暖かい手
翌朝、雀のさえずりを聞きながら、フェリシアは青い顔で玄関に現れた。
待っていたミーアがぎょっとしている。
「お嬢様!? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ…。少し夜更かししちゃって。それより、学園に行く前に病院に寄れないかしら」
「病院…お見舞いですか? でも…」
ミーアがごにょごにょしている。昨日、フェリシアが病室でイライラしていたのを見抜いて、気をつかっているんだろうか。
「私なら大丈夫。アイザック様に申し訳ないことをしちゃったから、お詫びしたいの。お詫びの品も用意したし…」
「ですがアイザック様は…」
「私に会いたくない…とか?」
「い、いえそうではなく」
押し問答してると、ドアがバアンと開いた。
「もう、お屋敷にきてます…」
「遅いぞ」
体中、包帯を巻いたアイザックがそこにいた。
なんだかアイザックの顔が直視できない。気まずい。
膝に置いた手を見つめて、ずっとうつむいている。アイザックはいつも通り、窓の外を見ている。
この沈黙の登校、もしかして毎日続くんだろうか。
ミーアは何か話そうとして、止めて、えーでもない、うーでもないと呟いている。気を遣わせていて申し訳ない。ここはやはり自分が謝らないと。
だが、重い口を開いたのは、アイザックだった。
「昨日は、ごめん。せっかく見舞いに来てくれたのに、全然話もできなくて」
どきん、とフェリシアの鼓動がはねた。違う、謝らなければいけないのは、私なのに…。なぜアイザックが謝ってくれるのだろう。どんな表情をしているか、怖くて見れない。緊張して、声もうまく出せない。
「昨日、怒ってたよな? でも、うれしかった。あの花…紫色って、俺の目の色と同じだから選んでくれたんだろ」
「え…」
思わず、アイザックの顔を見る。紫色の瞳は、やっぱり今日も優しい。唇も、優しく微笑んでいた。
何より、わかってくれたことがたまらなく嬉しい。アイザックの紫の瞳と一緒の花。大切に思う気持ちが伝わるようにと、その一心で手折った花。
「…調子に乗らないでなんて…別れたいなんて…思ってないです…うぅ…」
なぜか涙がぽろぽろとこぼれた。アリアの冷たい声がリフレインする。「調子に乗らないで、別れましょう」そんな意味では決してなかったのに。
ミーアが黙ってハンカチを差し出してくれる。たまらずハンカチに顔をうずめて、嗚咽してしまった。申し訳なさと、うれしさと、色々な感情が混じって、自分でもなぜ泣いているのかよくわからなかった。
ふいに、暖かい手が乗せられた。ぽんぽんと、二回優しく触れられて、一気に安心感が押し寄せる。
ああ、そっか。私、この人に嫌われてないか不安だったんだ。
昨日からもやもやしていた感情に、やっと、名前がついた。
「ところで、アイザック様はもう退院してよかったんです?」
フェリシアの背中をさすりながら、ミーアが訊いた。
「ああ。軽い打撲だけだったから。本当はもっと入院して、あの貴族野郎どもに慰謝料を沢山請求するつもりだったんだが…看護師に『ほかの患者さんに迷惑だから、早く退院してくれ』って言われちゃってさ」
「確かに昨日、すごかったですもんね…ちょっとびっくりしました。アイザック様って、見かけによらずモテるんだなって」
「なんか今余計な一言が聞こえたけど」
ミーアは少しいじわるそうに微笑んだ。
「だって、アイザック様ってなんか、こう、冷たい感じするじゃないですか~。用のない奴は近づくな! コロスゾ! みたいな」
「どうせ、みんな俺の家…資産目当てなんだろ。玉の輿がどーとか、全部聞こえてるっつの」
「でも、アリア様は違うんでしょう?」
つい、言ってしまった。フェリシアは言わずにいられなかった。気になって仕方なかったのだ。
「あ…えっと、アリア様は貴族なので、お金とかいらないんじゃないかって…」
あわてて取り繕う。




