やはり手は暖かくて
安全のため、自宅裏の厩戸まで馬車に乗り、そこで馬車から降りることにした。
まずはミーアから、ゆっくりとステップを降りる。
馬車の外では、すでに侯爵とアイザックが待っていてくれた。
フェリシアは、馬車から出るのが少し怖い。まだ王太子がいるのではないか、と気が気ではなかったのだ。
「…フェリシア? 大丈夫かい?」
父の声がする。案じてくれているようだ。
「は、はい、お父様。少し足が震えているようで、ゆっくり降ります。ゆっくりすれば大丈夫ですので、ご安心ください…」
やっとのことで声を出した。
すると、馬車の中にずいと入ってくる人影があった。一瞬びくっとしたが、よく見知った顔だった。
アイザックだ。
「アイザック様…」
「すまない、遅くなって」
アイザックの顔がみるみると滲む。気づけば、彼の胸に突っ伏して泣いていた。
暖かい手が、何度も何度もフェリシアの頭を撫でていた。
「ありがとうアイザックくん、助かったよ」
アイザックと侯爵、ミーアの3人は客間に座っていた。
フェリシアは泣き疲れて寝てしまったので、ミーアと侍女たちがベッドに運んでくれた。
一仕事終えたミーアは落ち着くためにホットミルクを少しずつ飲んでいる。
「…肝心なときにお嬢様の側にいれず、申し訳ありませんでした」
「いや、まさか王太子があんな手段に出るとは思いも寄らなかったからな」
「結局、王太子は何しにきたんです?」
「フェリシアに改めて婚約を申し込んできた」
「ええっ」
ミーアが驚く。アイザックは紅茶のカップを置き、冷静に話し始める。
「…そんなことだろうと思っていました。たしか、スカーレット様のところにも再度申し込みがあったらしいですね」
「ああ、スカーレット嬢は気が強いので、キッパリ断ったらしいんだが…フェリシアはなかなか抜けているところがあるからね。うまく言いくるめられると思ったんじゃないか」
「ひどい!お嬢様をなんだと思ってるんですか!」
ミーアが憤ったあと、頭を抱える。
「婚約者がいるとわかってて申し込んでくるとは、どう断るのがベストなんですかね…?」
「もう明日にでも結婚式を挙げるしかないんじゃないか」
侯爵が乱暴な提案をしてくる。無茶だ。
「ああいうタイプは、人妻になっても強奪してくるでしょうね。空気読めないから」
アイザックはいたって冷静に判断をしている。
「次の候補をあてがうのはどうなんでしょう?」
「伯爵以上には断られていると聞く。あとは子爵家なら手をあげているところはあるが、身分差が問題だな…」
王家としてのよくわからない体面があるようだ。
「ところで侯爵様、今日はお帰りが早かったですね。…おかげで本当に助かりました」
「アイザック君の家のものが呼びにきてくれた。王宮まで」
ミーアが目をぱちくりさせる。
「アイザック様…? そういえばなんであの場に来てくれたんです? 学園にいたはずじゃ…」
「色々情報網があるんだよ。商人には」
アイザックがすっとぼける。
「へ、へぇ…」
ミーアがわかりやすく怪しんでいる。商人の情報網とはなんなんだろう…。
「明日から、少し警備を強化しよう。それに、国王にも侯爵家の名義で抗議申し立てる。おそらく王太子の暴走で国王は関わっていないとは思うが、こちらのスタンスを明確にしておかねば」
侯爵は頭を抱えつつも、きっちりとやるべきことをやっていくようだ。
「送り迎えは僕が付き添います。うちの家からも警備の人間を出しましょう」
「そうしてくれるとありがたい。ミーアもいつも通り、そばにいてやってくれ」
「承知しました」
ミーアの目が一瞬鋭くなるが、すぐにホットミルクをふぅふぅする作業に戻った。




