましょう。私と同じ学年に平民の男性がいるから、その中で良い方がいればいいんだけど」
「学年名簿があったはずなので、取ってきますね」
ミーアが出て行った。
あんなことを言ったものの、実はフェリシアには1人の男の顔が浮かんでいた。
この国一番の商会、グラハム商会の長男で、跡取り息子のアイザック。
毎年学年一位の成績で、なかなかの切れ物という噂。毎回、試験結果が張り出されると、フェリシアの上にアイザックの名前が書いてある。
同じクラスになったことはないが、いつも物静かに本を読んでいる姿は目に入っていた。
フェリシアの通う学園は、成績が良ければ、貴族も平民も関係なく通えるが、やはり少し壁はある。大抵は、貴族が偉そうな態度で平民を迫害するような場面が散見される。
しかしアイザックは貴族相手にも物怖じせず渡り合っている。あまり友人たちと騒ぐタイプでもない。おそらく口が堅い。
あの人に頼めば、なんとかなるのでは? という不思議な安心を感じ、明日にでも話をしてみよう、と思うフェリシアなのだった。