誰かの瞳と同じ色
アイザックははぁとため息を吐き出して、言った。
「まさか。あの女も金目当てだよ。あの子爵家、かなり傾いてる。ページェント子爵が、かなりの浪費家でね。何度もうちに借金の申し込みに来てるよ。そのついでに顔合わせとか言って、あの娘と無理やり昼飯を一緒にさせられてるんだよ。借金をチャラにするかわりに、娘を差し出して、ついでに支度金を大量にせしめようって魂胆だよ」
「えーそうなんですかぁ!!!」
ゴシップ好きのミーアが身を乗り出して食いついた。
「そうだよ。じゃなきゃ、あんな化粧臭い女とは近づきたくない」
「化粧臭い…。あっはっは!!!!! アイザック様やっぱり冷たいですね」
ミーアが大笑いしている。アイザックの心の内を聞いて、ほっとしたような、少し怖いような自分がいた。
アリア嬢と特別な関係じゃなくてよかった…と思うと同時に、アイザックも内心ではフェリシアのことを辛気臭いとか、メンドクサイとか思っているんだろうか。
お見舞いと称して作った砂糖菓子も、このまま渡さない方がいいかもしれない。
「は?手作り?めんどくさ」とか言われそうだ…。
カバンに入れた砂糖菓子の袋を、ついぎゅっと握り締めてしまう。
アイザックの視線が、フェリシアの手の先に向けられる。
「何握り締めてるんだ?」
「ひゃあっ!?」
アイザックがふいにフェリシアの顔を覗き込んだ。突然すぎてテンパってしまう。
「あー、そういえば、お嬢様がお詫びの品を用意したって言って…むぐ」
「い、いえっ。なんでもなくて!」
慌ててカバンから手を抜いて、ミーアの口をふさぐ。
その拍子に砂糖菓子の袋が、カバンから転がった。
「あ…」
拾おうとすると、アイザックの手と重なってしまった。
「ご、ごめんなさい」
フェリシアは、つい条件反射で手を引っ込めてしまったが、アイザックは意に介さず、そのまま袋を拾う。
「これは?」
「…」
「紫色のリボンだね。誰にあげるものなのかな? 誰かの目の色と同じみたいだけど」
アイザックはいたずらっ子のように微笑む。察しのいいアイザックのことだ。答えはとっくに分かっているんだろう。
「…アイザック様への、お見舞いです」
観念して、フェリシアはつぶやいた。もうどうとでもなれ、だ。
「開けても?」
まるで幼子をあやすかのような声色で、アイザックはフェリシアの顔を覗き込む。
フェリシアはとにかく恥ずかしく、目を閉じてこくこくと無言で頷いた。
「…わぁ…」
声を出したのは、ミーアだった。彼女は袋の中を凝視している。
その目に映っていたのは、真っ白な砂糖菓子…
ではなく、真っ黒焦げなでこぼこした、何かだった。
「お砂糖を溶かして固めるのが難しくて…その…」
「お、お嬢様、よくそれをラッピングして持ってこようと思いましたね…」
ミーアの本音がダダ漏れである。
「なかなか綺麗なものが出来なくて…」
アイザックは、袋を一瞥してから、フェリシアの目元をじっと見つめる。フェリシアは急に心配になる。もしかして、あわてて出てきたから、顔にゴミでも付いてただろうか。
何か言われるのかしら…顔にゴミついてるぞとか…むしろゴミみたいな顔してるなとか…。
フェリシアが逡巡していると、アイザックは黙って砂糖菓子を口に含んだ。
ひとつ、ふたつ、みっつ…次々に口に放り込む。
ミーアはぽかんとそれを眺めていたが、慌てて止めに入る。
「あ、あの、アイザック様。それ、いかにもお腹を壊しそうですから…やめたほうが…」
またしてもミーアから本音がダダ漏れている。
気づけば、袋の中は空だった。
「アイザック様…? あの…無理なさらなくてもよかったのに…」
申し訳なさと羞恥でいっぱいいっぱいのフェリシアは、やっとの思いで言葉を紡ぐ。アイザックはフェリシアの方を見ず、窓の外を見て言った。
「…勿体ないだろ」
そのあとは、馬車の車輪が回る音だけが、響いていた。




