アイザック様はやっぱり冷たい
化粧臭い女・・・もとい、アリアが階段を上ってきたのが見えた。
つかつかとこちらへ歩いてくる。手にはバスケット。すごくデジャブだ。
「どうしたんです? アリア嬢」
アイザックがパッと顔を営業スマイルに切り替える。見事だ。
「アイザック様を探しておりましたの。ランチをご一緒しようかと」
「そうですか。今日は私にしては珍しくモテ日和のようですね。フェリシア様にもお誘いいただいたのですよ」
フェリシアは、黙ったまま笑顔で一礼だけする。ホンサイのヨユーである。
アリアはこちらのバスケットの中身を一瞥し、アイザックに笑顔を向けた。
「そうなんですのね…実は、私、本日は手作りして参りましたの。よろしければ、フェリシア様達もご一緒にいかが?」
手作り…!
フェリシアは内心震えた。
フェリシアにとっては今一番聞きたくないワードだ。一緒にランチしたくない…絶対にしたくない…ホンサイのヨユーがあるとはいえ、正直、比べられるのは嫌だ。
だって、アイザックは優しいから、手作りだとわかったら、まずくても、見た目が悪くても食べてくれるだろう。そんな人なんだ。
そうこうしているうちに、アリアは嬉々としてアイザックの隣に座り、バスケットの蓋を開けて見せた。ちらりとしか見えなかったが、どう見てもフェリシアの砂糖菓子よりは出来が良い。
フェリシアはいたたまれなくなり、重い口を開いた。
「私は遠…」
「お断りします」
「えっ」
えっと声を出したのはフェリシアだった。今朝、あんなに無理して手作りの砂糖菓子を食べてくれたのは何だったのか。今は既にランチを食べていたので、さすがにお腹いっぱいなのか。
アリアもまさか断られるとは思っていなかったようで、呆然としている。
が、すぐに体制を立て直した。めげない女である。
「あ、あの…アイザック様のことを思って、心を込めて手作りしたんです…だから」
「僕は、親しくない女性の手作りのものは食べない主義なんです。…何が入っているかわからないじゃないですか」
アリアの顔がこわばる。
「ど、どうして…アイザック様はいつもにこやかにお話を聞いてくださるじゃないですか…。そんな冷たいことをおっしゃる方じゃ…」
「この際だから言っておきます」
アイザックは、すっと立って、アリアの方を向く。
「婚約者に誤解されるので、金輪際、私には近づかないでいただきたい」
口調は丁寧だが、目には有無を言わさない強い力を宿していた。
「そんなこと…! だって…昨日、フェリシア様はアイザック様にひどいことをしたじゃないですか。冷たい顔で、花束を投げつけて…」
「あなたの目にはそう映ったんですね。でも、僕には…」
アイザックはふっとフェリシアに笑いかけた。
ずるい。
そう言いたくなる笑顔だ。
「とても恥ずかしがりのお嬢さんが、せいいっぱいの勇気をもって、心のこもった花束をくださったんだと思いましたよ」
頬が、赤くなるのを感じた。
いやいや、落ち着くのよフェリシア。彼は、婚約者として当然の振る舞いをしてくれている。そういう演技なのだ。誤解してはいけないわ。
そう自分に言い聞かせてはみるが、どうも鼓動がうるさくて落ち着かない。
「…っ!」
アリア様は鬼の形相で踵を返し、階段を降りて行った。
その後姿を見送りながら、さすがに少し可哀想だったかもしれない。彼女だって、彼女なりにアイザックを想っていたのに…と心が冷える気がした。
「…アイザック様。あんなに突き放して良かったのですか? アリア様は、あなたのこと…」
「…じゃあ、あんたは良かったのかよ」
「え…」
「王太子があんたのことを好きなんだったら、結婚してやったのか?」
それは違う。例え王太子に好きだと言われても、フェリシアは彼のことを好きにはなれないだろう。
納得して、自分はアイザックに対してひどいことを言ったのだと今更気付く。
「ごめんなさい…」
「ふふっ」
ミーアがにやにやしている。
「アイザック様ってば、やっぱりつめたーい」
そう言った後、小声で付け加えた。
「…お嬢様以外には」




