らしくない
なぜだろう。こんなに胸がムカムカするのは。
冷静になれ。
商人として感情に動かされてはいけない。いつだって損得勘定で生きるべきだ。
歩きながらアイザックは思う。婚約破棄するまでが自分の仕事。それまではどんな泥も被る気だった。
そもそも想定内だったじゃないか。商人と侯爵令嬢の婚約。
口さがない者たちは、絶対に「卑しい商人が、金で令嬢を買った」と言うだろう。
どういう風に返すかも、シミュレートしていたのだ。決して怒らず、冷静に、なんと言われようと、名誉より実利を取れと…。そう考えていたはずなのに。
彼女のことを言われた瞬間、頭に血が上ってしまった。
自分のことは、なんと言われようとかまわない。だが…。
「…マジ、調子狂うわ」
アイザックは、頭を冷やそうと屋上庭園へ向かって歩き出した。
「アイザック様、いなかったですねー」
ミーアが残念そうに言う。お昼を一緒にしようと、アイザックのクラスまで誘いに来たのだ。だが、朝からどこかへ行ったっきりだと女子生徒から聞いた。
「やっぱり体調がまだ悪いのでしょうか…」
昨日思いきり壁に叩きつけてしまったのだ。打撲だけとはいえ、そこそこ痛むのかもしれない。
「ご帰宅されたんですかね?」
「そうかもしれないわ。ちゃんとお休みされているのならいいんだけど…」
「お腹空いたので、とりあえずお昼にしません?屋上行きましょうよ」
ミーアがバスケットを持って歩き出した。
しばらく食堂は使えないと思い、ランチを2人分、自宅から持ってきていて正解だった。
階段を上り、屋上につくと、見慣れた人影があった。
「…アイザック様」
ベンチで読書をしているようだ。アイザックもこちらに気づいたのか、本から目を上げて、手を振ってくれた。なんだかそのしぐさに、ひどく安心してしまう。
「元気そうでよかったです」
「打撲だけって言ったじゃないか」
「でも…」
「そんなことより、お腹すきません? ランチ持ってきたんですよ! うちのシェフお手製なんです~。一緒に食べましょ~」
ミーアが能天気に提案してくる。
「あっ、安心してください。フェリシア様の手作りのものは入ってませんから…」
その言葉にアイザックもフェリシアも苦笑しつつ、3人で仲良く座ることにした。
「アイザック様のクラスに行ったんですけど、朝からいないって言われちゃって~」
スコーンを配りつつ、ミーアが話す。
「…俺のクラスに行ったのか?」
心なしかアイザックのかおがこわばった気がする。なにか、気に障ることをしてしまっただろうか。
「は、はい。何か不都合が…?」
「何か、言われなかった?」
「何かとは…」
「…別に何もないなら、いい」
ふいと視線をそらし、アイザックはスコーンにかぶりついた。
怪訝に思っていると、アイザックの手の甲が腫れているのに気づく。包帯が巻かれていないので、新しい傷のようだ。
「アイザック様!この手…」
つい、手を取ってしまったが、アイザックは少し面食らったような顔をして、手を振りほどく。
「なんでもない。ぶつけたんだよ」
「それにしても、腫れすぎです。何か冷やすものを…」
「問題ないって」
フェリシアは立ち上がり、水道でハンカチを濡らしてきた。そっとアイザックの手をとり、ハンカチを巻き付ける。
「応急処置でしかないですが…あとで医務室に行ってくださいね」
「…ありがと」
視線を外したまま、素直にアイザックは言った。
「じゃ、私もランチいただきますね」
卵サンドを口に運ぼうとしたその時。
「アイザック様!こちらにいらしたの!」
一番聞きたくない声がした。




