本妻のヨユーと余裕のない男
またアイザックのエスコートで登園した後、ミーアと共に廊下を歩いていると、なぜかアリアが近づいてきた。昨日と同じく、柔らかい笑みを浮かべている。
「ごきげんよう、フェリシア様」
「ごきげんよう、アリア様」
今度はフェリシアも柔らかく微笑んだ。
アイザックと、この人とは、なんでもないのだ。遠慮する必要はない。この気持ちが、ホンサイのヨユーというものだろうか。なぜか果てしなく穏やかな気持ちである。
柔らかな微笑みのまま、アリアが言う。
「それにしても昨日は大変興味深かったですわ。フェリシア様は、アイザック様のことが本当にお嫌いなのですね…。それを花言葉にして託すなんて。奥ゆかしすぎて涙が出そうでしたわ」
目は絶対に空けず、笑みの形を保ったまま、一方的に言葉を紡いでいる。フェリシアより優位に立ったつもりなのだろう。アイザックの隣は自分のものだと。
だが、ホンサイのヨユーを手に入れたフェリシアも負けてはいない。
「随分と深読みがお好きなんですのね」
「なんですって?」
すう、とアリアが目を開ける。その瞳は凍えるほど冷たい。
「私は、言いたいことは、直接伝える主義ですの。幸い、2人の時間ならたっぷりございますので。毎朝の馬車の中や、夜通し語る余裕もございますし、ね…」
それとなーく朝帰りしたのよパンチを繰り出してみた。実際に夜通し語ったのはフェリシアではなく、父なのだが。アリアの顔色がわかりやすく真っ青になる。肩までぶるぶる震えているようだ。
「…覚えてらっしゃい」
テンプレな捨て台詞を吐いて、アリアは踵を返した。
後ろで、ミーアがいたずらっこのように、ふふふと笑った。
「おい、聞いたか」
男子生徒が笑いながらクラスメイトに話しかける。
「何を」
「フェリシア様の噂だよ」
「なになに?」
他の男子生徒もわらわらと集まってきた。
「アイザックの病室にきて、花束を叩きつけて帰っていったらしいぞ」
「まじかよ…意外と気が強いのな」
「深窓の令嬢とばっかり思ってたのに…イメージ崩れたわ」
「だって、金欲しさに商人と婚約するような女だぜ?」
「えーやっぱあれって金目当てなの?」
「だってどう見てもアイザックの片思いじゃん。フェリシア様がアイザックを好きになるポイント、ある?」
「侯爵令嬢のくせに、金目当てなんて、意外と卑し…」
ガンッ。
男子生徒たちの後ろの壁に、穴が開いていた。
穴の隣には、拳を振り上げたアイザックが立っている。
「君たち、男のくせに口が減らないね」
うっすら笑っているが、目は冷たい。
「…」
男子生徒たちは黙り込んだ。ほかの生徒たちも何事かと遠巻きに見ている。
「…なんだよ、本当のことだろ」
噂話をしていた一人が、口を開く。彼も低位貴族だ。はけ口を探しているんだろう。
「お前みたいな平民が侯爵令嬢と婚約なんて、どう考えてもおかしいだろ! 金で買った以外、どんな理由があるんだよ」
調子に乗って、別の男子生徒も話しだす。
「お前と婚約するなんて、侯爵令嬢もとんだアバズレだったってことだ」
次の瞬間、アイザックは彼の胸倉をつかんでいた。
「…それ以上、彼女のことを悪く言ってみろ。家ごと消すぞ」
アイザックの気迫に押され、皆が黙り込む。掴んでいた男を床に叩き落として、アイザックは去っていった。




