現れたのは
「何してるんですか?」
馬車の外から聞き覚えのある声がした。
「なんだ貴様?」
「申し遅れました。グラハム商会のアイザックと申します。王太子殿下にはお日柄もよく…」
「グラハム商会?ふん、商人風情が何の用だ」
「私の婚約者の自宅前で、不審な人物が騒いでいると、使用人が知らせてきまして。何事かと思って見学に来てみたのですが…。まさか王太子殿下だったとは知らず、失礼しました」
アイザックお得意の慇懃無礼感が出ている。
「なるほど。貴様が嫌がるフェリシアを金で買ったと言う卑しい平民か」
王太子が嫌味に笑う声がした。
アイザック、大丈夫なのかしら…。さすがに王太子相手では分が悪いのでは。不安に思っているが、どうしようもできない。
「…嫌がる? おかしいですね。この婚約は両者合意のもとだったんですが」
「ふん。どうせお前の家が箔をつけるために貴族令嬢を買ったんだろう? そうでもしないと平民は一生平民だもんな」
おおよそ王太子とは思えない口の悪さだ。婚約しなくて本当に良かった。
アイザックは声色変えずに続けた。
「ところで、フェリシアに何の用です? 彼女なら僕の家におりますが」
「なっ…?!」
王太子が動揺している。
「今日は、僕の家に来たいと言っていたので、ご案内したのです。そうしたら彼女のご自宅前で騒いでいる輩がいるとの話だったので…安全のために彼女を置いて、僕だけやってきてしまいました」
ものすごくスラスラと嘘をついている。やはりあの人は結婚詐欺師か何かじゃないんだろうか。
「嘘だ! フェリシアはこの馬車に乗っているんだろう! 開ければわかることだ」
「その馬車には、侍女のミーアしか乗っていませんよ。…ミーア、カーテンから顔を出しなさい」
「へぁっ?!」
ミーアが突然名前を呼ばれ、動揺している。が、動揺を気取られないよう、ミーアだけカーテンの隙間から顔を出した。
フェリシアは外から見えないよう、座席下に伏せることにした。
「は、はーい…」
ミーアがうつろな顔で手を振る。
「そんなバカな! 馬車の中を調べろ!」
「はっ!」
王太子の配下がドアノブをガチャガチャと回し始めた。今度こそダメかも…。
その手をぱしっとアイザックが掴んだ。
「不敬な!」
「不敬なのはどちらでしょう? アポイントもなしに淑女の家に押しかけ、あまつさえ馬車をこじ開けようとする。まるで罪人のような扱いですね。国王様の許可は得ているのですか?」
「父は関係ない! 俺が王家代表だ!」
「…それならば、王家に対して、正式に侯爵家から抗議申し上げます」
フェリシアの父の声だった。
心底ほっとした。
ミーアも同様だったようで、馬車の中でへなへなと腰を抜かしている。
「王太子殿下といえど、人の敷地内で狼藉は許されませぬぞ。それは法で決まっております。王は民の声を聞く統治者であるべき、民の声を無視するのは独裁者と同じ…というのはあなたの父君の言ですぞ」
「…くっ…行くぞ!」
王太子一行の足音が遠ざかる気配がし、フェリシアは馬車の座席にぐったりと倒れこんだ。




