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想ひ出のアヂサヰ亭  作者: 七海美桜
二膳目
7/65

しのも喜ぶ南瓜コロッケ・下

 途中までの夕食は、もう遅くなったこともあってお茶漬けにして三杯の麦飯を腹に収めた。そよも一緒に、少しお茶漬けだけを食べた。

 洗い物は明日の朝にすることにして、俺達は早々に寝る事にした。しのとそよはいつも通り隣の部屋に行き、俺はちゃぶ台を片付けて薄い布団を引いて横になる。まだ長火鉢の灰が残っていて、その中でそよが料亭の料理人に書いて貰ったコロッケの作り方を見ていた。


 馬鈴薯(じゃがいも)胡蘿蔔(にんじん)牛蒡(ごぼう)鶏卵(けいらん)、メリケン粉を使うのか……やっぱり、令和のレシピとはかなり違うな。俺の知ってるごく普通のコロッケとは、多分違う。このまま使うのもいいが、俺は現代の味が懐かしかった。

 どうしよう、と紙を見ながら悩んでいた。明日、まつさんに頼んでメリケン粉を買わせて貰おう。ラードか胡麻油で揚げるのと書いてあるが、胃もたれしそうだな。

 ――と。考えているうちに、俺は紙を握ったまま寝てしまった。


 朝になり眠い目を擦りながら起きると、しのが昨日の残りの南瓜のいとこ煮を前に悩んでいた。

「ちょっと南瓜の残りが多いね。冬だし、昼にも食べてもいいかな」

 その言葉と南瓜を見て、俺はハッとなりしのの手を取った。

「これ、コロッケ作る時に使うよ!」

「南瓜を炊いたものを? 作り方に、そんなの書いてた?」

 不思議そうな顔のしのに、俺は笑いかけた。

「大丈夫、絶対に美味しいコロッケ作るからさ!」


 そうして簡単な朝飯を食って、俺達は手を繋いで尋常小学校に行った。俺は興奮して授業に集中できず、先生に何度か叱られた。それでも気にせずいつもの様に昼までの授業が終わると、しのの手を握って急いで家に帰って来た。


「えらく早く帰って来たんだね。そんなに楽しみなのかい? 恭介、書置きにあったものはまつさんに頼んで用意して貰ったよ。パンは固くなり過ぎて商品にならないって、無料で貰えたよ」

 俺達が玄関を開けると、長火鉢の部屋でそよが煙管を咥えて俺達を出迎えてくれた。俺は家を出る前に、「もし起きてたら買ってきて欲しい」とそよ宛に手紙を書いていたのだ。

「有難う、おっかさん! うん、今から急いで作るよ!」

「兄ちゃん、今日は元気だねぇ」

 しのは、俺が楽しそうなのが嬉しいようだ。俺は見守ってくれるそよとしのの視線を受けながら、そよが買ってくれたものを確認した。メリケン粉――今で言う小麦粉だな、菜種油(なたねあぶら)、卵、古くなって固くなったパン――これは、丁度いいくらいに固い。それに、昨日貰ってきた牛乳とバタ(バター)。そして、南瓜のいとこ煮。うん、材料は揃ってる。

 けど、バタも牛乳もまだこの時代高級品だ。運よくそよが貰ってきてくれたから、こうやって使う事が出来る。洋食が気軽に作れるようになるには――もう少し、先かな。早く、普及して欲しいな。


「おっかさんは、鍋から南瓜を取り出してくれないか? 小豆は鍋に残しててよ。しのは、パンを適当にちぎって、すり鉢で粗目に砕いてくれ」

 二人は俺が頼んだ作業を、「分かったよ」と返事してすぐに取り掛かってくれた。俺は、開いている羽釜に菜種油を入れて横に置き、(かまど)に火を点けた。

「ありがとう、おっかさん」

 鍋に入れて貰った南瓜を受け取ると、温める為に竈に乗せる。おっかさんとしのは、すり鉢でパンを砕いている。

 その間に、温まった南瓜をしゃもじで潰す。根気よく潰すと、南瓜はペースト状になる。たまに小さな塊があるのも、良い感じだ。そこに、牛乳とバタを入れてよく混ぜる。


「恭介、馬鈴薯は使わないのかい? 昨日の残りの南瓜を使うなんて、聞いた事ないよ?」

 俺が「もういいよ」と即席パン粉を作る二人の作業を止めると、そよとしのが興味深そうに俺の作業を見に来た。

「うん、俺が作るのは南瓜コロッケだからさ!」

「いい匂いだね、牛乳とバタの香りが、南瓜に合うね」

 しのの言葉に、俺は頷いた。味は、いとこ煮の味が残っているから特にそれ以上は加えなかった。


 そうして竈に油が入った羽釜を乗せ温める。俺は南瓜のコロッケ種を丸めて、それに小麦粉、溶き卵、パン粉を順にまぶした。温度計がないので、パン粉を油に入れて確認する。パン粉の撥ね具合で温度を確認する方法方も、現代の叔父さんから教えて貰っていたから問題ない。

 丁度いい頃あいで、俺はコロッケ種を油に入れた。じゅわっと音を立て、コロッケがパチパチと油の中で踊った。


「わあ、良い匂い!」

 喜ぶしのの声に、隣で覗いているそよも頷いた。

「よし、出来上がり!」

 菜箸(さいばし)で崩れないように揚がったコロッケを、天ぷらの時に使う敷き紙――天紙(てんし)の上に並べると、なんとも香ばしい香りが家の中に漂った。

「ねえねえ、兄ちゃん。つまみ食いしてもいい?」

 行儀が悪いと分かっていても、しのは我慢できないように揚げたてのコロッケを指差した。

「仕方ねぇな、熱いから気をつけろよ?」

 醤油かソースをかけるようにメモにはあったが、南瓜の味付けが濃いから要らないだろう。それに、ソースなんて高価なものを買う余裕なんてない。

 俺は揚げたてを包丁で半分に切って、そよとしのに渡した。


「美味しい! 兄ちゃん、本当に美味しいよ!」

「うん、美味しいねぇ。お座敷で食べたものより、恭介が作ったのがずっと美味しいよ――ほら、あんたもお食べ」

 冷ましたコロッケを頬張ったしのは満面の笑みになり、そよも嬉しそうなのにどこか困ったいつもの顔を見せた。そうして、俺の口へ差し出してくれた。


 うん、美味い! 俺の生きていた時代のコロッケに、確かに似ている。泣きそうになりながら、俺はそれを飲み込んだ。

「兄ちゃんは、料理人になれるね!」

 しのは嬉しそうに、まだふぅふぅと冷ましながら食べている。

 そう言えば、江戸時代の言葉に「女性はいもたこ南瓜が好き」、なんて言葉があったな。思いの外沢山できたコロッケを油から上げながら、俺は楽しそうな二人を見て嬉しくなった。

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