しのも喜ぶ南瓜コロッケ・下
パン粉は、明治40年に東京のパン屋が機械でパン粉を製造しました(日本生まれです!)それまでは、料理人も食パンをザルなどで荒く潰してパン粉を作っていました。
大正5年に、ライオンフーヅ株式会社の前身である宮崎岩松商店が初めて商品化したのが、日本のパン粉の始まりとされています!
途中までの夕食は、もう遅くなったこともあって早々に終わらせることにした。おかずの南瓜は鍋に戻して、茶碗の麦飯をお茶漬けにして食べた。そよも俺たちと一緒に、少しのお茶漬けを食べた。
洗い物は明日の朝にすることにして、俺達はもう寝る事にした。しのとそよはいつも通り隣の部屋に行き、俺はちゃぶ台を片付けて薄い布団を引いて横になる。まだ長火鉢の灰が残っていて、その中でそよが料亭の料理人に書いてもらったというコロッケの作り方を見ていた。
馬鈴薯、胡蘿蔔、牛蒡、鶏卵、メリケン粉を使うのか……やっぱり、令和のレシピとはかなり違うな。俺の知ってるごく普通のコロッケとは、出来上がりが違う。このまま使うのもいいが、俺は現代の味がとても懐かしかった。
どうしよう、と紙を見ながら悩んでいた。明日、まつさんに頼んでメリケン粉を買わせて貰おう。ラードか胡麻油で揚げるのと書いてあるが、胃もたれしそうだな。
――と。考えているうちに、俺は紙を握ったまま寝てしまった。
朝になり眠い目を擦りながら起きると、しのが昨日の残りの南瓜のいとこ煮を前に悩んでいた。
「ちょっと南瓜の残りが多いね。冬だし、昼にも食べてもいいかな」
その言葉と南瓜を見て、俺はハッとなりしのの手を取った。
「これ、コロッケ作る時に使うよ!」
「おはよう、兄ちゃん。え? 南瓜を炊いたものを? 作り方に、そんなの書いてた?」
不思議そうな顔のしのに、俺は笑いかけた。
「大丈夫、絶対に美味しいコロッケ作るからさ! これなら、昨日のバタも牛乳も使えるんだ!」
そうしていつも通りの簡単な朝飯を食って、俺達は手を繋いで尋常小学校に行った。俺は興奮して授業に集中できず、先生に何度か叱られた。それでも気にせずいつもの様に昼までの授業が終わると、しのの手を握って急いで家に帰って来た。
「えらく早く帰って来たんだね。そんなに楽しみなのかい? 恭介、書置きにあったものはまつさんに頼んで用意して貰ったよ。パンは固くなり過ぎて商品にならないって、お金を受け取って貰えなかった」
俺達が玄関を開けると、長火鉢の部屋でそよが煙管を咥えて俺達を出迎えてくれた。俺は家を出る前に、「もし起きてたら買ってきて欲しい」とそよ宛に手紙を書いていたのだ。
「ありがとう、おっかさん! うん、今から急いで作るよ!」
「兄ちゃん、今日は元気だねぇ」
しのは、俺が楽しそうなのが嬉しいようだ。俺は見守ってくれるそよとしのの視線を受けながら、そよが買ってくれたものを確認した。メリケン粉――今で言う小麦粉だな。それと、菜種油、卵、古くなって固くなったパン――これは、丁度いいくらいに固い。それに、昨日貰ってきた牛乳とバタ。そして、南瓜のいとこ煮。うん、材料は揃ってる。
けど、バタも牛乳もまだこの時代高級品だ。運よくそよが貰ってきてくれたから、こうやって使う事が出来る。洋食が気軽に作れるようになるには――もう少し、先かな。早く、普及して欲しいな。そうすれば、気軽に洋食を作ることができる。
「おっかさんは、鍋から小豆を取り出してくれないか? 南瓜はそのまま鍋に残しててよ。しのは、パンを適当にちぎって、すり鉢で粗目に砕いてくれ」
二人は俺が頼んだ作業を、「分かったよ」と返事してすぐに取り掛かってくれた。俺は、開いている羽釜に菜種油を入れて横に置き、竈に火を点けた。
「ありがとう、おっかさん」
鍋に入れて貰った南瓜を受け取ると、温める為に竈に乗せる。おっかさんとしのは、すり鉢でパンを砕いている。この時代パン粉は一般的に普及してないみたいだから、自分で作るしかない。
その間に、温まった南瓜をしゃもじで潰す。根気よく潰すと、南瓜はペースト状になる。たまに小さな塊があるのも、良い感じだ。そこに、牛乳とバタを入れてよく混ぜる。
「恭介、馬鈴薯は使わないのかい? 昨日の残りの南瓜を使うなんて、聞いた事ないよ?」
俺が「もういいよ」と即席パン粉を作る二人の作業を止めると、そよとしのが興味深そうに俺の作業を見に来た。
「うん、俺が作るのは南瓜コロッケだからさ!」
「いい匂いだね、牛乳とバタの香りが、甘い南瓜に合うね」
しのの言葉に、俺は頷いた。味は、いとこ煮の味が残っているから特にそれ以上は加えなかった。
そうして竈に菜種油が入った羽釜を乗せて温める。俺は南瓜のコロッケ種を丸めて、それに小麦粉、溶き卵、自家製パン粉を順にまぶした。温度計がないので、パン粉を油に入れて確認する。パン粉の撥ね具合で温度を確認する方法方も、現代の叔父さんから調理場で教えて貰っていたから問題ない。
丁度いい頃あいで、俺はコロッケ種を油に入れた。じゅわっと音を立て、コロッケがパチパチと油の中で踊る。
「わあ、良い匂い!」
喜ぶしのの声に、隣で覗いているそよも頷いた。
「よし、出来上がり!」
菜箸で崩れないように揚がったコロッケを、天ぷらの時に使う敷き紙――天紙の上に並べると、なんとも香ばしい香りが家の中に漂った。中身の南瓜には、すでに火が通っている。パン粉がいい色になれば、問題ない。
「ねえねえ、兄ちゃん。つまみ食いしてもいい?」
行儀が悪いと分かっていても、しのは我慢できないように揚げたてのコロッケを指差した。
「仕方ねぇな、熱いから気をつけろよ?」
醤油かソースをかけるようにメモにはあったが、南瓜の味付けが濃いから要らないだろう。それに、ソースなんて高価なものを買う余裕なんてない。
俺は揚げたてを包丁で半分に切って、そよとしのに渡した。
「美味しい! 兄ちゃん、本当に美味しいよ!」
「うん、美味しいねぇ。お座敷で食べたものより、恭介が作ったのがずっと美味しいよ――ほら、あんたもお食べ」
冷ましたコロッケを頬張ったしのは満面の笑みになり、そよも嬉しそうなのにどこか困ったいつもの顔を見せた。そうして、俺の口へ差し出してくれた。
うん、美味い! 俺の生きていた時代のコロッケに、確かに似ている。泣きそうになりながら、俺はそれを飲み込んだ。
「兄ちゃんは、美味しい洋食の料理人になれるね!」
しのは嬉しそうに、まだふぅふぅと冷ましながら食べている。
そう言えば、江戸時代の言葉に「女性はいもたこ南瓜が好き」、なんて言葉があったな。しのが喜ぶのが分かる気がする。
思いの外沢山できたコロッケを油から上げながら、俺は楽しそうな二人を見て嬉しくなった。